もちろんぜんぜん問題はない
バーノルド事件を解決したご褒美としての、社内での受賞式も終え、新しい住処もどうにか見つけ、引っ越しの片付けもまだ終えていない休日に、街に買出しにでかけたときにその人物に会った。
「ザック!ひさしぶり。忙しかった?」
サングラスをかけ、パーカーのフードを被ったそいつが誰かはすぐにわかった。
「よお、レイ、元気か?手は治った?」
もちろん、という相手は、細くてもろそうなその手をひらひらと振ってみせ、そこで、あ、と声をあげた。
「そうだ。ぼく、ザックにお願いがあるんだけどさ」
「おれに?」
「うん。えっと、再来週あたり、夕方から次の日まで、暇な日があったら、教えてほしいんだけど」
「・・・え?ある、けど・・・」
夕方から、『次の日』?
「そうだよねえ。仕事がどうなるかわかんないもんねえ。でも、とりあえず、その日、おさえておいてほしいんだ」
「え、っと、レイのために、・・ってこと?」
そこで、はっとしたような表情があがり、動揺したように顔が染まった。
「えっと、その、あの、・・まあ、うん、そういうことで・・・」
「・・・・・」
そのときどうして言葉がでなかったかというと、そこで相手がサングラスをはずし、ザックの眼を見たからだ。
顔をあからめた相手が困ったようになにかをいいかける。
「 ・・・ご、ごめん、ザック、ほんとは、」
「だいじょうぶ」
相手の細い手首を取って言い切る。
「おれ、ぜんぜん、だいじょぶだから」
「え?ほんと?」
心底うれしそうにレイはザックの顔をみた。
「もちろん、―― ぜんぜん」
このときザックは後から考えると、ひどくかっこつけた様子でその言葉を口にしたのだが、それに気づいたのは本人と、遠くから様子を見守っていた、ケンだけだった。