『あれ』
残酷な描写あり。ご注意を
黒くてどろどろとした液体の中に浸かったジェニファーは、それこそ浴槽にはいるかのように、ふちに頭を預け、気をうしなっていた。
不気味に泡立つ黒い沼のような水から二人がかりでひきあげた彼女は何も身に着けておらず、白い体はいやな赤に染まっていた。
きれいなはずの金色の髪も、べちゃりと重く、赤黒い水をしたたらせている。
まだ生きているはずなのに、ひどく状態の悪い遺体を見てしまった気になり、ザックはそっと目をそらした。
大丈夫か?と声をかける二コルがその嫌な匂いのするジェニファーを躊躇もなく抱えあげ、離れた場所に横たえた。
ルイが彼女の呼吸や脈を確認するあいだ、心の中で自分を叱責したザックはぬいだ上着をそっとかける。
「よかった。だいじょぶそうだ」
ルイの言葉に安心して二コルとうなずきあうが、そのまま浴槽を振り返って見る。
ケンが、険しい顔で浴槽の中をにらみ、銃をむけていた。
「・・・《あれ》、見たか?」
ニコルが低く問うのに、ザックは「うん」としかいえなかった。
二コルの言う『あれ』のせいで、浴槽の中へ手をいれるのをためらってしまったのだ。
ケンの横に立ったバートが、おそらくは『あれ』に、声をかけた。
「おい、―― ふざけんな」
―― そんな言葉、自分には言えないとザックは思った。
あの、黒い液体で満たされた浴槽の中で、ジェニファーの頭とは逆がわに、その白いものは浮いていた。
ぎょろり、とこちらに《眼》をむけた、『あれ』。
『あれ』は、―― 顔も髪もひどく汚れてはいたが、うすい青の眼は輝き、若い肌には張りがあり、唇は妙に赤かった。
あれは、 あれは・・・
―― 写真で見た、エミリー・フィンチの顔だった。