あなたが思う以上
棚に手をかけたウィルが振り返る。
「 ねえ『魔女』さん、すこしでも自分のせいでぼくたちに迷惑かけてると思うなら、最後まで『怪我のないように』よろしくね」
指先で魔女にキスをおくって穴に消えた男を呆れたように見たマイクは、女をにらんだ。
「・・・もし、あんたが本物の《魔女》で、すべての原因があんたにあるっていうんなら、どうしてもっと早く出てこなかったんだ? バーノルド事件のきっかけが自分にあると思うなら、こんなところまで待ってることないだろう? ―― この十二年の間に五人だ。五人の女性がその悪鬼だか王だかの被害者になった」
魔女は煙草をはさんだ指を目の高さまでもちあげ、何かをいいかけるようにしたが、目をとじてゆっくりとうなずいた。
「ええ・・・。 人間との溝が、こんなに大きくなっていなければ、もっと早く出てきたかもしれませんが、今の『掟』に従えば、ぎりぎりになるまで、こちらとのかかわりは持つべきではないと判断したのです」
まるで、どこかの役所の人間のような言葉遣いの女をまじまじとながめながら続けてきく。
「『名簿』の役目ってのは、いったいなんだ?」
女はゆったりと微笑み答える。
「世の中、・・・あなたが思ってる以上に、いろんな《名》の、いろんなものが住んでますのよ」
女の手にした煙草がいまだに短くもならないのを目にした男は、ため息をつき、棚に足をかけた。