『手品師さん』
これを全部読んだのか、と感心する新人に微笑んでみせた科学班の男は、このへんだったかなと、ひらいた日誌の日付を確認する。
「―― 彼女は姉さんへの手紙には愚痴や文句はのせない。いかに穏やかで、なんのシミもない生活を送っているかをしらせるために。 だけど、 ―― こっちの業務日誌には愚痴ももりだくさん。ここは彼女の本音を吐きだすための場所だったんだ。現状を憎み自分自身を否定する気持ちを、だれかに話したという記述がある。―― ここ」
画面上のひとつを選びだす。
『 ―― あと、彼のことを何て呼んだらいい?今日はヤってる最中も、あの人で頭がいっぱい。彼はわたしのことを本当にわかってくれてる!こんなわたしでも、いいんだって言ってくれた!彼にはなんでも話せるの! 』
「よく読めばわかると思うけど、ここにある『彼』は、この日に相手した男のことじゃない」
「でも、『彼』ってことは、あいては男だな」
ニコルの言葉に、でもほかの日の相手かも、と感想をもらしたザックにジョニーは指をたててみせた。
「まあ、待ちなさい、若者よ」
その指を五日後の『日誌』にすべらせてよびだす。
彼女は『あの人』を『手品師さん』とよぶことに決め、さらに二日後の日誌で、偶然街中で会えたことをひどく喜んでる。
「ここからひと月ほどはたびたび現れる『手品師さん』のことをくわしく書きたいが、約束でそれはできないと幸せな様子でつづっている。 そしてここだ」