『取引』するものは
「 ―― どんなふうに願った?」
静かなバートの問いにマデリンが糸でひかれるようにそちらに顔をむける。
「『あなた』の力をみせてほしい、と。 『あなた』とは、そのときわたくしの頭の中に語りかけてくる一番《強い存在》でした。 ただ、それには強弱がありました」
強弱?と繰り返したウィルに、太陽の日差しとおなじです、と女がいう。
「 雲にさえぎられれば、日差しは弱まります。 同じように、わたくしとの間に雲のようなものがかかり、自分の意志でそれはどうにもならないのだと教えてくれました」
ウィルが驚いたように、会話ができるのか、と口もとに手をあてた。
「できます。 ―― その《強い存在》はわたくしの訴えに、同情をしめし、なだめ励ましてきました。そのころのわたくしの体中にあったあざや傷跡をみれば理解できますでしょうが、わたくしはその《存在》に心惹かれました。 ・・・『それ』はわたくしが求める強く頼りがいのある男性像で、そのときのわたくしにとって、本物の父親だったのです」
「にせものだ」
うつように響いたウィルの断言に女は視線をむける。
「・・・あなたは、ご家族の愛に恵まれていらっしゃいます。―― うらやましいわ」
言葉に詰まったウィルの様子からそっと目をはずした女は静かに続ける。
「わたくしは・・『あんな酒浸りの父親はいらない』と伝えました。《それ》はいいことだと認めてくれ、そして、その《願い》を叶えてくれるといいました」
父親は酔ったまま河に飛び込み、溺れ死んだ。
「 その『代償』に、何をした?」
バートの低い声にびくりと震えた。
「『代償』・・・そう、そういうことになるのでしょうね。―― 何かをしてもらうためには、なにかをしなければ『取引』にはならない」
「 前にあんたが主張した、《取引をするものは『神様』などではない》っていうのが本心なんだとしたら、あんたは、なにもかもわかったうえで《それ》と取引したことになる」