『強い存在』
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それは子どものころから、感じていました。と女がどこか遠くを眺めて話す。
「 ・・・前にもお話ししましたが、人間は与えられたものだけに満足すべきでした」
「でも、寒いもんは寒い」
録音機をテーブルに置くウィルがすかさず口にすると、マデリンは以前とは異なり力の抜けたような笑みを浮かべ、「―― わからないでしょうね」と首をふった。
二度目に現れた警備官たちの姿に、前回と同じように驚きも戸惑いも示さなかった女は、あのソファに案内すると、こちらが何も問いを発しないうちに、淡々と語りだした。
「―― この世界に、自分たち以外の《強い存在》を感じていたわたくしは、幼いころからさまざまな不思議で恐ろしい体験をしてきました。いわゆる、目にみえないものの存在です。 母はそんなわたくしの言葉をききながし、酒浸りの父は怒って殴りました。 それでも嘘をつきたくなくて、わたくしは見たもの感じたものをそのまま口にしつづけました」
「正直な頑固者」
どこかで共感を覚えたウィルの言葉に、マデリン・モンデルは初めて本当に笑んでみせた。
「 母にもよく言われました。彼女はわたくしの言葉に耳をかたむけることはなかったのに、嘘だときめつけることもしませんでした。 殴られるのをかばい母も何度も父に殴られましたが、悪いのはマデリンだと父にすがりました。・・・母は、わたくしの言葉がたとえ本当なのだとしても、それを人に言ってはならない、自分のなかだけで処理しなければならない問題だと言いました」
「このさき、世の中を渡っていくための心得だよ」
「そう・・なのでしょう。そしていま思うと、・・・母も同じ体質だったのではないかと思います」
お母さんも同じように何かの存在を感じていたと?というウィルの言葉にうなずく。
「―― わたくしが十六になったときに父が亡くなり、母はそれを追うように自殺しました。わたくしを罵りながら目のまえで」
「・・・それは、どう・・」
さすがに言葉のつまったウィルに、白い顔をむけた女は「しかたがありません」と感情のない声をこぼす。
「・・・母はわかったのでしょう。―― わたくしが、《強い存在》に、父親を『この世から消してほしい』と願ったのを・・・」
息をすったウィルは、なんてこった、と小さくうめく。