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タイトルとかとか、いただいて書きました。

君の瞳に映る僕は、君が知らない誰かだった

 



 君の瞳に映り込む僕の顔は、見るに堪えないものだっただろう。

 笑おうとして、笑えなくて、我慢したかったのに、涙を流した、歪な顔。


「すみません……」

「いや、いいんだ。……その、ごめんな」


 学ランの袖口でごしごしと目元を擦り、無理矢理に笑顔を作った。

 君には、笑った僕で覚えていてほしいから。




 ◆◆◆◆◆




 彼女――杉山(すぎやま) 桃花(ももか)が学校帰りに事故にあったと聞いたのは、朝のホームルームで。


 しばらく入院することになった、と担任が言った瞬間、目の前が真っ暗になりそうだった。

 病院でケータイが使えるのかわからないけど、何通も何通もショートメールを送った。


『桃花の母です。平くんの事は桃花から伺っています。放課後、○△病院に来ることは可能でしょうか?』


 よそよそしいというのか、カッチリしているというのか。桃花から聞いていた生真面目そうな母親の印象そのままのメール文だった。

 僕は、すぐさま返事した。必ず行くと。




 こんなことってあるんだろうか?


 桃花は学校の帰り道、自転車のタイヤで釘を踏んだ。その拍子にバランスを崩して倒れ、ガードレールで頭を打ってしまった。

 脳振盪を起こし病院に運ばれたときには、彼女の記憶は全てなくなっていたそうだ。


「その、私達もどうしたらいいのか分からなくてね。桃花に会いたいって人に会ってもらおうって決めたのよ」


 その一人目が僕だった。


「部活、頑張ってるんでしょ? 良かったの?」

「顧問には伝えてきました。僕は大切な人を優先したいので。そのぶん明日やります」

「そう。ありがとう」


 その時のお母さんの顔は、なんとも言えないものだった。

 その理由は、彼女と面会して直ぐに理解できた。


 僕の大切な君は、僕を忘れてしまった。

 君の瞳に映る僕は、君が知らない誰かだった。


 昨日、放課後にまた明日と話して別れたのに。

 昼休みに、校舎裏で一緒に弁当を食べたのに。

 僕の弁当の大きさを笑っていたのに。

 勇気を振り絞ってした告白も、こっそりしたキスも、全部忘れられてしまった。


「また、会いに来てもいいかな?」

「え……」

「っ――――」


 なるべく刺激しないでほしい、責めないでほしい。出来れば受け入れてほしい。そう言われて頑張った。

 けれど、桃花の怯えた表情を見て、また泣いてしまった。

 こんなの桃花じゃない、全然違う人で、僕の桃花はいなくなった、そう思ってしまった。

 もしかしたら、それが彼女や彼女のお母さんに伝わったのかもしれない。

 その後何度か『もう一度会いたい』と伝えたが、断られてしまった。

 あの後に何人かの友達が来て、桃花のストレスが大きすぎたから、とのことだったけれど、それだけじゃない気がしている。


 そして、桃花は退院してすぐに転校した。

 元の桃花を知らない人たちの中で生活した方が、心穏やかに過ごせるだろうと判断したそうだ。

 



 それから僕は部活に打ち込んだ。

 三年の夏、甲子園、準決勝。

 足の速さと肩の強さで、一年の頃からライトの守備を任されていた。

 最近はウエイトコントロールもうまく行き、長打率も上がってきている。


『よばん ライト たいらくん せばんごう きゅう』


 八回表、同点、ツーアウト、ランナーは三塁。

 俺の打順が回ってきた。

 照りつける太陽、むせ返るほどの熱気。

 地面を踏みしめ、ピッチャーを見つめる。


 キン、と澄み切った金属音。

 ボールは遥か遠くに飛び、客席へと吸い込まれていった。


 ――――あのボールを君に見せたかった。


 甲子園は決勝で敗退したものの、学校は大騒ぎだった。

 ラッキーなことに、それからすぐにプロ野球球団から声がかかり、あれよあれと言う間に、時が過ぎていった。




 プロ入団、六年目。

 一軍で活躍する場を与えてもらっている。

 この数年で認知度が上がり、普段何気なく歩いていても声をかけられるようになった。

 ファンだと言ってくれる人々と握手をする。

 嬉しいけれど、なんとなく遠い何処かの出来事のように感じていた。

 

 ある日、デッドボールが膝に当たり、念のため病院で検査をすることになった。


「やぁ、昨日より痛そうな見た目だねぇ」


 診察台に寝そべり、球団の専属ドクターに膝を見てもらう。


「そこまで痛みはないんですけどね?」

「まぁ、単に打ち身で済んでいるからだろうね。君、我慢強いし」

「そうですかねぇ?」


 医師と雑談しつつズボンを穿いていると、なんとなく見覚えのある看護師が診察室に入ってきた。

 

「先生――――」

「あぁ、それでいいよ。杉山くん」

「っ……!?」


 杉山…………桃花?


 あの頃の少女のような印象はほとんどなく、黒い髪は茶色く染め、緩いパーマをかけていた。

 でも、桃花だった。

 瞳が、頬が、唇が、声が、桃花だった。


「わっ、平選手!?」

「えー? 杉山くん、今気付いたの!? あんだけファンだ、なんだ、『今日来るんですか!?』とか大騒ぎしときながら……」

「だって、まさかもうそんな時間だなんて! あっ、あの、いつも応援してます」


 医師がニヤニヤとしなが「握手してもらいなよ」と勧めると、桃香は嬉しそうに頬を染めていた。


「……応援ありがとうございます。平です。先生にはいつもお世話になっております」


 君の瞳に映る僕は、君が知らない誰かなんだね。今も。

 野球選手だということは知っているんだろうけど。


 ゆっくりと握った桃花の手は、小さくて暖かかった。

 

「わぁ、おっきい手」


 ――――侑護(ゆうご)の手、おっきい。


 桃香が事故に合う数日前に、学校の図書室でこっそり手を繋ぎ、キスをした。

 頬を染めた桃香の潤んだ瞳、髪の柔らかさ、匂いが未だに頭から離れない。

 ずっとずっと好きで、勇気を振り絞ってした告白は『つきです! 付き合ってくだせいっ!』だった。

 あの頃をふと思い出して、喉の奥が締め付けられる。

 ドス黒い想いが、腹の中で渦巻く。

 深呼吸して、桃花の手を離した。


「……記憶は戻ってないんだね。でも、元気そうで良かったよ。さようなら」

「――――え」

「先生、失礼します」

「え、ちょ!?」


 診察室を出て、病院の駐車場に急ぐ。

 支払いは球団だし、処方箋は何か貼り付けるものくらいだろう。明日でいい。

 

「た、平選手!」


 急いでいたのに、追いつかれてしまった。職員用の出入口が近くにあったらしい。


「…………どうか、されました?」

「あの私のこと――――っ、ごめん、なさい」

「……ももか」


 無言を貫き通そうとしたのに、桃花が泣きそうな顔になってしまい、慌てて駆け寄ってしまった。

 僕はあの頃と何ら変われていない。

 君が可愛いと言ったから、『僕』と言うことをやめられない。

 君が好きだと言ったから、刈り上げをやめられない。


「平選手」

「君も僕も、知らない人だ。他人だ。そうだろう?」

「ちがっ! 違うの……」

「……僕は、もう諦めた。ただ、君が元気でいてくれてよかった。それだけ、言いたかった。混乱させてごめん」


 頭を下げて、立ち去ろうとしたが、袖を掴まれた。


「離してもらえませんか?」

「っ……あ……の。ところどころ……思い出してるの」

「そっか。ありがとう」

「平せんしゅ――――」

「っ……僕は、君にそう呼ばれたくないんだ」

 

 ――――侑護。ゆーご。


 君の声が聞きたかった。

 君の笑顔が見たかった。

 でも、今の僕は『平選手』で、侑護に似ている人だから。

 君の瞳に映る僕は、君が知らない誰かのままだから。


「元気で」


 そっと桃花の手を解き、笑顔で別れを言って車に向かった。


「―――侑護っ」

「っ!」

「また、そう呼んでもいいの?」


 僕は振り返らずに頷いた。

 君には、笑った僕で覚えていてほしいから――――。




 ―― fin ――




閲覧ありがとうございます。

『タイトルいただいて書きました』シリーズヽ(=´▽`=)ノ

素敵な機会をありがとうございました!



ブクマや評価等していただけますと、作者のモチベになります。是非!じぇぇぇひぃぃぃ!m(_ _)m

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[一言]  初めまして。 小説を読もうの一覧で タイトルにビビビッ❗️ときて、拝読させていただきました。  桃花の記憶が ようやく戻りかけているタイミングで再開できたのは、ほんとなら 読み手は嬉しくな…
[良い点] 主人公が安易に幼馴染にざまぁしないところ。 記憶喪失した後の対応も別に彼女に非があるわけじゃないし。 [気になる点] 最後主人公が振り返っていないけど、どうなるんだろ~。別に復縁しないまま…
[気になる点] 病院での嫌そうな態度もすっぱり忘れてるところですかね ファンっていうなら出身校とかで思い出しそうなもんですし [一言] 記憶が戻ってても戻ってなくてもここを無かったことにしてるのが引っ…
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