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金の双樹  作者: 宮﨑 夕弦
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第七話 「識るがよい」

 

 父の話だとハザンの精霊は十二大精霊の一柱、「翠緑の君」アスロティア。木の精霊たちの女王と聞く。

 神格の精霊だが契約者のキャパシティでその力は大きく変わる。いくら強大な力を持つ精霊でも現実世界に力を顕現させるのは術者の能力次第だった。

 グラディアスは慢心しつつあった己を恥じた。

 なにがシーラを守るだ。

 目の前の「神降ろし(ゴッドフォール)」を目の当たりにして如何に己の世界が矮小なるものか思い知らされた。いや想像できなかったのだ。力はここまで強大で巨大になる。限界点は手に届く位置ではなかったと。


 突然のスコールが森全体覆う。雨は濁流となって地面を削っていった。

 その濁流が天に向かって落ち始める。

「なにこれ」

 シャイネリアは寒気が止まらなかった。

 いやこれは、恐れだ。


 降り落ちていた雨がゆっくりと留まり、完全に動きを止めた。目の前の水滴に自分の顔が映し出されている。時が止まったかのように思えたが地面へと滝のように落下していく。また空中に跳ね上がる。幾度となく繰り返し、その動きは渦を巻き始めているのに気づいた。その渦に巻き込まれないようにシャイネリアは水の大きな波と塊を避け外側へと移動する。


 靴にタイヤを付けた最近流行りのローラースケートと兄の「地面がなきゃとべない」の話で閃いた即興の空中高速移動魔法だった。ブーツの下で雷球はスパークを繰り返す。駆け出すと雷球の下に硝子のような円盤が出ては割れるように消えていった。避けきれずに足元の雷球が水に触れるたびにバランスを崩し高度が下がる。次第に乗りこなすようになりシャイネリアは滑るように障害物と渦を避けていく。


浮遊レビテイションを変わった使い方をする。私もまだ学ぶべきことがあるとはな」

「引きこもりすぎじゃなくって?」

「ああ、たぶんその通りだ」


 濁流は開けた岩場の上で一つの巨大な渦となる。高さは100mは超えているだろうか。ハリケーンにも見える渦の水量の暴力は例えエンヴァルーの槍でも貫けそうにない。軽口を叩いているが余裕なんて少しもない。シャイネリアの頬に赤い筋が入った。渦から放たれる高水圧の迸りが衣類を切り裂いていく。

被弾を避けるため的を絞らせないように上下に揺さぶりをかけてみる。そして喉に左手を当て右手で胸に手を当てる。


 「喉を鳴らすのを聞いたか?あれはなんだ。闇に浮かぶ青白い、まるで二つの眼は獣のそれだ。黒光りする鱗は聞いたことがある、でもまさかあれのはずはない!あれであってはならない!あれは何かって?俺に言わすのか!?くそったれ!麒麟だ!」


「変わった詠唱だ。だがきらいじゃない」


「これくらいしか私には音が合わなかったの!」


 ハザンの笑いが癪に障わるが、黒麒麟の出現で押し黙ったところをみて満足する。麒麟は基本、物理的な攻撃しかしないがその角が振られるたびに破滅的な破壊が行われた。

 蹄が岩を手頃な大きさに割り角で飛ばされると衝撃で飛散しそれぞれが音速を超えたエネルギーで飛翔する。渦を貫通し大穴を穿つ。だが結局空いた穴に、水が流れ込み元の形に戻ってしまう。質量は減るだろうが1%も満たないだろう。それはシャイネリアは百も承知だった。時間さえ稼げればいい。


「麒麟は悪手じゃないか?草木も踏めない精霊がどれだけのことが出来るというのだ。派手な演出な割に実効性が伴わないではないか」

「御高説どうも」

 もう反論する体力すら怪しくなってきた。新しい高速移動魔法も気を抜けば消失しそうになる。


 目の前にヴィーが現れた。

 シャイネリアは息を吹き返したように叫ぶ。

「黒ちゃん、飛んで!」

 麒麟は少しかがむと跳躍した。足場が砕け散り破砕された石が四散する。その黒い巨体が音速を超え渦の中心に巨大な穴を開けた。摩擦で沸騰した水が水蒸気となり、その中から麒麟が現れたが主からのマナの供給が途絶えた瞬間嘶きと共に姿を消した。

 シャイネリアは地面に降り立ち膝をついた。肩で息をし口を開けて酸素を取り込む。

「惜しい、な。あと三年あれば。ううん?少年、何をやっているのかな。そんなことをしたって、私の場所はわからないと思うが?」

 グラディアスが広範囲の魔法の呪文を使ったのを見逃さずハザンは少し残念そうに言った。

「そう、君には私の存在が数え切れぬほどに感じられるはずだ」


「あなたの言うとおり」

 木の陰から出てきたグラディアスはにやりと笑う。シャイネリアはそれを見て心の中でほくそ笑んだ。あの顔をするときは何かしかけた時の顔だ。

「この……グズディアス」

 シャイネリアはもう言葉を繋げられずにへたり込んだ。

「だから全部にあたりをつけたんだ」

「そんな事、できるわけが」

「あなたは本質的に狩人に近い。トラッパーとしては、右に出るものはいないね」

「それはどうも」

「だけどね」

 グラディアスは両手を広げ、

「優しすぎる」

 両の手を打ち合わせ、ぱん、と鳴らすと一瞬だけ辺りの木がざわざわと揺れた。グラディアスが伸ばした魔力の糸は地面を這い、辺りの木に絡みつき大量のマナを木々に流し込み気絶させたのだった。グラディアスの額から汗が流れ落ちる。寝ていた間に練り続けたマナは一瞬にして空となった。


 渦が爆散し水蒸気となる。麒麟と同じくマナの供給を絶たれ存在を繋ぎとめる枷が消失した。あたりに小雨が降り注ぐ。

「少年、いつのまに」

「あなたが僕らを殺さないように注意を払っている隙に」

「うぬぼれが過ぎるな。ただの気まぐれかもしれないぞ。しかしダミーを全部見つけるとはね」

「木の精霊使い。あなたはこの森に愛されている。だからこそ古い木があなたをかばう」

「……少年、そして少女、きみらは何者だ」

「僕はグラディアス、そして双子のシャイネリア」

「私のシルフを返して!」

「面白い。世の中には、まだこんな子らが生まれるのか。だが、お主らの師は誰だ。何故ゆえにそれだけの才能を無駄にさせている?」

「パパは最高の魔導士よ!」


「本当の最高を知らないのなら」

 ハザンの声が直接聞こえてくる。二人の目の前に巨木のエンシェント・トレントの肩らしき枝に立っていた。東方の面をつけて黒布地の着物のような出で立ちで二人を見下ろす。

「ハザン……女!?」

 双子が同時に口にするが、その上空のマナの奔流に気づく。四散した水蒸気が集まり見慣れない衣装を纏った人形(ヒトカタ)となった。シャイネリアの記憶がそれは巫女の着るものだと告げる。

 水の神ゆえに水蒸気を依り代にすることなぞ容易いことだった。


「識るがよい」


 弥都波能売神みづはのめのかみの手が差し出され手のひらから水が溢れ出すが落ちずに球状に留まり巨大化していく。双子はマナも体力も使い果たし、ただ茫然とそれを見上げた。

 人の丈の十倍にもなる水球が高速回転し、水しぶきが迸る。

 それを一気に掲げ、手が降り下ろされんとする瞬間。


「殺すなと言われてるが、どうしたもんか」

 ヴァイケルの剣先がハザンのうなじを軽く突く。その声を聴いて双子は安堵し力が抜けたように地面に倒れこんだ。

「もう無理」

「同じく」

と、言った刹那、双子に大量の水が降り落ちてきた。

 

 トレントに地面に下ろすよう命じハザンとヴァイケルは高さのある枝から飛び降りた。弥都波能売神みづはのめのかみはすでに消え、水球は回転を止め双子に降り注ぎ、たらふく水を飲みこんだ二人はせき込んでいた。

「この私が欺かれた?少年、何をやった?木を眠らせたのはマナを切る為ではなかったのだな」

「騙したのは木の精霊たちです。あなたのトラップのダミー干渉波を利用しました。ヴァイケルさん、あーそこの騎士様にそっくりあなたのダミーをかぶせて木から見えなくしたんです。そしてこちらが万策尽きた瞬間なら姿を見せてくれるかな、と賭けてました。そのためには一瞬でも俺らが勝ったと思い込む瞬間を見せる必要があったので、そこまでのシナリオを妹のシャイネリアがお膳立てしてくれたんです」

そ、そうなのよ!(そうだったの?)

 ハザンは小さく笑っていたが次第に高らかに笑う。

「私の負けだ。誇っていいぞ。二人、いや三人がかりとはいえ、な」

 ハザンは面を取り、なにやら呪符がついているマスクを取る。

「カナンと言う。ハザンは通り名という事は知っているな」

 声が別人の、いや本人に戻ったというべきか。二十代後半、に思えるが雰囲気はもっと年上でどこか洗練されている。ある意味魔導士らしからぬ淑女に見えた。



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