最終話「ルーチェ」
百年城前に広がる平原はいつになく熱気が高まっていた。
干渉波からの破壊から立ち直るのに三か月。人々は疲れてはいたが、誰しも生気に満ち溢れていた。
普段は豊穣を祝う四つの石柱に囲まれた円形のステージは、同じように石畳で作られていた。中央ではズールが剣先を下に、柄を両手で支え軍神が如く佇んでいる。
毎年、秋に行われる豊饒祭を超える一万の民衆と、二万近くの兵達が夏の熱気を超える勢いで昂ぶっていた。
「こっちは人間なのに、化け物だすたぁ、騎士のプライドはねえのかよ!」
「そっちこそ、手心加えると期待しているんだろうが甘ぇんだよ、畑でも耕してろ!」
民衆と騎士との舌戦は既に始まっており、今まさに始まらんとする戦いの期待に、三万人にものぼる人々の昂ぶりは絶頂を迎えていた。
「かって神々が戦われた、この地で!」
ズールの高らかに響く声で一斉に静まり返る。
「栄誉も! 名誉もなき、戦いが始まる!」
騎士たちの中に「ウォウ、ウォウ!」と叫ぶ一団がいた。黒尽くめの蛮兵、羊飼いと牧羊犬の兵たちは武器をかち鳴らす。
「騎士に二言はない!その騎士たる儂が言った言葉を思い出せ! 最後に城に辿り着いた者の運命はどうなると言った!?」
「戦いだああ!」
「オーガへの生け贄を捧げよ!」
ズールが片手を挙げて制すまで騎士と兵たちの歓声は鳴り止まなかった。
「蛮人騎士キラデラ!」
ズールにその名を呼ばれて巨人が如く足を踏み鳴らしながら騎士たちの中を掻き分けて、キラデラはステージへと向かう。己の身の丈に及ぶ巨大な戦斧を両肩に担ぎ、騎士と兵たちに「俺は誰だああ!」とアピールし、歓声と喝采を要求した。オーガの名が一斉に叫ばれ平原は足踏みと絶叫で揺れた。
「さて。殿を努めた故の名誉ある遅参か、はたまた不名誉な腰抜けか。生け贄となるは何処の騎士か!? さあ、誇りはここに置いてある! 酒宴の主よ、取りに来るが良い!」
民衆側の人垣が割れ、ヴァイケルの後にシーラが怯えながら続いた。ステージの中央でキラデラを目前にし、腰を抜かして地面にへたり込んだ。
巨体の騎士はそんなシーラを嘲笑うかのように、屈んで覗き込むと不敵に笑う。
「おちびさん、もう帰ぇんなよ。おっと、その場合でも約束通り玉座はもらうがなあ」
シーラは卒倒し横に倒れるところをヴァイケルの膝下が支えた。
遠くから見ている双子は苦笑し、リーチェは腹を抱えて笑い転げていた。
「リーチェ姉ちゃん! シーラちゃんがおっきな人にころされちゃう! 助けに行かないと!」
泣きそうな顔のリリの頭を撫でるとリーチェは「シーラはね、うちら姉妹より強いんだ」と笑った。
「アイリス、そのマナで何をするつもりだい?」
グラディアスはアイリスの背後に立ち肩に手をかけた。
「決まっています。あの脳みそが幼児並みの大男を黒焦げにするんです。ご許可を」
「だせるか!」と頭のこめかみをギリギリと両拳で締め上げた。
「アイリスじゃないけど、こんな茶番、必要かな?」
「フロラル、息抜きよ、息抜き。私らだけじゃなく、街のみんなも兵たちにもね。それにこれからの為の絶対に必要な儀式なの」
「儀式? あーなるほどねぇ」とフロラルは楽しそうなシャイネリアに苦笑いで答えた。
「ユニは?」
シャイネリアは小脇に抱えた小袋から揚げ菓子を取り出してリリに渡し、自身も頬張った。
「まだリンクのお手伝いみたい。復旧費用の帳簿が机の上で雪崩が起きそうなくらい積まれているので。この催しもお金掛かってるので、マジ泣きしてたよ。あの子、なんだかんだで多才だなあ」
「アズライア公が言ってたけど、リンケットの死はこの国の損失だからって百年城攻略の際、わざと使節にしたみたいよ。役立たずやらなんやら言われて追い出されたと思ってたけど」
「リンクが自信持てないのは周りが人間離れした人ばっかりだったからじゃないかな」
「多分ね。ヴァイもズゥ爺も大概だからね」とシャイネリアは菓子を口に放り込む。
「公爵を爺って。そんな仲?」
「んー、飲み仲間っていうか?」
「おっさんか!」
我が子から離れた場所で観覧している双子の両親は、熱気を避けるように木立の下で双眼鏡片手にくつろいでいた。
「まったく、あの子たちったら、本当に緊張感ないのよね。誰に似たのかしら」
「さあな。君じゃないか」
フィールスはおどけたように肩を竦める。そう言う夫の顔の頬を軽く叩いたイエッタは、周りの熱気で汗ばみ、ふぅ、と溜息をついた。
「ねぇ、リデア。後でお茶にしない?」
「そうですね。午後の授業はお休みにするつもりなので」
フィールスは思い出したかのようにリデアに問いかける。
「カナン・ハザンの名をリーチェに譲ったそうだな」
「あいつ、教えてから三週間で、ボルデアックを討伐したんですよ。精霊界の連中、開いた口が塞がらなかったそうです」
「それはお気の毒に」
フィールスは面々の面持ちを思い浮かべると同情した。なんせ三か月準備しても倒せなかった竜を、ふらりとお遊びに来た小娘に「強い竜って何処?」と足蹴にするボルデアックの死体の上から言われて面目も立たなかったのは想像に容易い。
「さて、シーラ大丈夫かしら」
「そうですね。イエッタ姉さん、その割にはなんか楽しそうですね」
「ヒナの念願が叶うから」
リデアは、そうですね、と一緒に笑った。
ステージは既に二人だけになり、サイズの大きいヘルムと鍋蓋としゃもじを装備したシーラは、観客達を大いに湧かせ、キラデラの額に血管を浮かせる結果となる。
「ちびすけぇ! コロス!!」
「あわわわわ」
巨大な戦斧を振り回して、ステージの端にある四本の柱を次々と破壊し、戦斧を天に掲げて吼える。
「あ」
グラディアスはシーラの変化に気付き、シャイネリアの「久々の」の後に五姉妹が「ぷんすかシーラだ」と声を合わせた。
「ほ、豊穣の、女神様の、柱を壊すなんて、許しません、です!」
「はん! そんなことより早くやろうぜぇ!」
「おしおき、です!」
キラデラの戦斧が天高く振り上がる。戦斧が音を立ててシーラの頭目掛けて振り下ろされ、観客から悲鳴とブーイングが上がり、誰しも先程の柱のように打倒されるシーラの姿を連想した。
どよめきが沸き起こる。が、次の瞬間、音が割れんばかりの大歓声が耳を劈いた。
鍋蓋で巨大な戦斧を受け止め、右手のしゃもじを振りかざし力を溜めてぷるぷると震えている。
「いいか、まずは初撃を盾で防ぐんだ。お前なら余裕で見て避けれるだろうが、あの馬鹿の鼻をまずへし折ってやれ」
ヴァイケルのアドバイスは、その一つで最後だったが、明らかに動揺したキラデラは切り替えて次の攻撃に移る。戦戦斧の横振りからの右膝蹴り。だが膝は頬を掠め、しゃもじが突然目の前に現れた。
「当たったところで!」
と次の瞬間、目の前が暗闇包まれ視界を塞ぐのは地面と気付くのに一秒、額に衝撃を受けて体が縦回転し仰向けにされたことに反応して立ち上がったのは三秒後だった。身長が三分の一しかないシーラが巨人を翻弄する姿は観客全員を虜にした。戦斧で殴れば鍋蓋で防がれ、高速で振られる攻撃には屈んで避ける。避けられなくて受けているわけじゃない。わざと受けている。シーラの目の動きがそう物語っていた。
十三で初陣を飾り、それから十七年間、負けた相手はヴァイケルだけだった。それでも挑み続けたのは、まだヴァイケルが人の域に留まっていたからだ。数年で追いつき、そして首を取ることだって不可能でないと思っていた。
キラデラは己が戦慄していることにようやく気付いた。
この相手はなんだ? 超反応というレベルじゃない。確実に自分の攻撃を目で追っている。金物のうすっぺらい鍋蓋で受け止める技量は人間業じゃない。戦斧が当たった瞬間、戦場を駆け抜けて生きてきた長い年月の間、味わったことがない感触が手から腕へと伝わってくる。それはまるで自分の力がそのまま返ってくるようだった。
まるでこの大地と戦っているような無力感。
キラデラは息を切らし、天を見上げた。そして両手から戦斧が投げ出された。
「勝てる気がしねぇ。ベリアッド様相手でも勝てる気がしてたが、ちびすけ、ああ、いや」
キラデラは片膝をつき頭を垂れた。
「陛下。俺の負けだ。今までの非礼、お慈悲を頂けないか」
祭儀場は爆発したかのような歓声に包まれた。
「シーラ様、最高だああ!」
熱狂が渦巻く中、赤髪の数人の商人が異国の言葉で歓喜していた。
「ルーチェ?」
「何語? 彼らエスタリアンだよな?」
「光って意味らしいぞ!」
数人の叫びが伝播し、全ての人々が「ルーチェ!」と叫び始めた。
グラディアスは困っている風のシーラを見て微笑んだ。シャイネリアも腕を組んで見つめている。
「僕らのお姫様は最高だな」
「ちょっとやり過ぎた演出だったかしら。ヒナ? 泣いてるの?」
「わかんないけど、涙が出てくる」
「そっか。かっこいいもんね」
「そう! 可愛くて最高にかっこいい!」
双子はヒナを挟んで同時に頭を撫でた。
ズールがシーラの傍に立つ。
「真実と! 騎士の誉れと栄誉、そして誇りは」
ズールはキラデラの横に並んで、頭を垂れた。
「陛下、貴女様の手に。勝者の名を賜りたく存じます」
シーラはきょろきょろを周りを見渡す。グラディアス達を見つけだすと声を出さずに「どうしよう」と唇が形どる。グラディアスをはじめ、所縁のある者は全員が頷いた。慌ててシャイネリアがシルフ達に声を掛ける。
後世に伝えられる「グランべリアの歴史の中で最も偉大な王の最初の勅命は、最も簡単で、最も優しい言葉だった」として記録される事となる発言は勝利宣言ではなかったが、それでも人々は彼女が愛すべき王と認識した瞬間でもあった。
「あの、あの、私は、シーラ、です。シーラ・アーネス・ファーングラム二世って、私、何言えば、えと、えっと。なんか、言わないと。偉くなんかないので、皆さん、お友達になってください」
その小さな声は魔法で拡声され、その場に居る全ての人に届いた。
キラデラがシーラを左肩に乗せ、右手で観衆を煽る。
三万人の声はシーラとルーチェと二つの名を挙げ、草原に響き渡る。その歓声は渓谷を越えバシュタットまで届いたと言う。
シーラは少し困ってから、そして照れ笑いをした。
「さ、シャイニー。これで仕上がった」
「準備は出来てるわよ。まずはバシュタットから」
「攻める?」
「いいえ? 頭を下げに来させるわ」
「出来るのかい? そんなこと」
「今ならね」
そう言うと、姉妹たちの顔を見て微笑む。
「しょうがないなぁ」
「しょうがないですね」
「しょうがありません」
「がんばります」
「しょうがない、じゃありません。やるですよ。ユニのダーリンに活躍の場所が必要なんです」
「あ、ユニ、間に合ったな」
リンケットとユニが人ごみ描き分けて合流したが、リンケットの顔は悲壮感に塗れ、疲れて切っている様子だったが、反対にユニは少し痩せたようだったが、健康的な顔色で微笑んでいた。
「まだ仕事あるんだよ? ユニ、最後まで付き合ってくれるんだよね?」
「最後まで?」
「なんで顔を赤くするんだ! まだ早いから!」
グラディアスはリンケットの肩を叩くと「お疲れ様だね」と労う。
「仕事の話だよね? ねえ?」
「さ、僕らは準備だ」
グラディアスはシーラの方へ足を向けた。
「グラッド! 男は僕らだけなんだよ! 助けてくれよ!」
グラディアスは背中にしがみ付くリンケットを邪魔くさそうに振りほどいていたが顔は楽しそうに笑っていた。
「さあて、世界を起こそうか!」
グラディアスとシャイネリアは新しい女王を迎えに行く。
ファーングラム王朝は終焉を迎え、新しい時代の幕開けでもあった。
拙い文章と物語にお付き合い頂き、有難うございました。
読んでいただける幸せを噛みしめながら、筆を進めて参りました。
幸いな事にキャラクターに恵まれ、彼らの動きを追うのが楽しみで苦にはなりませんでしたが、筆力不足で魅力を引き出せなかったのが、生みの親として残念ではあります。
この先、改定、加筆をしながら手を加えていく所存でございます。
最後に、ここまで読まれた方。
厚く厚く、御礼申し上げます。
有難うございました!




