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金の双樹  作者: 宮﨑 夕弦
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第五十六話「僕らは君の傍に立つ、金の双樹となるんだ」

 

 人々が次第に集まってくる。だがその目に怒りはなく、笑みが浮かんでいた。

 赤子を抱いた一人の女性が口を開いた。

「そこのユニちゃん? ちびっこ魔女さんがね、私たちに伝えてくれたんだよ。あなた達の境遇が心に流れ込んできて、その中であなたがどんだけ必死だったかは街の皆、知ってしまったんだ。そんなあなたを罰することなんてできない。それにね、今日一番すごい魔法、知ってる?」

 リーチェは頬に涙が伝わっていることすら気づかず首を横に振った。

「誰も傷ついていないの。あんなに風が吹いて、地面が揺れて、建物が壊れて。皆震えて、怖がっていたけど、誰も怪我していないのよ」

「そうさ。建物なんか直せばいいさね。あんた魔法で直せるんだよね。手伝ってくれるかい?」

 老女が地面にへたり込んだリーチェの顔を覗いた。

「ボクが手伝ってもいいの?」

「あんたが壊したんだ、あたりまえさね。でもあんたはまずは寝なさいな、ひどい顔だ」

「ボクは許されていいの?」

「親が子供を許す、当たり前だ」

 強面の鍛冶職人が、やはり表情を変えずに言ったが目尻が少し下がっていることに嫁は気づく。

「うちは子供、まだだけどね」

 頑張れよ、と人々に揶揄された鍛冶屋はぶっきらぼうな顔で、黙れ、と怒り出し周りに笑いが起きた。

 リーチェとユニは周りを不思議そうな顔で見た。そしてリーチェは袖で涙を拭うと立ち上がる。

「みんな! ありが……」

 最後まで言えなかったリーチェはユニと一緒に深々と頭を下げ、リリも慌てて頭を下げる。

「さて、お片付け、お片付け」

 鍛冶屋のおかみの言葉で人々は家路につく。暫く頭を下げていたリーチェの足元の地面は濡れていた。

「こんないい人たちをボクは」

 リーチェは茜が差し始めた空へと慟哭した。

「罪は認識しなければ生まれない。責任感が強すぎるお前には酷な事だな。それがリーチェ、お前の罰だ」

 リーチェはカナンの言葉を聞きながら何度も頷いた。ユニは姉の背中に抱きついて涙を隠している。

「シーラ、まだかな。早く会いたいよ」

「もうそろそろだな。変異点に戻るから城門で待とう」

 リーチェがアイリスを宙に浮かべ四人が歩き始めた時、呻き声が聞こえた。

「ぼ、僕をお忘れ、じゃないですか」

 声の主に一同振り返る。


「あ」


 四人は同時に声を発した。



 星々は瞬き、月は静けさと共に在った。夏虫が鳴くにはまだ日は遠く、ただ春の陽の残り香が待ち侘びる者たちに微睡みを与えていた。

 双子はお互いの背を預け、夜空を眺めながらシャイネリアが美しい鼻歌を奏でていた。ユニはリーチェの長い黒髪の両サイドを三つ編みにしてハーフアップにすると、「世界一可愛いです!」と嬉しそうにしている。起きたばっかりのアイリスは寝ぼけまなこで自分の髪とユニの髪を結わえようとして怒られていた。

「ヴァイケル、いい加減城に戻れ。体も万全じゃないだろうに」

「ああ、アズライア公まで。お疲れでしょうに」

 城外の自軍の野営地で帰路の算段をしていたはずのズールを見て呆れかえった。自分に勝ったとはいえ無傷じゃなかったはずだから安静にさせろと、軍医に伝えたはずだった。

「まだ見定めておらんからな。我が主君として足り得るか」

「アグロットは?」

「シエント、いやリデアを無理矢理寝かしつけておるようだ」

「そうですか」

 ズールは周りの顔ぶれを見て小さく笑いを漏らした。

「儂は誰の人生に紛れ込んだんだろうか」

「ご自身のものには変わらないでしょう?」

「実感が沸かん」

「魔法のせいですかね」

「まるで長い夢、か。リデアもそう言っておった。そう言えば落ち着いたらシエントの葬儀を執り行なった後、魔女育成機関の姉妹たちを集めて面倒を見るそうだ」

 ヴァイケルは目を細め微笑んだ。

「呪縛から開放、いや彼女にとっては生きる目的でしたが、大切なものを見つけたようで何よりです。ということはアークト領はシーラ王権の直轄領に?」

「リデアはそう願っておる。領民にも信望厚いしな。ベリアッド様の娘だからではない事は街の様子で分かった。そこの双子と共に流民や難民問題をこなしていたらしい。己の手で積み上げた徳というのは得難いものだ。知っておるか? ()の御子、と呼ばれていることを。既にベリアッド様の娘とは呼ばれておらん」

「ええ。彼女は嫌がっていますが」

「謙虚なことだ」

 ヴァイケルは問うべきか躊躇している言葉を出せずにいたが、察したズールが鼻で笑う。

「儂はファラスとはやらん。あやつに手を貸すこともせん。国外の輩の牽制で動くぞ。それがお前らと与する条件だ」

「はっきり言って頂けて有り難い事です」

「どうだかな」

 強大な力を持つ魔法使いたちを見て、ため息をつく。

「一人一人が国すら相手に出来る者共だ。どこへ向かう?」

「公、これだけは言っておきます。たった一つの馬鹿げた言葉の為だけに彼らは歩いていくんです」

「優しい世界、か。実現不可能な世界だろう」

 ふっ、と笑みをこぼすとヴァイケルを見た。

「と、言いたいが、魔法は実在し、精霊やらも生きておると言う。もう不可能だとは言い切れん」

 ヴァイケルは頷いて星を見た。

「そう、ですね。分かっているのは、まだ彼らだけでは不可能ってことですよ。力だけで平穏が訪れるならとっくに先王が為されていた。こう思うんです。先王が歩かれた道を踏まないように我々が伝えていくべきかなと」

 ズールはパイプを取り出すと火種を探した。それに気がついたアイリスが呪文を囁いて火をつけた。ズールはパイプを掲げて礼の代わりとした。

「はっ、便利なもんだ」

「お嫌ですか?」

「昨今の移動手段と言えば馬だった。最近では蒸気を使った動力が作られ車輪で走るそうな。魔法と技術、なんの違いがあろうか」

「そういう考え方もあるとは驚きました。はは、私なんかより公の方が柔軟に対応されていますよ。恐れ入ります」

 煙を肺に入れゆっくりと出す。

「俺やお前は剣に己の大義を見い出し、騎士たらんとした。今や引金を軽く引くだけで命を奪える。戦い方が様変わりした。ついていくのが精一杯だわい」

「シャイネリアの父、フィールスが言うには昔の人間も魔法を武器とし大きな戦いを繰り返し、やはり大きな力に振り回されたようで。精霊が消えたのもそのせいだとか」

「変な話だな。何故、我々の世界にその話が残っておらんのだ」

「書は焼き払われ史実は語り部に残された。やがてそれは寓話や神話、そして神書へとなったそうです。その時の戦いはこの星の人間が一万人まで減ったそうですよ」

「愚かな話だな」

「信じなさるので?」

「文明が滅びかけたんだ。生きるか死ぬかの瀬戸際に歴史を鑑みる暇なんてなかったんだろ。パンを焼くのに本すら燃やすさ」

「公は学者になるべきでしたな」

「戦は学問だぞ?」

「確かに」

 ヴァイケルは苦笑いで返事を返した。

「そうだな。今は愚かさを伝える口も手もある。だが聞く耳はどうかな」

「そこが一番の問題です。ああ、見えました。女王の帰還です」 

 ヴァイケルの視線の先には暗闇しか見えない。魔法とやらだと分かるのだろうかと、少し羨ましくも思った。夜戦もこれからは当たり前の時代になるのやもと、思案したところで首を横に振った。

「どうにもいかん。儂は本当に戦馬鹿だな」

「今はそれが有り難い」

「どれ、お前の娘を見てやろう」

「誰からその話を?」

「お前が照れるとか! 神すら腰を抜かすわい!」

 よしてくださいと笑い、ヴァイケルは老将と歩き出す。

 二人は門の脇に備えられている松明の灯りが届くぎりぎりの範囲内で待つ。双子や他の者も並んで立っていた。

 暗がりに人影が揺らぎやがてシーラとフロラルが一人の男を引きずって歩いてきた。

「おや、感動のご対面が予想外のお坊ちゃんの登場で台無しに」

 リンケットは苦笑すると二人に駆け寄った。シーラは男の手首を離すとグラディアスへと駆け寄った。

「おかえりシーラ」

「ただいま、です!」

 二人は向かい合い手を取り合っていると、リンケットが誰と言うわけでもなく、

「ちょっと手を貸して欲しいけど魔法でどうにかなりませんかね?」

「それ、死んでんの?」

 リーチェが顔を覗くと「げ」と言葉が漏れる。何事かとユニも覗き「げ」と同じ反応をし、何事かとシャイネリアも覗いたが見知らぬ顔に「誰?」と問う。ズールが横に立ち「忘れておった」と己の額を叩く。

 フロラルがうんざりといった感じで男をみる。

「こちらに帰った時、姫様と私、精霊界から帰還の影響とかでマナとか全部消失したんですが、この男が足が折れて歩けないから連れていけ、と命令口調で。私は置いていこうとしたんですが姫様が可哀そうだから連れていきましょうとお慈悲を賜れて。にもかかわらず、姫様にご無礼どころか、肌に触れんばかりに言い寄ったものでしたから、つい」

「フロラルちゃんの本気パンチが」

「エーテルがなくて残念です。消し炭にしてくれたのに」

「で、引きずって来たんで時間がかかったのか」

 ヴァイケルがシーラの傍に立ち頭に手を置いた。

「ただいま戻りました!」

「よく戻った。無事だとは聞いてたが、なかなか落ち着かなくてな。こうして出迎えた。大所帯になってすまんな」

「いえ! みんなの姿が見えた時、帰って来た実感が湧きました。もし、お城、無くなってたら、とか、思っていたので」

 ヴァイケルは微笑んで頷くと、男に注意を促す。

「よくよく騎士を引きずるのが好きなようだな。一年前を思い出す。まあ俺に記憶はないが」

「誰なんですか? フロラルちゃん怒ってて、覚える価値のない男です、としか」

「こいつはネフィルだよ。百年城に怖くて近寄れず、バシュタットに襲われて恐怖にかまけて逃げ出したリンダス家の長男だ。あの中をどうやって生き延びたんだ?」

「私が聞いたのは、大砲を運ぶ荷台の下に隠れてたんだけど、車輪が壊れて下敷きになったとか」

「折角、姫様が心配して手を貸してくださったのに、妾になれとか不敬罪にも甚だしい態度でしたので少しお眠り頂きました」

「こいつが起きんのはどういうことだ?」

 ズールは足先でネフィルの足を小突く。

「私が彼のエーテルを奪、お借りして運んだのです。姫様にも流れるよう調整しました。でないと流石に素の力で運ぶには無理がありましたので」

「奪って」

「奪って」

「奪って」

 フロラルを他の三姉妹がにやにやと見る。

「まあ、結構時間かかったので干からびるのが先か、着くの先か、悩みどころではありましたが」

「悩んでないね」と姉妹につっこまれ、我慢していたフロラルが三姉妹をまとめて抱きしめた。

「ただいま、生意気な子たち!」

「お帰り、フロラル」

 四姉妹は輪になって抱き合うと真ん中にリリが立っていた。

「この可愛い子は?」

「妹だよ!」

 リーチェが見せる優しい笑顔にフロラルは二度頷いてから「そっか」と言ってしゃがんだ。

「お名前は?」

「リリ」と恥ずかしそうに目を逸らす。

「親が違っても。私たちはここと、ここで繋がる」

 フロラルは自分とリリの胸を人差し指で突く。

「あなたの帰る場所も、ここだよ」

 リリはフロラルの笑顔につられて笑った。

「お姉ちゃんがいっぱいできたの? リリに?」

「私も妹が出来て嬉しい」

 そう言ってリリを抱き上げると、五姉妹が街へと歩き出す。

「シーラ! ボクらは、もう寝るよ。明日また」

「え。お話したかった」

「シーラ、ボクらには時間がある。いつでも話せるよ。そう、ボクはもう会話を拒まない」

「そっか。そうだね。うん、全部、明日に」

 ヴァイケルもシーラの肩に手を乗せて「先に帰ってる。あまり遅くなるなよ」と言ってズールと連れ立って歩き出した。その後をシャイネリアが慌てて追っかけていく。

「もう! 打ち合わせあるでしょ!おっさん三人揃ってお酒飲むつもりとか許されないから!」

「お嬢さん、いける口か?」

 ズールがコップを仰ぐふりをする。

「公、やめておいた方がいい。この娘はウズワルドの蛇より飲むんだ」

「お前の嫁は将来が楽しみだな」

「は? 違います!」

 二人が慌てて否定するがズールは鼻で笑う。

「この世に魔法があったんだぞ? 騎士と魔女の恋話があっても、おかしくないわい」

「公、シャイネリアが困って真っ赤に」

「若い事だな。ま、今晩の酒の肴は決まった。まだリデアも起きていればよいがな」

「あなたの体力はどこから。まさかあなたもエーテル使いじゃないですよね」

 二人の後をシャイネリアは、ぶつぶつと愚痴を漏らしながら付いて行ったが、振り返りシーラに小さく手を振った。慌ててシーラも振り返すが、小首を傾げる。


 残されたリンケットはネフィルの両腕を引っ張りながら叫ぶ。

「師匠! ネフィル殿は?」

「決まってるだろ」

「あー……デスヨネ」

 リンケットはネフィルを背負うと「お先に」と言ってグラディアスとシーラを残してヴァイケルを追った。


「あれ、気を使われた?」

「みんなに?」

 残された二人は顔を見合わせると笑いあう。グラディアスは道を離れ、風に揺れる草原にシーラを誘った。腰掛けるのに具合がいい岩に二人が並んで座る。暫く会話もなく、シーラはグラディアスの肩に頭を預け微睡んでいたが、やがて肩から滑るように落ち、膝の上で寝息を立て始めた。

「頑張ったね。僕のお姫様……今は皆の女王様、かな」

 グラディアスはシーラに覆いかぶさり額に口づけをする。

 傍では丸くなったロータスの真ん中でヒナが暖かい毛皮をベッドにして寝ていた。


「どこへ向かう?」


 先程、耳にした騎士二人の会話が耳に残っていた。

「とんでもない、僕は、僕らは何処にも行かないよ」

 そう言って脱いだ上着をシーラに被せると小さく身じろぐ彼女を見て微笑む。


「僕らは君の傍に立つ、金の双樹になるんだ」


 グラディアスの柔らかい金の髪が風に弄ばれる。



 


 

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