第五十五話「パン一枚なら幸せな方ですよ?」
カナンとヴァイケルは苦笑し、リンケットは開いた口が塞がらなかった。
比翼連理は大きく翼を広げると地面に降り立った。双子が比翼連理の高い背中から広場に飛び降りる。
「ああ、これは夢だな」とリンケットは力なく笑う。
「あ! あの夜に見た怪鳥だ!」とアズラックが指をさす。
「だれが怪鳥だ!」
「怪鳥って呼ぶのは誰ぞ!」
「まあまあ、翼ちゃん、連ちゃん、あとで乗せてあげて」
「お主がそう言うなら、乗せてやっても構わん」
「あなた、ほんとにシャイニーに甘いわ」
「ヴァイ、無事で良かった」
シャイネリアは真正面から言えず、横目でチラチラと見ながら話しかける。
「介抱してくれたのがリンケットなのがなあ」
「え、酷くないですか。というか師匠、勝手に治癒してましたよね。ほっとけばよかった」
「シャイニーの指導の賜物だ。随分助かった。礼を言おう」
「わたしは! 何もしてないし……。ただ、そう、シーラの為よ!」
「なんだ、俺のことを心配してくれてたんじゃなかったのか」
「あなたは心配するだけ無駄だわ。必ず帰ってくるし」
「ふむ。やっぱりお前は騎士の嫁向きだな」
シャイネリアは赤面すると「なんでそうなるのよ!」とヴァイケルに詰め寄る。兄は苦笑しながら妹の肩に手を乗せた。
「シャイニー、シャイニー、ヴァイさんはシャイニーを嫁にとは言ってないよ」
シャイネリアは開いた口を閉ざして顔を背け「あたりまえじゃない、わかってるし!」と口を尖らせた。
「シャイネリア」
ヴァイケルは愛称じゃなく名を呼んだ。
「なによ」
「先に片付ける事が山積みだ。手伝ってくれるか」
「どうしてもと言うなら、やらなくはないけど」
「どうしてもだ、お前に頼みたい」
「なら仕方がないわ。あなたは何でも力で解決するからね」
ヴァイケルは苦笑すると、ふと「ところでシーラはどうした?」と双子に問いかけた。
双子は項垂れ、目を逸らす。
「おい、まさか。置き去りか!」
双子の肩が震える。
「アイリス! 狭間とやらに連れてってくれ!」
「アイリスはマナ切れで意識飛んでるんだ。無茶言うな」
カナンはユニとアイリスの側でゆっくりと治癒魔法をかけていた。今は静かな寝息を立て時折アイリスはシーラが聞くと赤面するような寝言を言っていた。
「誰か開けないのか!」
「落ち着けヴァイケル、シーラは無事だ。精霊界で大勢の精霊から治癒を受けている。ダメージが酷すぎてヒナにまで及んでいたらしい。だがむしろアイリスより回復は早いはずだ。その事は双子も知っているはずだが?」
双子はそろりとその場から抜け出そうとしていたが、一息の呼吸の間にヴァイケルは目の前に立っていた。
「あー、ヴァイさん?」
「ちょっとした、仕返しというか?」
「おまえら!」
二人を同時に小脇に抱えると、カナンに「後は頼む」と言って場を離れて城へと向かった。
「ありゃ。師匠は何処に?」
「野暮なことは言うな。双子を待っている二人がいるだろう? ほっとけば戦後処理までやりかねんからな、あの双子は」
「ははん、そういうことですか。あれ? じゃあそれを誰が?」
「私も無理だ。気を抜けばおそらく二、三日は動けん。叔父上とお前に任せる」
「そんな」
「嫁に手伝ってもらえ」
「僕は独身ですよ! あ。まさか」
ユニを見ると赤くなって指先でアイリスの脇腹をねじねじとしていた。アイリスは身をよじり変な笑いを漏らしている。
「いや、ちょっと待ってください。この際、はっきり言っておきますけどね」
ユニはその勢いに不安になった。聞きたくない言葉が頭をよぎり目に涙を浮かべる。リリが目の前に立ち塞がる。
「ユニお姉ちゃん泣かした!」
「いや、ちょっと」
周りがざわつき「奥さん泣かしたんだって」と噂に羽が生えて飛び回っていく。
「ああ、もう! ユニ?」
ユニはリリの背に隠れ、不安気にリンケットを見る。
「君はまだ十三だ。成人まであと二年。僕は騎士の誓いをたて不義を許されてない。わかるね?」
ユニは首を振るとジト目でリンケットを睨む。
「いや、うちの領内は何歳でも構わんぞ。というか決めておらん。過去、十三歳で嫁入りした皇妃はうちの出だしな?」
「シエント伯!」
「何だお前、もう二十歳だろう。遊び足らんのか」
「もうそんなんじゃ。ただ僕は、将来この国の宝になるこの子の可能性を潰したくないんです。僕はしがない木っ端役人で終わる役なんですよ。今日もユニは多くの人を救った。この先も陛下の元で活躍する凄い子です。こんな僕じゃ釣り合わない」
「言いたい事はわかる。どうもお前は打算が過ぎるな。性格だろうが全てが損得で動くわけではあるまい。私はシーラと出会って一年かかってやっと学んだことだ。そしてユニもそう思っとらん。十三でも気持ちは大人の女性として等しく扱え」
承認欲求が高い人間も厄介だが、自己否定も高じるとなかなかに面倒くさい奴だと頭が痛くなった。ここまでくるとユニに同情を禁じえない。
「困ったなあ」
ユニは泣き出しリリに頭を撫でられながら「迷惑ですか?」と泣きじゃくり何とか言葉を紡ぐ。
「そういうことじゃないんだよ」
「私は! いえ、ごめんなさい。私はフラレたんですよね。迷惑かけたくないので、もういいんです」
そう言うと涙も拭かず立ち上がってリリの手を引き、その場から立ち去ろうとした。
「ユニ、君はなにか誤解している。拒否しているわけじゃないんだよ。今の話をしているんだ」
「今?」
「僕には両親がいない。後ろだてもない。味方を裏切った僕は明日にでも逃げ出して傭兵にでもなっているかもしれない。そんな僕には未来がないんだ。でも君にはある。男の僕が君の足を引っ張るのは、あーもう、つまりね。君と釣り合うくらい出世したら、その時、また一緒に考えよう。その時まで君が待てるならね」
「待ちます! 側でずっと待っています!」
「何で僕なんかを」
「あなたは見ず知らずの私を、敵だった私を命を懸けて救ってくれたからです! 周りにそんな大人いなかった。ただの道具としか見ていなくて壊れても直せばいい、としか扱ってくれなかった。でも、あなたが私を初めて女の子として見てくれたの! それが嬉しかったんです! だから私の命は拾ってもらったあなたにしか使いません!」
観衆となった人々から歓声が沸き起こり、リンケットは肩を落として項垂れた。
「知らないからね? 毎日、パン一枚の生活かもしれないんだよ?」
「パン一枚なら幸せな方ですよ?」
カナンは俯いて苦笑した。お前を待ってるのは要職しか考えられんのだが、約束で己の道を決めてしまったな、と二人を穏やかな目で見つめた。
「気長に待っててくれるかな、ユニ」
ユニは返事ができずにリリに抱きついて声を出さぬように堪えていたが、いつものように跳びついてハグをねだろうとした矢先にリンケットの体が沈んだ。
「なんだ? この違、和」
突然、見えない何かに地面に押し付けられたリンケットは何事が起きたのか、みじろぎしながら辺りを見回す。視界の上の方から足先が見え、音も立てず重力を感じさせない着地をした。
「ユニを泣かしたな」
永遠と思えるような一日だった。帰ってこない可能性を考えないように、どれだけ楽しい思い出を思い浮かべ不安から逃げ出していた事か。報われなかった希望が堕とす絶望の谷の縁に足をかけ、どれだけ祈った事か。
神様、どうか連れて行かないで、と。
「リーチェ姉様! おかえりなさい!」
「ただいま、ユニ」
飛び出したユニは姉の胸で号泣し頭を優しく撫でられる。
「もっと撫でてください!」
「ユニはまだまだ子供だなあ」
「子供じゃないです! でもユニはずっとリーチェ姉様の妹なんです! 撫でるのは姉の義務ですから!」
「そっかあ。で、ユニの服をずっと掴んでいるこの子は?」
ユニは姉から離れリリをリーチェの目線迄抱き上げる。
「あの、あたし、リリ・リリ・グロスロッドです。お姉さま?」
リーチェが「リリを継ぐもの」と呟くと、さしものカナンも表情を変える。だがユニの幸せそうな顔を見て二人は取敢えず先の事として置いておくことにした。
「君は新しい妹か! ボクはリーチェだ。お姉ちゃんだぞ? よろしくな!」
挨拶をしかけたリリをリーチェは抱き上げた。
「お姉ちゃんは暫く忙しいからユニのいう事聞くんだよ。また、会えると思うから」
いつになく歯切れの悪いリーチェに、ユニは不安を抱いた。妹に対してはいつも正直な姉が曖昧な言葉を使うなんて、と落ち着かなくなる。
「うん、あの、待ってるね、お姉ちゃん」
「いい子だ」
そう言ってリリを降ろすとカナンの元へと歩き出す。そして頭を下げた。
「ごめんなさい! 街をこんなに壊してしまった。ボクの愚かさが皆に迷惑をかけてしまった。どんな罰でも受けるよ。命だって要らない。ただ、アイリス、フロラル、ユニは、ただ言われるまま仕方がなく従っていただけなんだ。だから妹たちは許して欲しい!できれば、ここに居させて欲しい!」
「謝る相手は私じゃない」とカナンは周りを見るように促した。




