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金の双樹  作者: 宮﨑 夕弦
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第五十ニ話「あなたのここを、知ってるよ」


 グラディアスの足が捉えられる瞬間、ロータスが飛び出し上腕を咥え精霊の領域から逃げ出した。その勢いで体が振られ、腕の出血が地面に血痕を残していく。ある程度離れた場所で顎を緩め地面に下ろした。


「ごめん、グラッド」

「いいさ、腕の一本で済んだのなら」

 袖は切り裂かれ覗く肌には牙が裂いた傷跡からどぷりと出血をしていた。シーラの回復魔法の射程は一メートル。近づけば巻き込む恐れからその場で処置を行う。状況を察したシーラがグラディアスの周りに次元断層シェルを展開した。

「ロータス、熱線で傷を焼いてくれ」

「了解」

 ロータスが口を開くと喉の奥から熱線が照射され、油と肉が焼ける匂いが漂う。グラディアスは痛みを堪え苦痛に顔を歪ませた。シーラはすぐにでも駆けつけたかったが下唇を噛みしめ堪える。

「シーラ、君なら辿り着ける。ダーリンの所に行ってあげな」

「それは違う。あの人の事を思うなら私は、ここにいないと駄目」と涙目にリーチェに笑いかける。

「借りは、返すよ。必ず」

 精霊は反重力跳躍と擬態を織り交ぜシャイネリアを翻弄する。今のシャイネリアにとってはレビテーション移動も負荷とはならず精度もスピードも以前より遥かに増してはいたが、避けるのが精一杯だった。

「んのやろ!」

 砂状態からゴーレム状態に変わる瞬間に雷撃が打ち下ろされた。すると暫く復活出来ずに地面が波打つ状態が続く。

「あの状態は無敵シールドないのね、把握! んじゃあ叩き込む!」


「そのあぎとが鳴るとき雷鳴が届き、その角が振られるとき闇夜すら地平線へと駆け込んでいった。二つ名は(いかずち)公。雲を従え、雨を纏い、雷鳴を呼び覚ます者よ。来たれ、来たれ、葵花宝典を携えて、疾風迅雷、東方不敗よ!」


 耳を劈く雷鳴と共に雷が砂塵に突き刺さり、砂の瀑布が巻き上がる。その中に偉丈夫が立ち尽くしていた。降りかかる砂が火花を散らして弾けていく。

 その精霊の褐色の肌はひび割れ、時折、電流のスパークが起こる。頭には牡鹿のような角が生え、絶えず雷光を発していた。


「紹万雷、やっちゃって!」

 シャイネリアの言葉で右腕を高く上げ、振り下ろす。と同時に拳を打ち込んだ場所に落雷が落ちた。高熱で砂が溶けガラス状になっていく。その暴力は何度も地面に叩きつけられて削られた地形が焼け焦げた地面へと変化していった。


「お嬢、こいつはやばいな。手に負えんかもしれん」

 紹万雷は冷や汗を流し、後方に跳躍すると空中に体を留めた。

「相性は最悪だしね。でも時間稼ぎにはなる。最大火力ぶっぱで、すぐ引いて」


「了!」

 紹万雷の手は雷のルーンの印を作り、肩から腕にかけて電流が迸る。

 「春雷轟き、鷺、驚きて羽ばたくかな。我、雨垂れに心掛かりて古家に足早にかへる!」


 紹万雷が詠唱を終えると同時に拳を打ち合わせた。

 辺りに雲が渦巻き積乱雲となり、雷鳴がとどろき始める。


 グラディアスはシーラの次元断層(シェル)の陰に身を潜め、それを見たシーラとリーチェも倣って地面に伏せた。

 雷光と激しく地面を穿つ雷が止め処なく、辺りを席巻した。雷で地表は捲れ舞い上がって砂塵を撒き散らし、火花が帯電した雨を伝って地表を走った。

 精霊の呻き声が響き渡り、リーチェは目を逸らした。

 ごめん、ディノ、と囁いて拳を握る。その手をシーラが上から手を被せた。

 紹万雷は身を翻すと姿を消す。


「ごめんね、リーチェ!」とシャイネリアの謝罪に首を振ったリーチェは「大丈夫、これくらいディノは平気なはず」と力なく笑うが不安は隠せなかった。

「その痛み、ボクが必ず癒やす! だから声を聴いて!」

「リーチェ、泣いてるの?」

「ディノ?」

 少年の声に辺りを見回し、リーチェはよろめいて立ち上がった。

「泣いていないよ、だから」

「リーチェを泣かすな!」

 その怒号は四人の鼓膜を痛みつけた。


 砂のゴーレムを上回る巨体が砂中から立ち上がり、数倍に膨れ上がった体を震わせて砂を落とす。現れた体は虹彩に縁取られ、精霊の体は宇宙空間そのものだった。


 それを見たリーチェは「まだ先があったんだ」と、己の未熟さに哀れみを込めて呟く。


 グラディアスの頭上から聞いた事のない軋む音が鳴り響いた。躊躇いもなくロータスの首に掴まり「跳べ!」と叫ぶ。音は徐々に大きくなり、空間に割れ目が生じた。その割れ目に酸素と砂塵が吸い込まれていく。


「断層を利用して空間を割ったのか!」

 最早、シーラの次元断層(シェル)も不用意には使えなくなる。

「シーラ、全解除だ。物理的な攻撃のみに使うしかない」

「わかった、です」


 突如、砂の柱が吹き上がり、すぐさま形を崩し砂へと戻る。それは徐々に間隔が早くなり足場を選ぶ暇もなく絶えずグラディアス達を襲った。

「知らない攻撃だ!」とリーチェはシーラの手を取り走り出す。


「リーチェ、リーチェ」と少年の声が木霊する。

「あーなんだか頭にきた! お仕置きだ!」

 そう言って立ち止まった目の前にディノゲノスが着地する。


「リーチェ、どこ?」

 リーチェの呪文が発動し地面から岩が飛び出した。岩は増殖し精霊の足を捉え腰まで覆い尽くす。音を立てて体内に吸い込まれるがそれを上回る速度で岩石を増殖させた。

「リーチェ、どこ?」

「君の目の前だ。ボクの声が聞こえない?」と下唇を噛んで精霊を見る。


 ボクが声を聞かなかったから。

 ボクが話しかけなかったから。

「ボクが分からないんだ」

 リーチェの頬に涙が伝わる。


 精霊の手がリーチェに伸びる。はらりと落ちた髪が触れると粉々に粉砕され手のひらに吸い込まれて行った。

「ごめんよ、ディノ。ボクが死ねば契約解除だ」

 目をつぶってその瞬間を待った。

 精霊の手から聞こえる深淵からの呼び声のような音が近づいてくる。頬に触れる瞬間、体に衝撃が走った。目を開けるとロータスの金色の体が視界に入る。


「シャイニー、飛ばせ!」

「了解!」

 シャイネリアの呪文はグラディアスとリーチェの体を吹き飛ばし、宙を舞うリーチェをシーラが受け止めようとしたが、勢いで二人は地面を転がった。リーチェはすかさず起き上がりシーラの元に駆けつけた。

 飛ばされた経路の途中にあった空間の割れ目が、触れたシーラの肩を抉り、砂地に血を吸い込ませていた。

「シーラ!」

 肩を両手で抑え止血する。指の間から湧き出るように血が吹き出した。

「早く回復呪文を!」

 シーラは仰向けになりリーチェの頬を撫でた。リーチェの頬は血に塗れ、涙と一緒にシーラへと落ちていく。

「リーチェ」

「話は後で聞くから! 早く回復を!」

 背後では双子が精霊の気を引こうと呪文を繰り広げている。

「リーチェ、彼はあなたの顔は分からなくても、あなたの声を知らなくても」

 シーラは血が垂れる指でリーチェの胸を叩いた。

「あなたのここを、知ってる、よ」

 二人に影が覆いかぶさる。

 リーチェはシーラの瞳に映る精霊の姿を見た。

 精霊の両目の端は頬までひび割れ、まるで泣いているように見えた。

 双子は叫び、バランスを崩している体勢を必死に整えようとしたが、砂に足を取られ転倒した。

 精霊が二人の足元に砂を巻き上げ着地する。空に向かって吠え、両手を組み合わせると、重力で加速させて二人に叩きつける。

 衝撃で砂塵が立ち上がり視界を奪いながら舞い落ちた。

 双子は悲痛な表情で立ち上がり、顔を見合わせるとシャイネリアは呪文の詠唱を始めたがグラディアスがそれを止めた。


「私の姫様と妹に、触れないで頂けますか?」

 精霊の拳を止めたフロラルは短く息を吐いた。エーテルの輝きを纏った精霊剣ミーテ・ファミリアが精霊の腕を切り落とし、魔法を失った腕は砂に還っていく。

「次元断層斬りシェルカッター、如何でしょうか?」

 フロラルは剣を振ると金属音を鳴らし鞘に納めた。


 

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