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金の双樹  作者: 宮﨑 夕弦
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第五十話「デウス・エクス・マーキナー」


 アイリスは地面に膝をつき、自分を鼓舞するかのように「アイリス、急ぐのよ、私ならできる、うん、できる」と両手を忙しなく動かす。腕にマナを集中すると掌の上に光点が現れる。光の輝きが増すと文字や図形に変わり、それらを手のひらを返して地面へとぱらぱらと零していく。その魔法陣のパーツはひらひらと定まった場所へとかちり、かちりとはまっていった。

 アイリスの顎の先から汗が落ちていく。マナの純度を高めるため瞑想していたグラディウスは薄く開いた眼でその様子を伺っていた。「素直に驚きだよ」そう呟くと目を閉じ深く深層域まで精神を落としていく。


 イメージは光。腰まで浸かっているオドから掬い上げ、手のひらに煌めくマナを身体の中へと沁み込ませる。

 

 カナンさんはこの世界を見ていたのか


 以前ではせいぜい這いつくばって底の浅い小川から少しづつ掬い上げるイメージだった。今では月明かりの中、冷たい湖に似たありあまる膨大なオドの力に浸り体を委ね、マナを錬成して収める器、神格の蓄積魔力(キャパシタ)にいくら注ぎ込んでも満たすことはなかった。



 月明かりは自身が契約するロータスのイメージ。その話を数か月前にシーラにすると「太陽かと思ってた」と少し驚いていた。

「星空に浮かぶ月こそが、なにより見ていて安心できるから」

「そっか、太陽だと眩しすぎ、だよね。まるでグラッドみたい」そう言って頬を染めるシーラが愛おしかった。それはこっちの台詞だ、と顔を逸らし照れ隠しにオドの説明をする。

「オドの力は宇宙の根源たるエネルギー。どこにでも存在し、何にでも繋がる。空、風、火、水、地。空には光、地に森。火に熱が。風に魂。水に月。エーテルには病魔が。反するものですら繋がりお互いを引き合って回る。その連鎖で物質世界(マテリアル)が存在できる。ここが重要なんだ、僕らの世界は結局、少しづつ精霊からもらって形作られている。精霊が死ねば」

「私たちも終わる、の?」

 グラディアスは頷く。

「だからこの世界を変えたい。また精霊と歩む世界に」

「さすがはグラディアス様、スケール、大きい」

「僕一人じゃ無理さ」

 そう言って手を差し伸べた。シーラはその手を取って微笑んだ。

「みんなもいるから。そういえば、ひよこれんこんさんも、言ってた」

「なんと?」

「あるいは、おまえの子が、って」と、そう言って次第に顔を赤らめた。

「ち、ちがくて、予言とかじゃなくて、予感だって!」と手で顔をパタパタと仰ぎ「ふぅ」と息を継いだ。

「きっと、ね。繋がる、ってそういう事も、あるんだなって」

「ああ、そうか。僕の時代じゃなくてもいいんだ。うん、そうだね。じゃあ子供たちの為に詠唱の練習続けよう」

「うん!」

 子供達。その言葉にシーラは恥ずかしくもあるが、幸せを感じた。

 なにより、そんな未来が皆に訪れる事が一番嬉しい。

 もし、自分にも手伝るのなら。

 もし、みんなとなら可能だったら。シーラ、あなたはどうするの?

 そう、自分に問いかけた。


 グラディアスは目を開ける。三人の姉妹が作り上げた儀式魔法陣はほぼ完成していた。

 アイリスのサポートに入ってたフロラルもユニも息も絶え絶えで疲労困憊だが、それでもアイリスにエーテルと、マナを注ぎ込んでいた。

「たった十分で、ここまで?」

 シャイネリアも驚きを隠せず「むう」と唸る。

 リーチェは涙目で姉を見ていた。

「ねぇね、はね。いつもボクに追いつきたいと言ってたんだ。ねぇねは凄いんだよ、って言っても首を振って、まだなの、って言っていつも魔導書読んでたよ。ボク言えなかったんだ。スピリッツ・リンカーの事。だって言ったら、ねぇねまで汚れた仕事をさせられるから。でも、逆に苦しめてたんだ」

 グラディアスは「それは違う」と言ってリーチェを覗き込んだ。

「リンカーは精霊と共に育つ能力なんだ。君も分かってたんだろう? 精霊が育ってない状態でやると精霊が死ぬってことを。君はディノゲノスだったから大丈夫だった。でもその時のアイリスの精霊がどうだったかなんて他人に分かるわけがない。……ロータスがアイリスの精霊と会話した」

 リーチェは顔を上げてグラディアスの両腕を掴む。

「なんて言ってた!?」

「アイリスは精霊を使うのを怖がってたってね。こんな感覚ないかい? もうちょっと上がある、みたいな」

「あー、頭の上に暗くてよく見えないけど天井かなと感じる奴かな、ぼくには」

「そんな感じ。アイリスはもうちょっと、じゃなくて上が全然見えなくて怖かったらしい」

「すご!」

「その感覚を教える人間がいなかった。見えないのは自分が未熟だからだと思い込んでいたんだ」

「ちょっとまって、アイリスの精霊って?」

 グラディアスは、苦笑いをした。

「実は精霊じゃないんだ。アポ・メーカネース・テオス」

「ん? 聞いたことないゾ?」

「機械仕掛けの西方の神、こっちでの名はデウス・エクス・マーキナー」

 しばらく口を開け、意識が戻ると「神様をテオちゃんとか呼ぶな!」と叫ぶ。

「しかし何故だ。最初、フロラルの時はファラスはただの無能だと思っていた。でも流石にこれはない。アイリス、フロラル、そして君とユニ。それだけじゃない、他の姉妹たちも普通じゃない。偶然で集まるわけがないんだ」

「あ、それに関してはいつか話す。思い当たる事があるんだ。ヨグも絡んでるはず」

「そうだね、完成したようだし」


 アイリスは地面に倒れ込むところをフロラルに支えられた。

「シ、シーラちゃ、ん」と震えながらシーラに手を伸ばし、慌ててシーラが駆け寄った。

「だ、大丈夫!?魔法いる?」

 アイリスはシーラに抱きついて胸に顔を埋め、しばらく動かなくなった。

「アイリスちゃん!しっかり!」

 グラディアスは立ち上がりこめかみに血管を浮き出させていた。

「シーラ、そこをどくんだ。そこの痴女を成敗する」

 リーチェが腹を抱えて爆笑し、フロラルも困った顔で笑っていた。

「え?」

「至福です」とアイリスは幸福の真っただ中にいた。

 シーラはあっけにとられたが、逆にぎゅうと抱きしめた。

「ありがと、アイリスちゃん、こんなに頑張ってくれて」

 我に返ったアイリスは、飛びずさり土下座で平伏した。

「ごめんなさい、ごめんなさい! つい!」


「聞きまして? 旦那様、リーチェの篭絡の話もまんざら誤解じゃなくってよ?」

 シャイネリアの戯言に項垂れグラディアスは手のひらをひらひらと振った。

「アイリス、助かった。これで僕らはマナを温存して向かえる」

 アイリスはすっと立ちあがり、頭を下げて美しいお辞儀をした。

「いえ、人妻になるまえに堪能致したかっただけなので」

「その動きで、その台詞!!」

 リーチェは笑いながら地面を拳で叩き、ユニはジト目で溜息をつく。

「さ、行こうか」

 シャイネリアは陣の中央に立った。グラディアスも疲れ切った様子でうだうだと向かう。

「さあ。行ってくるよ、ねぇね」

「気を付けてね、なんて言わない。あなたの大切なもの、取り戻してきて」

 リーチェは歯を見せて笑う。



 フロラルがふらつきながら立ち上がり四人を見据えた。

「回復次第、私たちも向かいます。総力戦で行きましょう」

「ああ、取り敢えずディノの成長を抑えてくる」とグラディアスはロータスを呼び出す。

「待ってる」と言ってシャイネリアはエーンヴァルーを呼び出した。


 エーンヴァルーは「こっちは久しぶりね」とシャイネリアの肩に座った。金髪を腰まで伸ばし、一糸纏わぬ小さな妖精だが溢れるマナと常に風を纏い、威厳と風格が満ち溢れていた。シャイネリアの髪もゆったりと靡いている。初めて見るシーラは駆けよって「かわいい!かわいい!」とはしゃぎだす。

「あら、ニア? じゃないわね。そうなのね、彼女、彼の元に行ったのね」

 エーンヴァルーはシーラの傍にいるヒナを優しげに見つめた。

 小さなヒナはエーンヴァルーに手を伸ばした。

「覚えてないけど、私はあなたを知っている」

 

「もちろん。あなたは私たち全ての母だもの。お母さん」

「ヒナちゃん、あなたは始まりの精霊ニアの、生まれ変わり」

 シーラはヒナをエーンヴァルーの元に抱き上げる。

 エーンヴァルーはヒナの手を取り、自分の額にそっと触れさせた。

「私に残る、お母さんの記憶をあげる」

 ロータスも近寄りその小さな手に額を付ける。


 瞬間、ヒナは輝き姿を消した。溢れた光が集まり、渦巻く。妖精たちが喜び歌う。

 光が人の形を成し、幼女から少女へと成長したヒナが現れた。

「あー!お兄ちゃん、お姉ちゃん!」

 ヒナは二人に駆け寄り抱きついた。

 グラディアスはゆっくりと膝を下ろし、少女の頬を抱いた。

「ラフィーナの記憶がある?」

「そだよ。生まれ変わりだもの。なんてね。比翼連理が残しておいてくれたの」

「あの時か」

「ラフィーナ!」

「お姉ちゃん、また泣いてる」

「泣くわよ!当り前じゃない!」

 エーンヴァルーがヒナの肩に留まると「あの馬鹿ども」と言ってヒナの頭を撫でる。



 周りの精霊たちを見てリーチェは寂しそうに俯いた。


「精霊の声、か」


 それを見たロータスは近寄って体を摺り寄せる。

「慰めてくれるんだ、ありがとう」

 リーチェは右目の涙を指で掬う。

「ううん、マーキングだよ!」

「主従確認か! 涙返せ!」

 ころころ笑ったロータスはその手に頬を擦り付けた。

「君はディノっちの匂いが強い。好かれていたんだね」

「でも、ボクは声を聴こうとしなかった」

「僕にも彼の声は聞こえないけど、でも寄り添ってなければこんなには匂いは残らない。いいかい? 彼は君の声が好きで、君の事が大好きなんだ。君が姉妹たちの声を聴くのに必死だったのを彼は知っている。君の怒りが彼に伝わり、彼が君を想うあまり我を忘れてしまったんだ」

「ボクの怒りが、ディノに同調している?」

「ああ、君のための怒りさ。愛されてるなぁ」

「なんだ、なんだああああ」

 リーチェはロータスの首に抱きついた。

「ボクに怒ってるんじゃないんだ」

「うん」

「よかったぁ」

「愛が深いからこそ怒りが大きい。止めるのは困難だけど、君しかいない」

 ロータスの顔を覗き込み頷く。

「任せとけ! 美少女のボクに不可能はない!」

 陣の外でユニは項垂れ「また根拠のない」と呟く。

「そこ! こういうものは言ったもの勝ちだ!」

「そう言って、ロータスの件は会う前から木っ端みじんこですが」

「ぐ」

「ま、行ってらっしゃいお姉さま。上手くいくといいですね。ユニたちみたいに! くぷぷぷ」

「おぼえてろ!ってか上手くいってるのか、あれと?」

「はい、たぶん?」と笑顔で小さく手を振った。

「ちくしょうめ、爆発しろ!」とリーチェは笑った。

 リーチェはロータスと陣の中央に立つ。

「うし、吹っ切れた! いこう!」

 


 シャイネリアが両手を開いて腕を伸ばし、口を開く。


        「遍く道は一つとなりて誘わん。

    されど刻の支配者クロンの眼に怯え息を顰めよ。

        鍵は右方より、円は左方より」

 

 シーラはその懐かしい呪文に眼を閉じた。

 

 止まっていた物語の背中を押し、シャイネリアが手を引いて立たせくれた呪文を噛みしめて、


「交われ! 爻われ! 回れ! 廻れ!」と、シャイネリアと同時に叫んだ。



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