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金の双樹  作者: 宮﨑 夕弦
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第四十八話「愛する父ベリアッドの娘、シーラです!」


  シャイネリアは足に力が入らず、その場で崩れ落ちた。「ばか」と囁くとシーラの背中に顔を埋める。

 グラディアスは見てられないと顔を背けようとしたが、困った風のヴァイケルと視線が合った。

 開いた口が塞がらない体でしばし硬直し、泣き崩れている少女たちにどう言葉をかけるか選べずにいたが、シーラに覆いかぶさられて、どうなってんだと目で訴えかけているヴァイケルに苦笑いをする。

「あー。あー。あーっと皆さん、ちょっとここやばいんで動かないかな?」

 妹から「空気読みさないよ!最低!」と謂れのない非難を受け項垂れる。

 ヴァイケルが意を決してシーラの肩に手を乗せた。シーラは誰の手か気付かず、その手を跳ねのけようと肩を揺する。

「いや、なんかすまん。このまま死んでた方がよいか?」

 その声でシーラは跳ねあがった。シャイネリアの額に後頭部がヒットし「ぷぽぅ」と変な声を上げる。

 ヴァイケルの顔を見て、その顔がみるみると崩れ今までの中でも最大の泣き声を上げた。

「くそ、起き上がれない。なんだこれは」

「初めて会った時の事、覚えてる?」

 シャイネリアが額をさすりながらヴァイケルを覗き込む。

「あの魔法か」

「あんな子供だましじゃない。最大の治癒呪文よ。でも原理は一緒。そこで汗描いてるフロラルがエーテルを流し込んで消費分の体力を補充してる。さすがのフロラルも限界に近いから一旦供給を切るわ。すごく眠くなるけど我慢しなくていい。ゆっくり寝てなさい」

「そうか。シーラすまない、手間をかけたな。まったく情けない」

 シーラは鼻水が垂れたまま首を振り、微笑んだ。ヴァイケルはシーラの鼻をつまみ鼻水を手袋で拭った。

「可愛い顔が台無しだ」

「私だけ、じゃないです」

「はは、そうだな。そう言えばさっき俺の事を何て呼んだ?」

「呼んでません」

「いや、さっき」

「呼んで、ません!」

 シーラは真っ赤になり口を尖らせる。

「うがああ!」

「お父さん!」

 苦しそうな顔から薄目でシーラを見るヴァイケルが笑う。シーラはヴァイケルの胸をぽかぽかと殴り始めた。

「やばいわグラッド」

 立ち上がりシャイネリアはグラディアスに耳打ちをした。

「ああ。これは予想外だ」

「あれをお父さんと呼ばないといけないのよ」

「それよりシャイニーをお母さんと呼ばないといけない方が大問題だ」

「そうね。……何の話!」

「さあ? それよりも退避だ。アイリスはどこだ?」

「なんか可愛らしいちっちゃい子に抱きついてほっぺにキスしてたわ、周りはドン引きよ。憲兵呼ばれてなければいいけど」

「ユニって子かな? アイリスの可愛い子好きの元凶はその子か」

「あー・・・ね。納得」

「受肉の干渉波が来る前に百年城に避難、って壁壊れてる!」

「まじか」

 シャイネリアは目を細めて遠くを望むと瓦解し骨組みだけが残っている壁を見て項垂れる。

「どっちにしろ一旦城に向かおう。シーラが肝だ。全力でマナの回復を」

「この兵たちはどうすんのよ。全員死んじゃうわよ」

 グラディアスはその指摘に今更ながらに気付き天を仰いだ。

「中に誘導できればいいが」

「ヴァイすら兵を止められなかったのよ。私たちがいくら言っても無駄ね」

「ん? 動かせる人いるじゃん」

「そんな奴……いるわね」

 双子はにやりとする。

「あー、姉さまと同類の顔する双子がいるわ」

「なによ、ちびっこ」

「ち、ち、ちびっこ言うな!」

「でも可愛いわ」

「可愛い言う……お姉様いい人」

「ユニちゃんね」

 名前を呼ばれて驚きリンケットの後ろに急いで隠れた。

「ユニの情報が漏れています」

「まあまあ、あれ師匠、なに死んでるんですか。その剣もらっちゃおう」

「んー。どなた?」

「ああ、これは失礼、麗しきレディいいいいったああああ! ユニ、なんでつねるんだ!」

「知らないです」と頬を膨らまして顔を背けた。

「まったく。私はリンケット、そこで死んでるのが私の師匠です」

「死んでないぞ」

「そう、死んでない。って、ええ……。存外しぶといですね。ユニがでっかい騎士さんエーテルないけど大丈夫? とか言ってたから急いできたんですけど」

「お前は気づかなかったのか」

「ほら僕はまだ初心者(ルーキー)なので」

「ユニがこれから鍛え上げます。フロラル姉さまとご一緒に」

「お、お手柔らかに」

「じゃあユニはお爺ちゃん連れてきます」

 シャイネリアはユニに問いかける。

「この兵たちは止められる?」

 ユニは首を振りリンケットの袖をついついと引っ張った。

「残念ながらユニの能力は限定的なんだ。しかし仮にアズライア公を操っても、効果時間の制限で付き添いっぱなしになるユニも逃げ遅れるんじゃないかな。でもご本人次第ですが全員助かる方法が一つ」

 そう言って、リンケットの手がシーラを招いた。

「わ、わたしですか」

「初めまして、陛下」

「それは、やめてください」

「ほんと師匠の言ったとおりだった。すいませんシーラさん。本題に入りましょう。貴女が皆に呼びかけるのです。城へと逃げるようにとね。身分を明かす必要はありません。ただ、師匠の剣を腰に差し、話しかけるだけでいい。出来れば御髪を見せて欲しい。僅かなものしか気づいていませんが、貴女ともう一人の天使、えっとシャイネリアさんですね。が空から降りてきたのを見た人間もいます。小さな奇跡が既に噂となって走り回ってますから、勘違いするのは兵士達。別にあなたが王と名乗る必要もありません。どうです? 他にも手がありますが、一番手っ取り早い手段です」

「し、城に逃げて、く、く、だ、さ、、、、い。って、言い言えばいいい、んです、、、ね」

「あっと、どうされました? お加減でも?」

 グラディアスは頭を掻きながらリンケットの傍に立った。

「シーラはあがり症なんだ」

「なんと。あー次の手段は逃げる方向の先の方で砲弾とか銃弾を撃ち込むとか物理的な方法になりますが」

「け、怪我しちゃう、かも」

「大勢亡くなるよりは良いでしょう」

 シーラは俯き、手を握りこんだ。

「や、やります。もう、血は見たく、ありません」

 ヴァイケルの顔を見た。いまはもう安らかな寝顔で寝息を立てている。

「でも、私、声、小さい、から」と声が震え、泣き出しそうになる。

「それは何とかなるよ。魔法でここいら一帯に君の声を届ける、けど、大丈夫かい?」

 目に涙を浮かべ頷くシーラをグラディアスは傍に寄り頭を抱いた。その胸の中で「怖い怖い」とシーラは囁き、シャイネリアが震える背を温めるように抱く。

「ヴィー、拡声の方は頼んだわ」

「了解、アトラ、ヴェネーゼ、ルーン、行くよ」

「な、なんだ何処から声が?」

 リンケットが辺りを見回し、気のせいかと落ち着いたタイミングでヴェネーゼが目の前に急に飛び出して驚かした。悲鳴すら上げずにリンケットは地面に倒れ、ユニが慌てて頭を抱え膝枕をした。

「少し高いところに立って。そう、そこでいい。グラッドはシーラの前に立って。おけ。シーラ、グラッドに話しかけて。ここは危ないから逃げなさいってね。何が危ないか言わなくていい。ただシーラが心配する気持ちをグラッドに伝えて」

「なんか少し、恥ずかしい」

 ユニがシャイネリアの袖を引っ張って「シーラ、かわいい」と言う言葉に「でしょ?」とシャイネリアは片目を瞑って見せた。

「さ、始めて」


「えっっと、グラッド、ここは危ない、から、逃げましょう」

 その声が辺りに響き渡り、シーラはびっくりして首を竦めて泣きそうになった。

「めっちゃ棒読み」とシャイネリアが苦笑いをする。

 グラディアスが寸劇を続けようと口を開きかけたが、シーラの目が何かを見つけ、睨みつけていた。

振り返り、空に浮かぶ人サイズの黒い真球が滲み出るのを見て「始まったのか」と呟く。

逃げまどっていた兵士を足を止め空を指さす。

「なんだあれ、竜巻か?」

「いや、渦巻いてないし。少し脈打ってるように見えるな」


 シーラは大きく息を吸った。


「私は、シーラ・アーネス・ファーングラム二世、です!」

 空を見ていた兵士がシーラに注目した。

「ファーングラム?先王の名だぞ」

 グラディアスは急ぎ呪文を唱え始めた。自身が良く使う蜃気楼(ミラージュ)を使い、空にシーラの姿を大きく映し出す。

「父は、ベリアッド・ファーングラム、です。えと、えと、あの、えと偉大な、先王は、えと」

 シーラはグラディアスに手を握られ、少し緊張した微笑みが柔らかくなる。

「いえ、や、やさしいお父さんでした。会えない私を想い、幸せを願っていてくれました。思えば母はいつもそんな父を思い、私に、その優しさと愛情を、伝えてくれてました。離れていても、二人は素敵な両親でした。きっとみなさんもそう。お家で家族が待っています」


 シーラはディノゲノスの繭を見る。


「でも、あれはそれを壊すものです。その黒い繭はここにいる人たちが見えていない、です。見えていない、から目を覚ます時、暴れる、かもしれない、です。お城に逃げてください。お城に家族がいると思って走ってください。出来るかどうか、えと、えと、自信ないけど、私が止めます。でも間に合わないといけないから、どうか逃げてください。家族の為に。えと、えと」

 シーラは髪留めを外し、赤髪をさらす。

 そして剣を胸の高さで水平に掲げた。


「私は、シーラ・アーネス・ファーグラム二世。愛する二人の父、ベリアッド、そしてグロッドの娘、シーラです!」

 跪く音と垂れる頭が波のように伝わっていく。

 ざわめきが消え静寂が支配するが、空気に熱がこもった。


「えと、みなさん、えと、えと、早く」

 兵の後ろからどよめきが沸いた。間を縫うようにズールが姿を現す。

 老将はハルバートを暫し見つめ、そして投げ捨てた。

「こんな奇異な話があろうか。そうだなヴァイケル、お前が普通に話しても儂は信じなかっただろう。お前が命を賭していなければ戯言だと聞く耳も持たなかっただろう。儂は」

「まあ、師匠、死んでませんけどね」

「なんだリンケット、ここにいたのか。尻の軽い奴め。ヴァイケルは儂が」

「死んでませんって。寝てるだけっす」

「本当か? 血をありえんほど吐いておったぞ。うお、息しとるな。こいつを殺すには何が必要なんだ?」

「僕が思うに師匠はもう騎士としては死んでましたよ。いまやただの父親です」

 リンケットの掌はシーラを指した。

 ズールはシーラを見る。こいつはこの娘を見よと言った。只の娘に見える。赤い髪を除いて先王との共通点はない。だが、周りを見渡せば、兵たちは皆、跪いている。そして取り囲む友人と思われる者たち。雰囲気からただものでないことは分かる。先程は手放すのを躊躇い、今、右腕がハルバートを求めようとしている。

「あれは危険か?」

「はい。とっても、です」

「仕組みは分からんが、ここで話せば皆に伝わるか?」

「いつでも、閣下」

 グラディアスは胸に手を当て会釈をした。

「アズライアだ。ごちゃごちゃ言わん。皆、百年城に行け。だがそこでの狼藉は儂自ら切り捨てる。首に賞金かけてでも逃げたやつは追う。犯すな、奪うな、脅すな。三原則守れん奴は渓谷に首を吊るすから覚悟しろ。では者共、一番最後の奴はオーガと闘技場での勝負だぞ。阿保のように座っておらずに急げ!」



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