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金の双樹  作者: 宮﨑 夕弦
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第四十七話「あなたは、私のお父さん、でした」


「何をしに来た。わざわざ挨拶と言うわけじゃあるまい」

「もちろん。回りくどい話はなしです。引いてください」

「語るなら剣で語れ。お主の剣で引かせてみせよ」

「これが戦いと呼べるのなら。これはファラスの私戦とお気づきでしょう?なんの益もない戦いにお互いの血を流す必要がありましょうか」

「儂に恥をかかせたいのか? この戦場に遊びにでもきているとでも? お主は強いがその力ゆえの傲慢だとは思わぬか、なぁ狼よ。かつてグロッドは家族の前に立ち、死ぬ直前まで牙を剥いた。決して相手の命を軽んじる事もなく命を賭して人間の命を奪った。なのにお主は逃げよ、と言う。グロッドの名が泣こうぞ」

 ヴァイケルは目を伏せて老将の言を聞いた。老いても変わらぬ信念に安堵に似た安らぎを感じる。

 騎士の時代は終わった。

 終わったが騎士が死んだわけじゃない。生き様を変えぬ者もいるだろう。時代に合わせて生き延びる騎士もいるだろう。正邪も是非もなく、ただ信念の有り様だけが時代にしがみつくのだ。

「我らは次代の礎となり、決して心が失われるわけじゃありません。私は見たいのです、彼らがどんな時代を作るのか。だからこそ騎士は眠りにつかねばならないのです」


「それが傲慢だと言っておる!」

 ズールの愛用する長柄武器は一見すると槍に見えるが柄部分に大きな斧が付いており近接にも対応する。だが柄を捻ると大きな金属音が鳴り、槍を両手で振り回すと斧部分が先端部まで火花を散らしながらスライドした。

 ズールは再び柄を捻る。その武器本来の姿はハルバートと呼ばれる武器だった。片刃の刃渡りが三〇センチ、石突までニメートル。超重量武器を脇に抱え、腰で支える。

「さあ、死合おうぞ」


 周りの兵たちは銃をおろし大きな円となって囲む。その中にキラデラも立っていた。その姿を見たヴァイケルは「帰れといったのに」と苦笑した。

 ズールの突きは教練の見本のような突きだった。ただの真っ直ぐではない。回転を加えて柄をしならせる。避けたつもりでもブレた穂先が肌を切り裂く事は珍しくない。加えてズールの槍の使い手でもあり、地面すれすれから伸びてくる間合いは長柄武器の特徴である間合の掴みにくさを大いに活用してくる。

 穂先の引きに合わせて飛び込めば柄を短く持ち、腰を軸にハルバートを回転させる。そのまま勢いで背からも攻撃が繰り出された。重量のある攻撃をヴァイケルはいなすが、体重を支え切れずに少しづつ下がっていく。

「おい、公の槍が当たってるぞ」

 固唾を呑んでいた兵士が違和感に気付き言葉が洩れる。

 キラデラは「はん」と半笑いで兵を睨む。

「これだから素人は。下構えは傾斜の分、間合いが短く感じるんだが、爺さんはそれ加えて握る位置も突く度に指一本分変えてやがる。突きの度に間合いが変わってんだよ。あれはやりにくいぜ」

「爺さんって、ぶ、無礼だな」

「ば、ばか、死にたいのか!」

 慌てふためく騎士が仲間の首根っこを掴み引きずって姿を消す。


 キラデラの興味は既に二人に戻っていた。

 素人すら違和感を感じるんだ。俺から見ると異常にしか見えん。なんで避けない? 隙だらけの脇や首筋に剣を叩き込むだけじゃねぇか。あんたはそんなに遅くないはずだ、この身体に付いた二十六箇所の傷は全部あんたがつけたんだ。

「何やってんだよぉ、大将ぉ」

「お、おい、オーガさん、泣いてんのか」

「ばかやろう! 俺がやれねえ悔し涙だ」

 泣いてんじゃねえかと兵士は小声で漏らすが、周りのどよめきに戦いに目を向ける。ヴァイケルの足元に血溜まりが出来る程の傷を受け、よろめいたところにハルバートの石突が肩に叩き込まれた。

「あんたを殺すのはその老いぼれじゃねえ!俺のはずだあ!」

 間に入ろうとしたキラデラを眼で止める。その殺気に巨体が動かなくなった。



 先程の対ディノゲノスで数回受けた魔法攻撃はヴァイケルの体力を削り取り、凌ぎきってはいたが死を覚悟していた。隙を窺うように回避に徹し、時を待った。そこにリンケットのスタンが入ったのが功を奏し、リーチェの精霊を切り離したがその際にエーテルは枯渇し、残っていた僅かな量も引きずられるように持っていかれた。


 先ずは士気を上げ敵の気概を削いだ。策を弄しアルファを抜けた。その勢いでベータも突き抜けた。ガンマはキラデラの背後に紛れて体力を温存し、シータは限界まで剣を振った。

 中央突破でアズライア公に会い、公を動かす。

 この戦闘の為ではない、シーラの未来のために。

 そう、ここまでくれば俺の策は成ったのだと確信した。

「ヴァイケル、お前死ぬ気か? あの娘たちの戦闘で深傷を負ったのだろう? 儂の槍がこうも当たるわけがない。だがすまないな、譲ってはやれん。儂が倒れると英雄に殺された逆賊になるからだ。息子達と民たちに塗炭の苦しみを舐めさせるわけにはいかん!」

「ああ、それで構わない」

 ハルバートの突きから地面に叩きつけ、反動で跳ね上がった刃先が左わき腹を引っ掛け鎖帷子が裂かれる。勢いがついた穂先は上腕をも切り裂いた。鮮血が迸り、ヴァイケルは膝をついた。

「ヴァイケル、お前は何のために戦っておる」

 ヴァイケルは剣を水平に掲げ笑った。

「この剣の名は、ミーテ・ファミリアと言う。我が国の言葉では穏やかな家族、と言うそうだ。なあ公よ。俺らは陛下とよく肩を並べて馬を走らせたもんだな」

「そうだな。夢のようだった」

「俺は今、小さな夢を抱えてしまった。壊れやすくて小さいんだ。頼みがある、この俺の命が値するかわからんが、それを公に託したい」

「お前はこの国の至宝だぞ。同じ価値のものなぞないわ」

「陛下のお子だ。まるで生き写しなんだ。だがそれは問題じゃない。彼女は」

 ヴァイケルは両手をついて吐血すると体を支えられなくなり地面に体を横たえた。

「この国を変える。未来を変える。人を変えるんだ。是非会って欲しい。その目で見て欲しい。もしそこで何かを感じたのなら、それに従って欲しい」


 南の方から爆音が響き渡った。巨大な火柱が立ち、距離は離れているが草原を焼き尽くす勢いで延焼が始まった。


 ヴァイケルの目の前にシーラがいた。今より少し幼くいつも不安そうな顔をしていた頃の、初めて会った時のシーラだった。辛く当たった時もあった。だが彼女はいつも傍に来ると何も言わず横に座った。気になって横目で見ると嬉しそうに笑う。「退屈だろう」と言うと「ヴァイさんはなんだかお父さんです。厳しいけど、いつも私の事、見てくれてます。ありがとう、です」とはにかむように腕に頭を寄せてきた。

 ヴァイケルは息も絶え絶えに仰向けになった。顔は涙と血で塗れ、こんなみっともない顔、娘には見せられんな、と笑う。耳鳴りがする中でズールの退却の号令が聞こえてくる。その向こうで一人の兵士がバシュタットの襲撃だと、喚き散らしていた。でかしたぞ、リンケット、ユニ。と、その言葉はもう口にすることはできなかった。


 晴天の中、陽を遮る天使が、ヴァイケルに影を落とした。

 天使に手を引かれるのも、また天使だった。


「ヴァイ、ケ……お父さん!しっかり、です!」

「シャイニー、詠唱始めるぞ!」

「馬鹿言わないで!兵士たちがパニックになってる!ここは踏み荒らされるわ!四万人の兵士がやってくる!なんかでっかい人が何とか食い止めてるけど時間の問題よ!」

「私がやる、です!ヒナちゃん、でっかい人の所に次元断層(シェル)お願い!お父さん、私の目を見て!エーテルを少し流すから意識、保って!」

 ヴァイケルはふらつく手でシーラの頬に触ろうとして力が入らずに手が地面に倒れた。口の端から血を流し、喋ろうとしたが血溜まりが気管を塞ぐ。シーラは口で口内の血を吸い取り吐き出した。合わせて頬に手を当てエーテルを流し込む。飛び跳ねるヴァイケルの体をシーラは体重をかけて押さえた。

「おねがい!おねがい!ただいまを言わせて!お父さん!」

「いいぞ、シーラ!エーテルの精霊を搔き集めたよ!」

 息を切らしてフロラルが到着し、すかさずヴァイケルの胸に手を当てシーラに「替わります」と言ってエーテルを流し込む。


 シーラが立ち上がる。

 口元は血に塗れ、シルクのシャツも汗と血で肌に張り付いていた。袖でぐいと血を拭き取る。


 「エーテル全開放。ヒナちゃん、全部よ。ううん、どうなっても構わない。


 セフィロトの樹よ、系譜に連なりし、十なるスフィアを呼べ。


 ケテル、コクマー、ビナー、ケセド、ゲブラー、ティファレト、


 ネツァク、ホド、イェソド、マルクト、ダァト。


 隠されし御名を讃え、ここに奇跡を願わん。


 奇跡の御手よ、ここに願わん。


 無限の癒し手アブソリュート・ヒール、今ここに」


  詠唱を終えたシーラはヴァイケルの傍で跪いて祈る。何度も「お願い、お願い」と繰り返す。ヴァイケルが一瞬目を見開き、気道に詰まった血を吐き出すと、動かなくなった。思わず叫び声をあげたシーラはグラディアスに抱き留められた。苦し気に泣き叫び、その有様を見た兵士が歩みを止め少女に注目した。傍にある騎士の出で立ちを見て帽子を取り、黙祷を捧げる者もいる。

 シーラはヴァイケルの顔を見る。自分は父親の温もりを知らないがヴァイケルの暖かい手は知っていると手を握る。父親の声は知らないがヴァイケルの声は知っていると、頬を寄せた。

「あなたは、私のお父さん、でした」

 そう言って胸に顔をうずめ小さく泣きだした。


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