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金の双樹  作者: 宮﨑 夕弦
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第四十五話「ボク、戻ってくるよ」


「話とは?」

「今回は迷惑をかけました」

「謝る事じゃない、戦だぞ」

「それでも、ごめんなさい。ユニの事も、壁の事も、壁に守られている街の人の事も。ボクは二人の姉を助けたくて暴走し全員皆殺しにするつもりになってた。あの騎士さん二人が止めてくれなかったらと思うと震えが止まらない」

 カナンは、俯き小さく震える少女の肩に手を乗せる。

「ファラスの魔法の力は未知数だが大したことはない。だが、あいつの錬金術、特に薬物、毒物に関しては右に出るものは居ない。君は何かしらの薬物を盛られたな?」

「あー前の晩に滅多にない手に入らない酒だと言われて、つい飲んだものが」

「古い話だが私の兄、シエントの名を持ち、三代目カナン・ハザンの名を受け継いだその兄を奴に毒殺された」

「カナンさん……」

「昔の事だ。力が欲しくて私はあらゆる禁忌の魔法、儀式、武器、生物、とにかく欲した。竜を倒したのもその時期だった。お互い兄妹には弱いな」

 カナンは肩から手をおろし腕を軽く叩いた。

「話とは? 謝罪だけじゃあるまい」

「敵わないな。話そうかどうか悩んでた。ファラスは恐らく魔法を使えない。錬金術は確かに本物だけど」

 カナンは目を見開いた。

「なんだと」

「ボクはスピリッツ・リンカー。マナが見えるなら気づいたはずだけど、フェイクの詠唱に気づかなかった。誰か裏に居る。もしかしてヨグを疑ってなかった?あいつは違う。繋がりはあると思うけどね。こんな話、他の姉妹には話していないんだ。あとユニの事はファラスに、ただのエーテル使いとしか言ってない」

 

 カナンは腕を組み、顎の先端をいじる。

「どういうことだ?」

「魔法を使えない証明、その二かな。バレてない。その三、フロラルの事も全然気付いてない。ボクら皆、ファラスには頭にきている。ただ、人質がいるんだ。フロゼッタ・パルシュ。知ってるかもしれないけどステイシスのマスターだよ。彼女は十九年前からヴォルケイノと共に眠りについているんだ。当時七歳、そして今も七歳のまま。ずっと眠っている。その話を古い姉妹から聞いたんだ。それがきっかけで独自に調べ始めた。でもまだ体が何処にあるのか分からない。ファラス、もしくは裏の奴が知っているはずなんだけどなかなか尻尾を掴めない」

「だからユニの言霊を使えず隠しているのか」

「ご明察。ここぞという時にファラスを操るための最後の切り札。カナンさんはあいつの事をちょっとだけ誤解している。あいつは病的な程の心配性なのさ。ユニの言霊を知ったら利用なんて考えない。自分への危険性を消すためにユニを殺す。もうユニを怖がらせたくない。妹は充分に怖い思いをしてきた」

 伏せた目から涙を静かに落とす。この子は一人で戦ってきたのかと胸に痛みを感じた。

「君は私と同じだな」

「あなたみたいに強くない。姉妹の笑顔を守れない。今も精霊を失おうとしてるし。もし魔法がなくなったら? ボクに何が残るんだろう?」

 カナンはリーチェの顔を覗き込んだ。

「全部残っているだろう? 君の姉妹たちが。私は兄を失ったが君は今からでも守れるんだ。素手でも、噛みついてでも」

 リーチェは目を開く。手を見てカナンを見上げた。

「素手でも、噛み付いてでも」

「リンケットを見ただろう。あいつはほぼ普通の人間だ。だが役立たずじゃない。能力の話ではない、あいつは役に立とうとしているからだ」

 掌を閉じてリーチェは笑う。

「ありがと、カナンさん」

「それにな? 最近優秀なメイド二人がシーラに取られたんだ。席は空いてるぞ?」

「申し出は嬉しいけど、ボクはやっぱり姉妹達の守護者シスターズ・ガーディアンでいたいんだ」

 カナンは微笑んで「そうだな」と返した。


「そうか、よい手が一つある。だがそれは時間が必要だ。上手くいけば精霊は帰ってくるぞ」

「ほんとに!?」

 リーチェの眼に輝きが戻る。その手に力を取り戻し、土の精霊の声が聞こえ始めた。

「ああ、そうなんだ。ボクの方が耳を塞いでいたんだ。喋るばっかりでごめんね」

 体のマナが沸き上がるのを感じる。

「ディノの声が聴きたい!」

「今は待とう。まずは花火を上げる」

「へい!姉さん!」

 少し驚いてリーチェを見る。

「お前もかわいいな」

「美少女で魔女っ子だし、無敵っす!」

 カナンは苦笑した。

「馬には乗れるか?」

「無理っす!」

「軽そうだから後ろに乗れ。マナの回復忘れるな」

「へい、師匠!」

「なんか格上げされたな。うん、師匠か。悪くない。リーチェ、私の弟子になれ。いい師匠ではないかもしれんがな」

「あのハザンの弟子、それだけで強い!けど考える時間が欲しい」

「ああ、時間はある。いつでも来い」


 二人は段取りを決めながら馬房へと向かい、そこの主人から愛馬を渡された。鞍をタンデムシートに付け替えてもらい、いくばくかの飲み物と食料を積み込む。リーチェは断りもせずサドルバッグから携行食料を取り出して頬張り始めた。主人が「こ、これ」と止めようとしたがカナンが首を振って「構わない」と言って馬に乗った。ほどなく二人は出発し、リーチェは頭上の太陽を恨めしそうに睨む。

「あー魔法が使えたらあっという間なのに。そういえばリンクってやつ、何者?」

「ヴァイケルの弟子としか知らんな。妹を取られて不満か?」

「最初は。でもユニのあんな嬉しそうな顔、初めて見た」

「ヴァイケルに少しだけ聞いた話だと、リンケットは戦災孤児だそうだ。家族はいない。そのせいか君の妹への扱いはどう見ても家族のそれだな」

「そっか。でもユニを泣かしたら、ぺちゃんこにする」

「ふむ。では婚姻となったらどうするんだ」

「ぺっちゃんこにする」

「離縁となると?」

「ぺ、いや、ぎがぺっちゃんこにする」

「そ、そうか、リンケットも大変だな。まあなんだかんだで気が合ってそうじゃないか。そうだ、二人の未来を星見で占ってやろう」

「なんだそれ、面白そう!」

「片付いてからだ」

「おーけー王様!」

「それどこまで上がっていくんだ?」

「あと四つは残ってますぜ」

「そうか、のしあがるか」

「下剋上だ!」

 カナンにとってこんな馬鹿話をする相手は初めてだった。そもそも貴族にユーモアを求める人間なんて会った事もなく、街に出歩いても、殆どの住民は頭を下げる、目を伏せる、片膝をつく、など選択肢は少ない。双子ですら一線を越えることはなく接してくるが、それは当たり前の付き合い方という認識が強かった。

 ある日、カウチで本を読んでいると詠唱の訓練で疲れ切ったシーラが寝ぼけて隣に座り、カナンの膝枕で微睡始めた。ついその背中に手を置き、軽く撫でると身じろいで深い眠りに入った。

 不思議な感覚だった。

 小一時間ほどでシーラは慌てて飛び起き床で平伏しそうな勢いだったので「隣に座りなさい。髪が乱れているから梳いてやろう」というと、はにかんで「はい!」と返事をした。その様子をイエッタがにこにこと見ていたのを思い出す。

 そのうちシーラと街へと出歩くようになり、「領主様」と呼んでいた住民から、ほどなく「シエント様」と呼ばれるようになった。いまさらながら兄の「領民との会話を忘れるな」という言葉の大切さを二十年以上も経てやっと理解できるとは思いもしなかった。



 カナンは横乗りになり、まだ若き同行者の頭を試しに撫でてみた。おそるおそる反応を見てみる。

「えへへー」とリーチェは嬉しそうに笑う。

「なにかおかしいか?」

「いや、なんかさ。おかあさんっぽいなって思ったんだ。ボクらは母を知らないけど」

 そう言われてカナンは前向きに坐りなおす。抱きついてくる背中の温もりが不思議と嫌ではなかった。

「いいもんだな」

「また甘えに来るよ」

「ああ、そうだな。いや、まて」

「ええ? いやなの?」

「ちがう。そうじゃない。私たちは同じ相手を追っている。そのフロゼッタに会わないとだめなんだ。その子が私の兄弟子フィールスの精霊を寝かせてるんだよ」

「フィールスって……まさか、灰燼主(アッシュ・ロード)?」

「そうだ。だから協働しておいた方が良い、君、いや君らが嫌じゃなければな。どっちにしろこの先、双子たちも、そしてシーラも動き始めて君たちと邂逅することになる。早いか遅いか、いや出会い方が悪ければ小さな精霊戦争になる」

「あー、っと。どのみちシーラとは会っておきたい。二人の姉を跪かせた人だしね。どんだけ強いかみてみたい」

 リーチェはカナンの背後で立ち、体を密着させて両腕を首に回した。自然と頬と頬が触れ合う。

「うーん。強くはないな。どちらかといえば、弱い。だが可愛くて胸は大きいぞ」

「くっ、ライバル出現だ!」

「よく泣くし、君と正反対だ」

「どうやって姉たちを懐柔したんだ……胸か?」

 カナンは苦笑した。

「本人はそんなつもりはない。可愛さだけでこの百年城を堕としたんだぞ。人も堕ちるさ。今や、みんな姫様、姫様って騒いでいる。この城の主は誰か分からなくなってるからな」

「どんな人物!?」

 そう言ってはいるがカナンは嬉しそうな顔をした。領主には変わらないが、その責務の負担が軽くなった分の余裕が母性本能の目覚めであることに気付く。何故にシーラに後ろめたさを感じたのか。そしてリーチェやユニの事を気に留めるようになってしまったのか。

「ああ、そうか、私は母になる選択肢を気づかずにいたのか。っとすまない、思わず言葉が出てしまった」

「いいんじゃない、おかあさん?」

 カナンは、いやリデアの顔で二十年ぶりに笑った。リーチェはその横顔を見て少し驚く。その美しい顔、今は見られたくないよねと、前を向いた。

「これが片付いたらボク、みんな集めて戻ってくるよ」

「そうか」

 カナンは自分がいつの間にか涙を流していたことに気付く。

「私は、嬉しいのか」

 考えてみればカナンの「森」リーチェの「土」

 巡りあわせは必然だったのかもしれん、と背中の温もりに、そう感じた。



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