第四十四話「ユニはリンクさんとデートです」
「うん? えっと、うん?」
ユニはにこにことリンケットに体を寄せる。
「あれ?」
リンケットは傍にある小さな温もりが心地よく、妹ってこんな感じか、とリンケットにも勘違いが生じる。
「リーチェと元通りになる為、ユニたちの未来の為、ユニは頑張ります」
たちに違和感を感じたが、リーチェと、という意味だな、と自分に言い聞かせて戸惑いの表情から真剣な表情になる。
「いいかい、魔法使いは極度に間合いに敏感だ。伯に言わせると「精霊のささやき」で察知するらしいけど、不可能なタイミングがあるそうだ」
「詠唱時から発動直後」
ユニの返事に頷き話を続ける。
「だから魔法を使う瞬間を狙う。隙を作れば師匠が何とかする。気がする。多分」
「段々と言葉が弱く。でも見る限り、全力で斬りそうな勢いですよ」
「大丈夫、あの人ああ見えて女の涙に弱い人だから」
「筋肉が頭脳を侵食していなくて良かったです」
「同感だ」とリンケットが笑う。
「私たち気が合います」
「ああ、そうだね」
「ぴったりです」
「うん?」
「はい?」
地が震え、大気が震えた。
腹に響く音と振動が繰り返される。
「これは?」とリンケットの眼がリーチェを覗く。赤黒いオーラが地面に吸われていき、微震でその地面をはっきり捉える事が出来ず、ぼやけていた。
「攻撃魔法、憤怒の罰、です。出会えたばかりですが、会えて嬉しかったです」
「なに諦めちゃってるの!?」
「半径二十メートルと言いましたが、あの魔法はそれが幾度となく繰り返され文字通り、踏み荒らされます。運が良ければ当たらないですが」
「なら好都合、僕は運がいいんだ。さあ、僕の幸運の女神様、祈っておくれ」
ヴァイケルに常日頃から、お前のいちいち鼻につく気障な台詞をやめろと忠告されていたが、今回はヴァイケルの懸念通りに思春期ユニには効果があり過ぎた。
「はい」と、うっとりとした表情を見せるリーチェ。
リンケットは片目を閉じ弦を引く。リーチェの明滅するオーラの輝きの明滅のタイミングを計る。
0.8秒間隔、と気のせいか正確な秒数が頭に浮かぶ。集中力が研ぎ澄まされ、明滅のスピードが遅くなっていく。辺りの地面が吹き飛び、砕かれた岩や木々が飛び交うのを視界の端で追う。
この感覚がそうなのかと冷汗を垂らす。
これは気持ちが良い!
「ユニ!不安かい?」
「あなたが消してくれました!」
リンケットの指が弦を弾いた。
寸分たがわず矢はリーチェの目の前で炸裂する。
「ブルズアイ!」とリンケットはすぐさま次の矢を番える。今度は近すぎずに耳元で炸裂させた。
リーチェは目を腕で覆う。乱発していた魔法が止まり静けさを取り戻す。
「さあ、師匠!」
ヴァイケルは息を止める。
剣先まで意を届け、柄で抑え込む。腕が熱で孕み、血流は濁流と変わった。
「よくやった、リンケット!」
エーテルが見えるものには精霊剣の白光の眩さに目を閉じ、反射的に顔を背けただろう。
「弾けろ!」
精霊剣ミーテ・ファミリアが振り下ろされる。
剣戟が地を走り、リーチェを貫いていく。衝撃でその体は宙に浮かび、勢いよく後方へと飛ばされていった。
「姉様!」
ユニの叫びとヴァイケルがリーチェの体を受け止めのは同時だった。
「ほんと化け物だ。ソニックブーム出てたぞ」
ヴァイケルが抱いていた細い体を地面にそっと降ろす。様子を窺っていたユニがよろめきながらリーチェの体に覆いかぶさった。ぐったりとした姉の様子が変なのでエーテルを少量流し込み回復力を促進させる。
「姉様?……これは!?」
姉の異変に気付いた直後、突然周囲に蔦が地面から突き抜けリーチェを中心に絡み合うように半球のドームを作り上げた。
「これはカナンの結界か!」
直後、激震が走った。
結界は僅かに揺れる程度だったが、辺りの地面が上下に波打ち、城門サイドの壁が地割れに飲み込まれていく。数分後、後には黒い木材の骨組みが残った。
リーチェがユニを抱きながら上半身を起こす。
「ごめん、抑えられなかった」
「姉様!」
姉の体を力を込めて抱きしめユニは泣きじゃくる。
ヴァイケルは剣を収め、二人の少女の側で跪いて覗き込んだ。
「大丈夫か?」
「騎士さん、ありがとう。精霊だけ斬り離すとか人間技じゃないよ。あとユニの事も。取り返しのつかないことになるところだった」
「斬れるならどうにかなる。それはともかく、これは一体何事だ?」
「僕の精霊が暴れてる。実は僕、精霊と会話したことがないんだ。今も干渉波が酷くて力が出せない」
結界の一部が割れカナンが姿を現した。
「とんでもない力だったな。お陰で壁が吹き飛んだ」
「これは謝るべきか、僕の力を見たか!と言うべきか」
「ま、アズライアはどうせ近づけんだろう。問題ない」
ヴァイケルは立ち上がるとカナンに問いかける。
「お前が出てきたってことは、あれをどうにかするためなのか?」
「私はまず壁を何とかしなければならないが、時間とマナが足りない。壁の存在が結界の一部だったんだ。それに加えて暴走した精霊とその干渉波の中和。手が足りんな」
「ああ、この頭痛が干渉波の影響か」
「え、師匠、頭痛だけで済んでいるんですか。僕はもう吐きそうなんですけど」
ユニが立ち上がりつま先立って背の高いリンケットの頬を両手で挟んだ。
「これで楽になりました?」
「あー、楽になったよ、有難う」
ユニは微笑んで頷いた。
「な! ユニ! いつの間に男を!」
「少女、三日会わずば刮目せよ、と言います」
「まだ三時間もたってないよ!少女って自分で言うか!」
ヴァイケルが苦笑して間に入る。
「リンケットの女癖は悪いほうじゃないぞ、遠くから見ても良い雰囲気だった。ともかく祝福は後回しだ」
「え?何の話?」とリンケットは寝耳に水だと言わんばかりに驚き、ユニは頬を赤く染めて羞じらう。
「壁の修復の前にまずは暴れるディノゲノスをなんとかせねば」
「シエントさんでしたっけ。貴女は精霊使いなんだね」
「その名が表の顔だが、今はカナン・ハザンだ」
リーチェとユニは顔を見合わせ同時に声を上げる。
「竜喰いハザン!?」
「やめてくれ、二つ名がつくほど何もしていないんだ」
「いやだって、精霊界に殴り込んで竜を屠ったって」
「若い頃の話だ。そんな大した事じゃない」
「どおりでグランフェアルエートの罠が。あ。いいこと思いついた」
「またその顔は碌でもないことを思いついた顔です」
「ふむ。その手もあるがアズライアも吹き飛ぶ」
「え、敵の心配?」
「アズライアはどうでもいい。だが兵士は無意味に殺したくない。どかそうにも今は魔法も使えぬしな」
リンケットがユニを見て「なんとかなるかも」と言い出す。
「この少女の能力?」
「ユニは凄いんだ、言葉で人を操れる」
リーチェは自分の事のように誇らしげに言うと、ユニのほっぺたをつまんで、むにむにといじる。
「なんだその国家転覆出来そうな能力、なんで今まで表に出てこなかった? ファラスなんぞ喜んで使い回しただろうに」
「限定的なんです。まず、声を届けないと。内容によっては周りに感づかれます。距離が離れると効果は十分程です。あとエーテル使いには効きません。弾かれるので」
「それだけでも大した能力だが。それでリンケット、彼女の手助けでどう動かす?」
「ネフィル坊ちゃんを逃走させます」
「あいつ何処にいる? 旗の報告は聞いたが」
「そりゃそうでしょう。シエント伯の怖さをよく知ってるから逃げ腰ですよ、恩もあるから直接叩きたくないと。あまりにも腰が引けてるネフィル様にアズライア公がご立腹で後詰にさせられました。最初の軍議ではまずアズライア公が南方から突いて伯を城から引っ張り出し少しづつ下がったところを南西のリンダス軍が側面攻撃、の手筈です。んで、ちょうど今、リンダス軍がアズライア軍の後ろにいるんでアズライア軍の背後に突っ込ませます」
「簡単に言うな。今お前がネフィルは私を怖がってると言ったばかりじゃないか。そうそう動かんだろ」
「動く理由を作ればいいんですよ。リンダス軍の役目はもう一つあるんです。抜け目ないアズライア公は念のための保険、そこにリンダス軍を置いたんですよ」
カナンはリンケットの言わんとすることに気付き、笑いを堪えた。
「おまえ、嫌な性格をしているな。うん、あいつは昔からびびりだ。それから?」
「そこでユニの出番。簡単です、狼が吠え混乱しているところ、アズライア公に伝令を飛ばすだけです」
「よし、それでいこう。ヴァイケル、狼も走れ」
「いや、話が見えないんだが」
「羊飼いと牧羊犬の出番だ。食事代替わりに働いてくれ。壁が消えたことが今は好都合、お前が出ても不思議じゃない状況だ。私はリンダスの子倅の尻を叩いてくる」
「そういう事か。じゃあ俺はアズライアと一戦交える。精霊はどうする?」
「だからこそだ。ディノゲノスは受肉した。あと一時間は寝ているが起きたら厄介なんでな」
ユニがリーチェに驚きの目を向ける。
リーチェは「いやあ。契約しちゃった」と舌を出してはにかむ。
口をぱくぱくさせるユニにカナンは苦笑する。
「まあ、仕方がないアクシデントだ。あそこで契約しておかないとここいら一帯吹き飛んでいたからな」
「さっきの巨大な干渉波って契約の!」
ユニはそういう事かと得心する。
「そういう事だ。だが何故かディノゲノスが暴走している。何が起きているか分からんから、まずは目の前の障害物を取り除こう」
ヴァイケルが肩を回し首を鳴らす。
「役立たずに、ただ飯食いの汚名返上だ。仕方があるまい」
リーチェがユニを支えに立ち上がる。
「僕はカナンさんの手伝いに。ここは土の精霊の至福に溢れている。未契約の僕にも囁きをくれるから会話をしてみる。不本意だけどユニはそこの間男と行くしかないね」
「間男ってどっから出てきた言葉だよ。ま、立案は僕だからタイミングは任せて欲しい」
「ユニはリンクさんと作戦です。頑張ります」
「僕のユニのヴァージンが」
「なんの話かな!」といいつつリンケットがユニに手を差し出す。
「すまない、手を貸してくれ」
「はい!」
そんなユニの幸せそうな顔を見てリーチェは微笑む。そしてユニに耳打ちした。
「逃がすなよ」
ユニは俯き「うん、ありがと」と照れながら囁いた。
蔦の結界から出ていく二人を見てリーチェは声を掛ける。
「ユニ、初めて男と手を繋いだ記念日だ。あとでお祝いだね」
「ま、また私の情報漏洩を!」と一瞬だけリンケットを見て目を逸らした。
「これは光栄の至り、お姫様」と空いた手でユニの頭を撫でる。
ヴァイケルが「そういうところだぞ」と苦笑した。
「さて久々に吠えるか。カナン、先に暴れてるぞ」
「ああ。存分にな。花火が上がったら引いてくれ、逃げ道を用意してやらんとな」
「花火か、心得た」
ヴァイケルは拳を打ち鳴らすと意気揚々と結界を出る。
リーチェは出ていこうとするカナンを呼び止めた。
「貴女には話しておこうと思う。少しだけ時間を」
カナンは振り返り頷いた。
「聞こう」




