第四十三話「勘違い恋愛事情」
その言葉は災いをもたらし、死を招く。
言葉を聴くなかれ、言葉を見るなかれ、言葉をかけるなかれ。
それが村に新しく作られた掟で村人は当然のように従う。ぶつけどころがない怒りや、不満が高まっているとき、その対象となるものが無抵抗である場合、その矛先は必然となった。
ユニは幼い頃から口を開かぬよう拘束具を付けられていた。
忌み者として排除されるところを物好きの貴族が研究がてらに来訪し金を落とすので追い払うことはせず、ただ利用価値があるうちは飾っておこう、と誰しも思っていた。
それでも頑張れば普通の人のようになれるのではと、こっそり喋ろうとしてその度に村人から打たれた。村の流行り病もお前のせいだと打たれた。お前はなんでそんなに臭いんだと打たれた。でも理不尽だと思わなかった。
全部自分のせいだとわかっていた。
五歳になったとき、両親は幼い頃に亡くなったと聞いたのはファラスからだった。
「酷い話だ。お前の言葉を聞いて気を違えたらしい。弱いという事はそういう事だ。自分の身すら守れん。お前に責任はない。そしてお前は自由だ。ここでは喋ってもいい、歌ってもいい。好きに生きろ」
「ぁ、ぁ、ぃ、ぃ、?」
こうして姉妹たちとの生活が始まる。
七歳になってアイリスとリーチェと出会った。
アイリスは勉強ばかりで過ごす時間は短かったが、良く髪を梳いてもらっていた。
「アイ・・リス・・おね、ちゃ、、んと同じ、か、み、に・・・した、い」と頼むと必ずペンを止めて三つ編みにしてくれた。
「気を使って喋らなくていい。ううん、喋るなじゃない。普通に喋っていい」
そう言われて言葉を教えてもらい、なんとか人前でも喋れるようになったとき、アイリスは何も言わずリンケットのように頭を撫でてもらった。
リーチェは初めて喧嘩をした相手だった。口の拘束具を取られるとそのままごみ箱に捨てられた。拘束具は誰かを傷つけない為の戒めの砦。それに閉じこもり誰にも触れず触れられない為の絶対領域だった。慌てて拾おうとすると「拾うな」と肩を掴まれ、手を振り払うと頬を叩かれた。まだ上手く喋れない時分だったので唸り声をあげると「お前は女の子だ、唸るな!」と怒鳴られて、思わずその手に嚙みついた。
悔しくて泣いた。
上手く喋れないのに酷いこと言われたと言いたかった。
だがリーチェの手を開放する瞬間、腕の内側に酷い火傷の跡を見た。ユニにも覚えがある焼きごての跡だった。
「あんなものなんか要らない! ユニはそのままの方が可愛い!」
そう言われて幼いながらリーチェの行動を理解し、そのリーチェの小さな胸に抱きとめられた。
「か、わ、い?」
「そうだよ。僕らの可愛い妹だ」
そう言ってアイリスと同じように頭を撫でてくれた。
「大切な人?違います。私の命そのものです」
リンケットは上目で見てくる少女に「そうか」とだけ答えた。
「じゃあ、なんとかしないとな。彼女が重力を使う少女だね?」
「そうです」
「範囲は?」
ユニは敵に情報を渡していいものかと少し躊躇う。その様子を見てリンケットは続けた。
「敵の僕には言いにくいよね、無理に言わなくていい」
その言葉を聞いて、敵ってなんだろうと自問した。この人はあの重力の恐怖を知りつつ飛び込んできてくれたのだ。
敵の自分の為に。
「最大半径二十メートル、視認した場所を中心に、です。そして強力な魔法の最小範囲は自分の身だけです。もちろん先程の砲撃の類は発生場所からの撃ちだしなので射程は二千メートルになります。お役に立てますか?」
「十分だよ、ありがとう」
ユニが不思議そうな顔をしたので、なにか問題発言でもしたかと、発言を振り返る。困った顔をしたリンケットに気づいたユニが慌てて返事をした。
「ユニに言ったんですね。大人から礼を言われたのは初めて、だったので」
「この世の中で絶対、って言葉は陳腐すぎるけど、それでもましな大人は少なからずいるから。おっと、僕はずるい側の人間だよ」
ユニは首を横に振る。
「あなたは一番、その、かっこいい大人です」
「ま、そう言って貰えるなら足の一本は無駄ではなかったってことだ。ではもっと格好いいと言ってもらおう。えっと、今更だけど名前は?あっとユニだったね。僕はリンケット、親しい奴は皆リンクと呼ぶ」
「えっと。リンクさん、ですね」
「さて、仕事にかかろう。師匠が睨んでる。さっきは君みたいな子が戦場にって言っておきながら申し訳ない、手伝ってくれるかな」
ユニは目を輝かせて頷いた。
「姉様の事なので嫌でもお手伝いします!」
「よし。試したいことがあるんだ。彼女、リーチェだっけ、彼女が魔法を使う瞬間を見てほしい」
「えっと、リンクさん見えないんですか?」
「普通の人は見えないよ。君もまるで師匠のような言い方をするなあ」
「ご、ごめんなさい。でもそんなにエーテル持ってて見えないのが不思議だったので」
「うん? 師匠もそんなこと言ってたなあ。でもそんなに大した量じゃないとか」
目を細めヴァイケルを見て「ああ」と納得した。
「あの人と比べるとです。ちょっといいですか?」
「どうぞ」
「失礼します」
ユニは高鳴る胸の鼓動がばれないかしらと、リンケットの頬に躊躇いがちに触れた。エーテルを少し流し込み身体中を巡らせる。
「うお、なんだ、体が光ってる!」
「今、眼を開きました。それがエーテルです。いまリンクさんの体が認識を始めてます。もうリーチェのマナも見えてるはずです」
「いやいや、魔法を何度見ても認識とか出来なかったけど、体感すると理解できた。君は僕の先生だ」
「そ、そんなこと、ないです」
ユニは少し照れくさくなったが本心から嬉しくなる。
「えっと、リンクさんは私と同じセンシティブです。慣れれば一キロ先でも見えるようになりますよ。もっとコントロールできれば撃ち出された弾丸すら見えます」
「なるほど、今はこれで十分。また色んなこと教えてくれるかな」
ユニは何度も頷いて微笑んだ。
「じゃあ僕だけで十分だ、ユニは下がってて」
「リーチェと同じことを言いますね。足折れてるのに手助けが必要です。見た目はこんな、えっと、ちっちゃいですけど、今のリンクさんより力があります」
そう言ってリンケットから弓矢を奪うと近くの木に矢を放つ。女性の腰回りはある木の半ばが消失し、上半分が思い出したかのように下半分に落下した。
「まじか」
「でも近距離だから。流石に遠くの狙いは上手くいきません」
「ちぇ、結局、僕が一番弱いわけだ」
プライドがある大人に慰めなんか必要なんだろうかとユニは言葉に詰まる。
「ま、でも僕には僕の仕事がある」
リンケットの顔を見て顔が火照るのが自分でもわかった。
格好いい大人はこういう人だと。
「じゃ肩を借りるよ。ああ!」
「どうしましたか!?」
「くそ、師匠に見られた」
「何をですか?」
「いや、なんでもないよ。大人の事情さ」
先程、少女と何があったんですか、と問い詰めた直後に自分も少女に肩を借りている。一段落したら身を隠そうと決め込んだが、不意におかしくなって笑みが漏れる。ユニの肩を文字通りに支えにすると、いった通りびくともしなかった。
「色んな事情、できるんでしょうけどユニは早く大人になりたいと思いました」
「碌でもないから、あんまりお勧めはしないなあ」
私はリンクさんみたいな大人になりたい。その言葉は取り敢えず胸の内にしまっておこうと決める。
「そんなものですか」
「そんなものですよっと。よし、ここでいい」
リンケットは腰を下ろして預けていた弓矢を返してもらい、弦を何度か引く。少し固めに調整すると矢の先端に親指大の筒を取り付け、そのまま矢を番えた。
「距離わかるかな」
「百十三メートル、北北東の風、ニメートルです」
「そこまで分かるんだ。すごいな」
「でもこの距離、当たるんですか?」
「流石にコインを撃ち抜けと言われると自信がない。相手が動いてるとね」
「まるで動いてなければ当たる言い方ですね」
リンケットは片方の眉を上げ、不敵に微笑む。
「確認するけどリーチェはエーテルを使えないね?」
「使えません。重力、反重力を使った身体操作だけです。矢につけた筒はなんですか?」
「目眩ましさ。視界を奪う目的だけど、それ以外に恐らく数秒は硬直する。普通の人間ならね。あの人は違うけど」
「お師匠様ですか?」
「もう最近じゃ化け物度に拍車を掛けるという表現すら生温い、まるで先王を見てるようだ。その内、おう、リンケット、俺は空飛べるようになったぞ、お前も体鍛えろよって言い出し兼ねないんだよなあ、いやまじで」
「フロラル姉様も言いそう」
少し寂しそうに言うユニの頭を撫でる。
「師匠が言ってた子だね。師匠いわく、俺を超える逸材だ、とね」
「それほどまでに? あれから姉様強くなったんだ」
「多分君の知らない話を僕は知っているけど、本人に聞くといい。大切な事だしね」
「はい」
「さて、師匠が仕掛けるよ」
「ええと、あれはなんですか? 人間なんですか?」
ユニはかけていた眼鏡を外し、再び掛けなおす。
「うはあ、エーテル視えると師匠の規格外の強さがなんとなく分かる。フロラルさんはこれを超える? ああ、そういうことか。俺の周りは化け物ばかりって。フロラルさん、アイリスさんその二人が付き従う陛下は? ええっと陛下が慕っている双子は? その双子が強いって言ってるシエント伯に師匠がいて……おいおい……」
「ヒエラルキーがとんでもない高さに」
「ユニ、悪い事は言わない、うちに来るんだ」
「うちに……?」
ユニは顔を真っ赤にしてぶんぶんと頷く。
「はい! あなたの傍にいきます!」
思春期突入ユニの壮大な勘違い恋愛事情が始まる。




