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金の双樹  作者: 宮﨑 夕弦
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第四十二話「今からお前を斬る」


 打ち出された角度は城内方向で自由落下状態にどうしたものかと呑気に考えていると真下に蔦の塊が急速に育つのが見えた。

「流石はカナン」

 体を反転させ背中から受身を取る準備をする。もしかしたらエーテルとやらを使いこなせば多少の高さなら無事に着地出来るのだろうかと考えるが、試す気にはならなかった。機会があれば限界を試してみるのも一興だなと考える。膝を折り曲げ、着地の瞬間に身体を捻り横転で落下のダメージを逃した。

「今の感じだと、蔦がなくてもいけたな」とひとりごちているとリンケットが傍で苦笑していた。

「ちょっと、あり得ない高さから落ちたのに無事ってどういうことですか」

「体は鍛えておくもんだな」 

「そんなレベルの高さじゃなかったですよ。にしても師匠らしくない。子供だから手を出せなかったんですか?」

「戦場にそんな感情は持っていかん。ただ、今は様子見で良かったと思う。どうやらあの黒髪ロングの子はアイリスの妹かもしれん」

「メイドの?」

 返事に困ったがどうせ話す事になるならと「敵の暗殺者兼メイドだな」と説明するが肩を竦めるだけで意図は伝わらなかった。

「簡単に説明しすぎて分からないんですが」

「ふむ、まあ後にするか。まだいるなら再戦といこう」

「また飛ばされるのでは?」

「もう把握した。二度は食わんよ。視線で場所を決めてるらしくて、その場所にいなければ問題はない」

「でた、師匠の、問題ない発言」

「だが事情がありそうなんだ」

「なんとま」

「ファラスがなにやら吹き込んでいて俺は誘拐犯らしい」

「師匠がそんな手を使わないとか知らないでしょうしね」

「なんか策はあるか」

「もう一人の女の子も魔法使いなんでしょ?」

「ヴェネーゼいわく、俺と同じタイプのエーテル使いとかなんとか言ってたが俺自身もよくわかっていない。なんでも体を自由に操れるとか。俺は自分の体を、向こうは他人を。だが俺には効かないらしい」

「師匠の口から知らない女の名前が出てくるなんて。まあいいや、興味無いんで。それは催眠術的にですか?」

 面倒な事は説明を省くヴァイケルの性格を熟知しているリンケットは、いつからか深く追及はしなくなった。聞いても大概面白い話じゃないと。

「精神的じゃなく肉体的に」

「ここ数日、頭が痛くなる話ばっかりです。なら簡単じゃないですかね」

「ほう、聞こうか」

「師匠が嫌がるかも知れませんが、誰も傷付かないかも、です」

「俺のプライドは気にするな。泣く子がいるんでな。穏便にいきたい」

「まじで狼どこ行っちゃったんですか」

「年のせいかな」

 リンケットはやれやれと顔をしかめる。

「まあ嫌いじゃないですよ。人間臭くて」

「俺をなんだと思ってたんだ」

「グロッド、でしたが、今は恐ろしげな伝説の方じゃなくて家族を守ったグロッド。今の師匠はそれにしか見えません」

「おれも毒されたか、いや絆されたか。これも全部魔法のせいだ」

 自分の言葉に声を出して笑い始めたリンケットの頭を小突く。

「痛いなぁ。魔法は凄いですね。師匠をこうも変えてしまうなんて」

「ところでな。この精霊剣、マナやエーテルが見えるようになるんだが」

「あー、それで火球を斬り落としたんですか」

「あれは別に見えてなくても斬れる」

「そうですね。って普通は斬れませんって」 

「言いたいことはそうじゃない。お前もエーテルあるぞ、少しだがな。ヴィーとアトラも言っている」

「何人女性を囲っているんですか。もしかして男娼ですか?師匠の私生活にちょっと興味が出てきましたよ。それはともかく僕にも師匠みたいな事が出来ると?」

「無理だな」

「なんですか、期待させといて」

「お前の弓に役に立つ程度だ」

「なんだ、それで十分ですよ。今度教えてください」

「まあ、生きてたらな」

「師匠が死ぬわけないじゃないですか」

「いや、お前が」

「あー、そうでした。師匠ってそういう人でした。俺が守ってやるから安心しろとかないんですか、まったく。では卑劣な、ではなく人道的、でもないな。まあ姑息な策ですが、やるかどうかは師匠次第。でも一番効き目がありそうな策を。簡単です、もう一人の少女を盾にすればいいだけですよ。師匠の腕なら二人との間合いを維持するのは簡単でしょ」

 その策を聞いて「なるほど」と頷き歩き出した。リンケットも後をついていく。

「反対されないんですね。以前なら私に剣を突き付けて罵倒したところですよ」

「否定はせんがな。前にも言ったがもう騎士の時代は終わる。魔法使いのせいじゃないぞ。上手く言えんが、これから全部をひっくるめた世界にしたいという輩がいる。人と精霊と。そんな世界に生きていくには変わらなきゃならん」

「驚きだなぁ」

「何がだ」

「ちょっと、いや、かなり頭が固い師匠をそこまで変えた女がいるなんて」

「ああ、まだ若いがな。俺の短気に付き合える女子(おなご)だ。もうすぐ帰ってくる」

「驚いた!師匠が嬉しそうに女の話をするなんて!」

「ああ、めんどくさい、話すんじゃなかった」

 ヴァイケルは城門に向かうまでリンケットの追及をかわすのに戦闘より疲れる、と何度か溜息をついた。 

 外壁にある城門につくと兵士に門を開けさせたついでにカナンへの伝言を頼んだ。

 二人が外に出ると予期していた事態を遥かに超えていた。



「リーチェ姉さま! 落ち着いて!」

 突然苦しみだしたリーチェに近づこうとするが差し出された左手で静止させられる。

「ユニ、ズールおじさんにも伝えろ!出来るだけ離れろ!」

 ユニは下がろうとしたが、目頭から血を流すリーチェの顔を見て思い留まる。振り返り声が届きそうな兵士に意識を凝らした。

「事態は深刻。ファラスの名において、ここより撤退し待機せよ、とアズライア公爵に伝えよ」

 兵は微かに震えると復唱し、仲間の声を振り切って本隊へと馬を走らせた。

「ユニ!お前もだ!」

「お姉さまを置いていけない!」

「ばかやろ、くそ!ファラスに嵌められた」

 ユニは止められていたし絶対に身内には使用しないと誓った能力をリーチェに向ける。

「お姉さま、落ち着いて」

「やめ」

 ユニは突然吐血し、地面に倒れた。

 言霊使いは便宜上そうつけられたが実際は対象のエーテルと神経を操作し操る能力で、声が届く、すなわち、対象に自分のエーテル()が触れなければならない。

 ユニの体は高熱を発し、開いた口から涎を地面に垂らす。倒れた理由はエーテルの異常変異だった。リーチェと繋がった途端、大量のマナがユニに流れ込み、例えて言うならエーテルが沸騰した。

「ユニ!」

 感情が破裂する!

 リーチェは消えそうな意識を何とか保つが、暴れるマナがそれを許そうとしない。暴走する重力が自分にも降りかかり体の自由も失せた。


 リーチェが叫ぶ。

 辺りが地鳴りを響かせリーチェを中心に陥没した。リーチェは僅かに管理できているマナを倒れているユニに向け反重力領域(アンチ・グラヴィティ)、先程ヴァイケルに使った魔法をコントロールする。だがその分、自分への防御が薄くなり地面へと押し付けられた。

 自分の耳に体内から響いてきた骨が折れる音を聞いた。悲鳴も上げられず、ただユニへの防御に集中した。


 城門から出てきた二人の騎士、とりわけ特に驚きの表情を見せたリンケットは、倒れている少女二人の様子を見て愕然とする。

「いや魔法が使えない僕でもわかりますよ。黒髪を中心に空間が歪んでる!」

 ヴァイケルが剣を抜く。

「リンケット、頼みがある」

「嫌な予感しかしないですけど」

「あれを斬るから、ちっちゃいのを助けてやってくれ」

「あれ? あれって、空間を斬るんですか!?」

「ああ」

「出来るんですか!?」

「多分」

「無茶苦茶だ」

 とはいえ、とリンケットは頼まれた少女が血を吐き地面に倒れているさまを見て覚悟を決める。

「あーあ、僕までおかしくなってきた」

「いい傾向じゃないか」

 リンケットは自分の髪をもみくちゃにして、目を据えた。

「いきましょう」

「行くぞ」

 二人はリーチェに近づく。少女の目が薄く開き「ユニをお願い」とか細く懇願した。

「自分より友達ですか。師匠が斬れない理由が分かりました」

「この子を斬ったら、たぶん、おそらく、俺は風に切り裂かれる」

「師匠の女は恐ろしいですね」

「うん? 女じゃないぞ、女の子だ」

「え? めっちゃ引くんですが」

「後にしろ。いくぞ、斬れるが斬った穴がどんだけの時間開いてるか分からん」

「っと、まぁ、騎士に二言はありません。やってください」

 ヴァイケルは上段にするか中段で水平に斬るか悩むが、右手が持つ剣を引き、左手を突き出した。

「いけ!」 

 驚異の速度で突き出された剣先が重力の障壁にひびを入れる。ヴァイケルは雄たけびを上げ剣を差し込むと障壁が消し飛んだように見えた。すかさずリンケットが飛び出す。範囲は陥没した地面で分かる。一歩踏み入れた瞬間に体が重くなるのを感じた。

「復活してきます!」

「まだ薄いと力が伝わらん!走れ!」

「わかってます!」

 リンケットが少女の元に辿り着き、頭と両足を抱えた。

 うっすらと少女の目が開き「さわ、るな」と呟かれるが急ぎ範囲外から抜け出すことを優先する。

 範囲から抜け出る瞬間、重力が降りかかりリンケットの右足が囚われ、嫌な音を立てた。バランスを失い倒れる瞬間、身をひるがえし地面を背にして倒れ込む。

 投げ出されたユニは衝撃で目覚め、ゆっくりと身を起こす。

「助けてくれた、んですか」

「そんな形かね。おっと、魔法はよせよ。僕は多分、すぐかかっちゃう体質だから」

 ユニは少しだけ頬を染め「ありがとう」と告げる。

 リンケットは痛む足に手を当て「折れたな」と言うと背負った矢筒から矢を取り出して折れた個所に当てがうが、結わえる紐がなくて矢筒のストラップを切ろうとした。

「これを」とユニが自分のおさげを結わえていた紐を渡す。

「お、ありがとうな」そう言ったリンケットの顔を見れず、ユニは首を振る。

「ユニのせいですから」

 リンケットはヴァイケルの方見る。再び範囲外の外で思案する姿を見て当然の疑問をユニに問うた。

「この原因が分かるかい?」

「リーチェ姉さまは不安定で精神に影響されやすいのです。たぶんファラスがそうなるように仕向けたんだと思います。ここにフロラル姉さまと、アイリス姉さまは?」

「その二人ならシーラ殿下となにやら双子と同行しているよ。敵さんの君に言うのもなんだが、その二人寝返った。もちろん、この言葉は君にも離反しろとのお誘いだ。可愛らしい君が戦場にいるべきじゃない」

 ユニは真っ赤になり口を閉ざす。男性と話すことに慣れていない上に初めての誉め言葉に動揺した。

「返事はまだいいよ。それに元ゴランの猪の僕も抜けたしね。決めかねてたまま、ここにきて悩んでいたけど。だがなあ」

 ユニはリンケットの顔を見て小首を傾げた。

「どうやら、まだ見ぬうちの陛下は傑物らしい。新しい国を作るとか夢みたいなことを語ってる。誰にでも優しい国? はっ! 馬鹿馬鹿しい」

 リンケットはユニの頭を撫でると微笑む。

「でも君みたいな子が戦わなくて済むんだったら最高じゃないか。うお、なんで泣く!」

 ユニは会って間もないリンケットにしがみつき、か細く泣いた。

「リーチェ姉さまを助けて」

「大事な人かい? 今の僕には無理だけど、師匠なら。ヴァイケル・ドーントレスト・キオエム伯爵なら。……いや」 

 リンケットはユニの頭を撫でながらヴァイケルを見た。

「クォーターランドの狼なら」

 その言葉に誘導されユニはその視線の先を追った。


 ヴァイケルは剣を肩に預け、息を整えた。


「いいか? 今からお前を斬る」


 地面に突っ伏しているリーチェはユニを見てから、小さく頷いた。


「やって、よ」と囁いて目を閉じた。





 

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