第四十一話「ユニのぷにぷに肌、気持ちいいんだ」
アズライアの天幕に伝令兵が到着すると簡易な百年城の街を含めた模型を見ていたズールは、伝令を見やると椅子に腰かけ、手を組み顎を乗せる。
「言わんでも分かっとる。油も、投石も、効果がなかったんだろう」
若い伝令兵は、怒りに満ちた怒号を覚悟していたが、拍子抜けな表情で頷く。
「バリスタで飛ばした鉤縄も弾かれ、カノンの砲弾も石壁どころか門ですら撃ち抜けない始末です。もう兵の噂では相手は悪魔ではないかとすら、はっ、すいません、失礼いたしました!騎士たる我らが流言に動揺しているわけではありませんが勝手の違う戦いに、些か、迷いが生じていまして!」
数秒、若い兵を見てズールは「もうよい」と手を振って下がらせた。
百年城は北は険しい山が傘となり、西は底を見た人物がいない深い渓谷。東は一軍くらいは展開できるが南東の城門から敵がなだれ込んでくると逃げ場所を失い、ほぼ殲滅状態になる。守る方は南門に集中出来るが故に、想像以上に固い。だが今回は地略以上にやっかいな問題が起きる。
魔法が最大の敵となった。
かれこれ二週間、手を尽くし攻略するが打つ手がなくなってきた。籠城に自信があるのだろう、一向に城から出ても来ない。それはそうだろう、わざわざ兵力を減らす意味もないだろうと、ズールは舌打ちをする。フィールス邸の急襲の時とまったく同じではないかと傍にある椅子を蹴り飛ばした。
「これが魔法か」
簡易な椅子に腰かけていた成人したてであろう女の騎士に声を掛けた。
「ね? 無理って言ったじゃん。ファラスから止められているだろうけどボクが出ないと無理だよ?」
「お前、養父とはいえ仮にも父親だぞ、呼び捨てはやめい。嫌ってるのは道中で分かったが戦場じゃ士気にも関わる。少しは自重しろ。リーチェ」
「へいへい」
口を尖らせて隣に座るユニのおさげをいじりながら、不満げな表情を隠そうともしないリーチェは「つまんないなぁ」とこれ見よがしにぼやく。
「お前ならあれをどうにか出来るというのか? その、なんだ、魔法とかやらで」
「ズールおじさん、あれを見てまだ信じてないの? 頭固いとこれからの時代ついていけなくなるよ?」
ズールは初動の采配は様子見で遠距離射撃だったはずだが、まさか百人の銃士隊が初弾でほぼ全滅との報告を聞いたときは我が耳を疑った。「予測の範疇ですが、撃った弾がそのまま跳ね返って跳弾で兵が倒れたようです」と片膝をついて報告する伝令兵は自らの言葉すらおかしな言動としか思えず、顔を上げる事が出来なかった。横にいたユニという小姓がリーチェに「反射障壁ですね」と囁いたのをズールは聞き逃さなかった。
「お前だって銃を使うが、先ほどの魔法とやらで跳ね返されるんじゃないか?」
リーチェはしてやったりと椅子から跳ねるように飛び降りた。
「見てみる?」
「うわ、すごいドヤ顔です」とユニは弄ばれていたおさげを背中に回す。
ズールは一時思案したが頷くと、
「敵の射程には気を付けろ。儂も出る」
「もう年なんだから、座ってていいよ」
「ぬかせ、ヴァイケルめには敵わぬかもしれんが、まだ現役だぞ」
「年寄りの冷や飯だ」
「冷や水です」
「うっさいなぁ、ユニは」
「まぁどっちにしろご老体には良くないですが」
「ええい、どうでもよいわ、行くぞ!」
「へい!」
「へい、って何キャラなんですか」
「なんとなくだ!」
ズールは痛くなる頭を押さえつつ、槍を小姓から受け取った。天幕から出ると馬を引いてた騎士に礼を言うと重い槍をものともせず馬に飛び乗る。
「少しばかり出るぞ。ゴズウェル、ブレンドン、二隊だけついて来い!」
両名の返事が聞こえると待たずにズールは早駆けで飛び出した。合わせて連なるように二部隊が遅れずついていく。
「うわ、まじかっこいい!おじさん惚れ直したわ」
「え? 惚れてたんですか?」
「うんにゃ!」
「馬鹿ですか」
「そりゃ、ぼくらも行くよ!」
「あ、馬鹿! 走って追いかけたら不味い!」
ユニの走るという言葉はリーチェの行動には当てはまらなかった。
リーチェは一歩踏み出すごとに数十メートル跳躍し、ものの数秒でズールに追いつく。
「おいおいおいおい、今のは何だ!?」
姿を見失ったズールの背に「ぃよっと」とリーチェが降り立つ。
「いや、ボクさ、馬に乗れないんだよ。だから走ってきた」
「あれは走るとは言わんだろうが!」
リーチェは前方にある最前線を手をかざして観る。
「これでいいのさ。今から起きる事に比べれば、些細な事なんだ」
「リーチェ、お前何を言ってる?」
「でっかい花火を見せてあげようって話!ボクが止まったら百メートル以内には近寄らないでね。約束だよ」
再び馬の背から跳躍し、頂点で気持ちよさそうに手足をばたつかせる。幾度と繰り返し、城門まで百メートル地点で降り立った。城壁や城門を観察して期待外れとばかりに肩をすくめた。
「ボク一人で来たのに歓迎もないの?」
城門が僅かに開き、一人の騎士がゆっくりと現れた。
ヴァイケルは城門の前で腕を組んで叫ぶ。
「すまんな、城主は忙しいんだ。おれが話を聞いてやろう、なんも出ないがな」
「ははーん、貴方が伝説の狼か。案外若い」
「女子から若いと言われて、舞い上がるほど若くはないがな」
「それは残念。結構好みなんだけど」
「そうか、十年たったらまた来てくれ。まぁ俺は爺に成りかけてるが」
「んじゃあ、未来の為、ボクの愛を受け止めてよ」
ヴァイケルの額に汗が浮かぶ。一瞬にして雰囲気が変わったリーチェの気配を観る。白光のオーラが渦を巻きながら立ち上り、音すら聞こえてくるようだった。
「これは、受け止められないな」と腰の剣を抜く。
リーチェが銃を構える。マナが見えない者に普通の所作だった。だが精霊剣を携えたヴァイケルには巨大な竜が口を開け、いままさに業火を吐き出さんと首をもたげ大量の酸素を体内に蓄えているように見えた。
「たぶん、死なないよね」
リーチェの銃口が跳ね上がる。
火球が轟音を立てながら飛翔し穿たれた空気の渦が、大気と地面から削り取った土を巻き込み、暴威を振るいながら大地を割っていった。
「嘘だろ!?」
ヴァイケルは右側の背が前に出るほど大きく体を捻じり、息を吐く。
「不本意だが、くそ」と剣の背を左手でなぞる。
「あ、グロッドさん、前に出ると危ないよ!て聞こえないか!」
リーチェは遅れて合流したユニの為に急いで小型の魔法障壁を展開し、より堅牢にするために、二重に重ねる。
火球は城門に届き、前方のレンガ舗装された道は粉々になって上方へと吹き上がる。遅れて熱された土砂が襲い掛かり城門は元より城壁の高さまで土砂が埋もれてしまった。
「不本意ながら、ありがとです」
ユニの礼に歯を見せて笑うリーチェは「ユニはかわいいなぁ」と言って頭を撫でる。
「お、眼鏡っ子になった。本気で行く?」
懐から眼鏡を出してかけると「致し方ありませんから」と袖をまくり上げ両の拳を打ち合わせる。
「さあ、行くですよ」
駆けようとするユニの肩をリーチェが止めた。
「ユニ、下がってろ。あれはやばい」
ユニも気づき前方を見る。立ち込める土煙の中の影が剣を振り払うとヴァイケルが姿を現した。
「なあ、魔法使ってもいいのか? 世の中には秘密にしておいた方がいい事もあるんだがな」
「いや、あの攻撃喰らって生きてるおじさんが言っても説得力ないよ」
「おれは頑丈なだけだ」
ユニは目を凝らし自分と同質のオーラを確認するとリーチェの後ろへと下がった。
「リーチェ姉さま、エーテルです。だけど使いこなされてはいない」
「だよねー。あれ喰らって生きてんだもん。狼どころか、ありゃフェンリルじゃん」
「あれは厄介でしたね。だけど今回はやばいです。エーテル使いだと私の言霊が効きません」
「え? そうなの?」
ユニは「はあ」と項垂れる。
「おそらく、エーテル使い同士の戦いは歴史上初めてです。ですが私はどちらかと言うとセンシティブ、向こうはフィジカル・ブースト。ま、あの騎士さんの攻撃はユニに当たりませんが。超広範囲魔法じゃないかぎり」
「まあ、あるんだけどね」
「え?」
「城の周りに大量にあるんだよ。古代魔法トラップを使わない理由は知らないけど。しかもほら、城門を見なよ」
ユニは開いた口と目が塞がらなかった。
「ノームじゃないですか!?」
大量の土精霊が盛り上がった土塊を岩に変え、城壁の前に更なる壁として並べられた。城門への攻城兵器が近づけなくなったのを見た後方の兵たちにどよめきが生じる。
「これはやっかいだなぁ」
二人が頭を抱えているところにヴァイケルが知人に挨拶でもするかのように近づいてきた。
ユニの顔に恐怖が張り付きリーチェの腕を引く。
「そこのちっちゃいの、なんもせんよ。幼女に怪我をさせるなんぞ騎士の風上にも、って俺はもう騎士じゃないがな」
「幼女、いうな。ユニは十分大人だ。まだ男の子と手を繋いだことないけど!」
「こ、個人的な恋愛事情の情報漏洩ありがとうございます!」
「んで、なにしにここへ?麗しき淑女たる二人を口説きにきたのは分かるけど、大勢の前で、リーチェ恥ずかしい!」
そう言って舌を出したリーチェをヴァイケルは腕を組んで見下ろした。
「ここまで俺を近づけて余裕だな。一応、魔法使いへの対処方法は出来てるつもりだが?」
「近づけて? あは、ボクに近づくことできるのはユニだけだよ。ユニのぷにぷに肌、気持ちいいんだ」
「またいらない情報を与えないでください」
「ふむ。では、少し大人し、む?」
リーチェは人差し指と中指を揃えてヴァイケルに向ける。ヴァイケルは自身にかかる重みに膝を折り地面に手をついた。
「重力の足枷。ま、これやるとボクも動けないんだけど。ユニ、下がれ」
リーチェの目が本気で仕掛けると訴えたのを見てユニは頷き下がっていった。
「どうもいかんな」
「ほら。自分が強いからって油断したでしょ」
「慣れてなくてな?手加減ってのに」
「うん? まさかするほうじゃないよね? ボクは十分手加減してるけど」
「なんで子供なんだ。やり難くて仕様がない」
「別に構わないよ、本気でも。出せるんならね」
「ばかいえ、俺は寝る前の歯磨きと子供の躾はちゃんとやるつもりだ。子供はおらんがな」
そういった矢先にシーラの顔が浮かび苦笑した。
「そうやってボクを馬鹿扱いする。みんなボクを……舐めてる!」
「おいおい、落ち着け」
「ボクは殺しが嫌いなだけで、出来ないわけじゃないよ。する必要がないだけ。もういいよ、貴方を殺して二人を返してもらう。面倒くさいから他の人全部殺そう。そうすればフロラルと姉ちゃんを泣かす奴、いなくなる」
「何を言って」
ヴァイケルの言葉は重力の開放によって途切れる。ただし拘束の重力だけじゃなく、星からの重力からも解き放され、空中高く放りだされた。




