第三十九話「スピリッツ・リンカー」+おまけ
フロラルはグラディアスにもいくつか呪文を教わっていた時に、休憩の合間の会話にアイリスの話題に興じたことがあった。
「天才? アイリスが?」
「そう。アイリスは魔法を使う時、詠唱時のマナの流れが見えない。そもそも詠唱を必要としてないんじゃないかなって思ってね。間違いかも知れないけど彼女はスピリッツ・リンカーかもしれない。チャネラーと間違われるけどそっちは霊体の方。珍しいよ。親和性どころか、その言葉自体が意味を成していなくて、タイムラグなしで魔法発動するし、狙いもピンポイント。利点はまだ他にもあるんだけど、実経験で慣れていくんじゃないかな」
「そうなの?今迄、詠唱をしていたよ?」
「フロラルさんの時と同じさ。ファラスは何も見ていない。詠唱が足枷になって逆に精霊が迷っているんじゃないかな。心と違うけど、どっちを優先? みたいにね」
「もう、さっきから! 私年上だけど呼び捨てでいいよ? 君から気軽に接してほしい、って言ったんだからね」
「う。ま、まあその話は置いといて。で、フロラル、の場合も似ているよね。リンカーに近いからお互い教え合う事もあるんじゃない? 二人共体に叩き込むしかないから」
「え、シャイニーの素振り千回はただのスパルタじゃなかったんだ」
「千回って」とグラディアスは苦笑する。
「師はファラスだけ?」
「多分。その場に私が居ても無駄だって言われてたから一緒にいることはなかったの。だからよく分からない」
「変な事、聞いてごめん。だから思うに彼女は術者じゃなく、魔導士だね。スピリッツ・リンカーならすぐなれる」
「そっか。すごそうだね」
フロラルは笑顔を浮かべるが、すぐに真顔に戻った。
「あの子は何かに取りつかれたかのように魔法の勉強していたの。体を壊すくらい、ね。止めても、私才能ないから、妹みたいにすぐに出来ないから仕方がないの! て必死だった。ふふ、お互い出来損ない同士で慰め合ってたのかな。いつもアイリスと一緒にいたわ。あ、話が逸れた。昔から精霊と話をするのが好きな不思議ちゃんで、いつも会話しているから、上の空な時が多くって。ほら今も」
グラディアスは遠くで船首に腰掛けているアイリスを見ると確かに微かに体を揺らし、星空を見てはいるようにみえるが視点が定まっていない。
「大事な事なんだね。でもこれで納得がいった。もし知らないのなら教えてあげて欲しい、詠唱は忘れていい、でも少しづつだよって。精霊が驚かないように今みたいに繋いでいけば大丈夫。正直、羨ましい。僕ら双子にはないスキルだから」
「あなたから言えば? 私が言っても説得力がないかも」
「いや、さ? 僕は何故かアイリスから避けられてるんだよね。話しかけようとするといつも逃げられてしまう。何かしたのかなぁ」
フロラルは合点が言ったかのように笑顔で頷いた。
「あーそれは仕方がない。あなたはライバルですもん」
「へ? ライバル? なんの?」
「こ、い、が、た、き」
グラディアスは赤面し「何のことだよ!」といってその場から離れようとしたが、足を止めて振り返る。
「少し確認」
「なに?」
「ファラスの弟子は七人だけじゃないね」
「出入りしていた術者や精霊使いはもっといたけどどうかしら? 気になる?」
「少しね。君ら二人の能力を見落とすにしてはお粗末すぎるな、とね。ファラスが三流ならよし、そうでないなら」
「ないなら?」
グラディアスは少しだけ俯くと「考えすぎか」と呟いた。
「なんでもない、おやすみ」
「おやすみなさい、グラッド様」
グラディアスはフロラルを指さし、苦笑いをした。肩をすくめるフロラルを見ると船室へと戻っていった。
「スピリッツ・リンカー……」
「って言ってた。知ってる?」
「多くは知らない、けど。すごい能力だし私には関係ない話だから気にしたことなかったの」
アイリスはフロラルから少し離れると洞穴の中心に体を向けた。
「永遠なるエウレカよ、打ちひしがれるバルディックの……
」
アイリスは詠唱を止めた。
一点を見つめ、深呼吸をして右腕を高く上げ振り下ろす。
一瞬、青い閃光が洞穴内を照らし、後から轟音が鳴り響いた。同じ場所に何度も落雷を繰り返し、地面は灼熱に溶かされ地形を変えていく。十秒間続いた落雷が止まり辺りは水蒸気が立ち上っていた。先程ヨグを狙って放った威力とは比べくもない破壊力に、アイリスは我が手を見る。
「アイリス……アイリス、すごい!」
背をフロラルに抱かれ、震える手を見る。
「私がやったの?」
「あなたしかいないじゃない!」
アイリスは手で顔を覆う。
「……めんなさい」
「どうしたの? あなた泣いてるの?」
アイリスは膝から崩れ落ち、静かに泣き始めた。
「もっと、もっと早く気づいてたら、あいつがフロラルにしたこと止められた。フロラルが傷つけられるとき止められた。フロラルが、陰で泣いてた涙を……止められた!」
フロラルはアイリスの頭を胸に抱き、頬を美しい黒髪に摺り寄せる。
「いいんだよ。あの時があったからこそ、今この時があるの。私の苦しみと痛みで空いた穴は全部、シーラとあなたで喜びを詰め込んでもらったの。だからいいんだよ」
アイリスの泣き声は次第に大きくなっていく。フロラルは笑顔で全部を抱きしめた。
泣き声が鎮まる中、金属が軋むような音が聞こえ始める。
アイリスは突然立ち上がった。辺りを険しい顔で見渡す。
「フロラル、逃げて。全力で、全開で」
「どうしたの? なにこの音」
「干渉波の最初の波。やがて津波になる」
「でも、あなたは!?まだ飛べないのよ!?」
アイリスはにこりと笑うと「大丈夫」と笑いかけた。
「シャイニー直伝の魔法、今なら完全にコントロールできる」
フロラルは自信に満ちたアイリスの頬を撫で、涙を拭う。
「私についてこれる?」
「もう、置いていかれない。二人はいつでも、あの人たちの前に立つの」
フロラルは頷いて、腰を落とした。
「縮地全開」
息を静かに吸う。
「韋駄天が推してまいる!」
飛び出したフロラルの体が残像を残しながら加速を続ける。アイリスはその背を見ると、足の裏にマナを集めた。
「そうね、術名は」
アイリスの体が宙に浮かぶ。
「インドラステップ」
足元で巻き起こる小さな雷の塊が大きな反発作用でアイリスを弾き飛ばした。一歩踏み出すごとに速度を上げていく。後ろから猛スピードで追い上げてくるアイリスをみてフロラルは更に速度を上げていく。二人は並ぶと頷きあい、前を向いた。背後では地割れと岩が降り注ぐ音が追いかけてくる。
平地に設置している魔法障壁まで三分。二人は残像と光跡を残しながら駆けていった。
閑話休題③
「ね、シャイニー、詠唱はともかく、技名なんとかならない? いや出が早いのは分かってるけど、ちょっと恥ずかしい」
シャイネリアはフロラルの肩に手を乗せ「あなた何もわかってない」と頭をふるふると振る。
「ご、ごめんなさい。お師様」
「勘違いしないで。シーラ?あの魔法、儀礼込みで見せてあげて」
「えー、やだよぅ」
「フロラルの命がかかってるのよ、助けてあげて。アイリスは席を外しなさい。あなた死ぬわよ」
アイリスは忠告を無視してフロラルの隣に並んだ。
「いい覚悟だわ。シーラ始めて」
「もーう」
顔を赤らめシーラは動物使いの詠唱を始めた。
クマのくだりは両手を上げ「がおー」
猫のくだりは顔を洗う仕草で「にゃあ」
鳥のくだりは両手で羽ばたいて見せる。
フロラルは目頭に指を当てていた。
「尊いすぎる。でも魔法はメルヘンちっくなのに、なんでこんなに殺傷能力が」
「分かったでしょう。詠唱に伴う行動の意味が」
「ええ、恥ずかしいと言った自分を殴りたい」
「今のあなたは洒落にならないからやめてね? アイリスは……へんじがないただのしかばねのようだ」
「みんな酷い!」
いつものようにシーラは両手振り上げ皆を追いかけ回し始めた。
シーラが足元のムクドリに気づいた。数羽の鳥は頭を下げる仕草をしてパタパタと翼をはためく。
「みんなに伝えて。ここは危なくなるから逃げてって」
ムクドリは二度鳴くと飛び去った。
もうすぐ上陸。
シーラは胸に手を当て目を細めた。
「大丈夫、みんないるから」
そう言ってシャイネリア達の元に戻っていく。




