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金の双樹  作者: 宮﨑 夕弦
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第三十六話「でも言葉なんて邪魔くさいや」


 シャイネリアは兄の言葉に頷きシーラを見た。

「シーラも?」

 グラディアスはシーラも傍に呼び、しばらく地面を見続けた。二人はグラディアスのいつもの長考時の振る舞いを見守りながら待つ。座り込んだ岩肌は地熱で温められ座っているだけでも汗ばんだ。

 シーラはシャイネリアの肩に頭を預け手を握った。

 返事を期待していたわけではない。思いを伝えたかったわけでもない。

 ただ見て欲しくて、思わず口にした言葉だった。

 自分が握るシャイネリアの手をぼんやりと見ているとシャイネリアが耳元で囁いた。

「大丈夫、グラッドはあなたの事が大好き。たぶん、今は時期じゃないと思ってる。えっとタイミングとかじゃなくて、あなたをどうやって守ろうとかと必死なの。ほら、今の私の言葉すら耳に入ってない。兄はいつもそう。あなたにとって一番何が良いのか考えて、一つの答えの為に百の答えを用意してもなお、出てきた答えを不安がる。自分の事はいつも後回しどころか、自分の幸せの事は全然考える暇なんてないのよ。結構、難物ね」


 シーラは俯く。

「私に……そこまで価値があるのか、な。シャイニーもグラッドも、フロラルちゃんも、シーラちゃんもすごい人なのに。私、なにもしてない、出来てない。それどころかニアに会いたいって言ったばっかりにいろんな人に迷惑をかけちゃった。死んじゃった人もいるんだよ? 私に、想われる価値、ないよ」

「ここには結局来るしかなかったのよ。百年城にいたら、それこそ周りの人が死にまくってたわ。多くの人がスチュロの凶刃に切り刻まれ、リレインの毒ガスもただでは済まなかった。被害者の方が謝る必要なんてない。先に剣を抜いたほうにも相応の責任があるの。死にたくないなら剣を抜かなければいい。特に兵士や騎士はね」

「その通り」

 グラディアスは二人を前にして同じように座り込んだ。

「うぉっぷ、いつから聞いてたのよ」

「最後の方だけ。ごめん、考え込んでて話聞いてなかった」

「そ、そう」

 シャイネリアの陰に隠れるようにシーラは俯いて耳だけ傾ける。


 グラディアスは既視感を覚えた。いつぞやも似た光景があった。それは二人が長期間、城を抜け出して帰ってきた翌朝の説教をしたあの日と同じ光景だった。

「あー。また僕はやってしまったのか」

「おや、グラッド君、成長したようだね?」

「うっさいシャイニー」

「で、何に気づいたのかね」

「シーラ。ごめん、ちゃんと話をしなきゃね。あれ、なんか違う。ええっと、聞いて欲しい事がある。でもその前に片づけることがあるんだ」

「片付ける?」とシーラは思わず聞き返す。

「そう、まずは目の前の問題を何とかしないと」

 グラディアスは再びシーラの頬を両手で包む。その手から暖かいマナの流れを感じてシーラは心が安らぐのを感じた。

「えと、えと、私、どうすれば」

「じっとしていてくれる?」

 邪魔にならないように少しだけ頷く。目の前のグラディアスの目が金色の燐光を帯びる。

「きれい」と思わず口にしてしまい、慌てて目を閉じた。

「瞬きはいいけど、閉じちゃだめだよ」

「えと、えと、えと」

 シャイネリアは落ち着かせようと繋いだシーラの手を少しだけ握りこむ。


「聞いているんだろ、ニア。いや今の名前は違うのは知っているよ。新しい名前を呼ばれるのを待っているんだね。君を起こす儀式をするけど、もう少しだけ待っててほしい。だけど君と同じくらいの力が襲ってくるから、それに負けないで欲しい。いいかい? また僕ら(・・)でシーラを守るんだよ。じゃ、また後で」

 そう言って締めくくると目から燐光が消える。しかし頬から手を離さないグラディアスにシーラは戸惑いを覚える。

「いつも言葉足らずでごめん。でも言葉なんて邪魔くさいや」

 そう言ってシーラの唇に自分の唇を重ねる。

 シーラは初めての感覚に動揺したが、目を閉じて受け入れた。

「あーやっちゃったわ。誰も見てないところでやってよ、もう」

 そういいつつシャイネリアの目尻から涙が一粒零れ落ちる。グラディアスの抱擁から解放されたシーラはグラディアスの顔を見る事が出来ずにシャイネリアに抱きついた。

「ちょ。相手が違う」

「いいの。シャイニーにも、知って欲しい。私の、嬉しい、気持ち」

 小さく囁くシーラの体は震えていた。

「よかったね」

「うん」

 シーラは俯いて赤面を隠す。これ以上に無いくらい顔が火照っていた。



「で、説明しなさいよ、グラッド。中には何が、ううん、誰がいたの?」

 シャイネリアは衝動的に行動した自分の愚かさを呪いながら悶絶していたグラディアスに救いの手を差し伸べる。

「え? あ、うん。ラフィーナだよ」

「そうなんだ。え?」

「え?」

 シーラも同じ言葉で繋ぎ、シャイネリアと顔を見合わせる。

「どういうこと!?」

「比翼連理様をお呼びしたときの違和感さ。あのときシーラを見つけた時、僕らを見る時と同じ目、懐かしい誰かを見るような目をしていてね。あの時お二人は、まさか、と呟いたんだ。そして眩い、とも言った。シャイニー、精霊が輝くときって」

「そうね、マナを受け取っているとき」

物質世界(マテリアル)に位相転移してるときですら眩しいと言ったんだ。精霊界の体はどれ程の物だろう」

「まさか、未確認のパターン?」

「考えてもみなよ。先王の血を引き継いでるんだよ。おそらくベリアッド様も精霊病(精霊憑き)だった。ご逝去されるまでエーテルの精霊使いの強さで生を長らえてたんだ」

「えっと先王が自らの精霊を引き剥がしてシーラを託したってこと?精霊二体持ち?」

「そこは推論でしかない。でも現実に起こった。フロラルの時に話したけどエーテル使いはバランスが成り立つ上で存在できる。ところがシーラはエーテル体を吸収し始めて体内に巨大なマナ精錬炉ともいうべきものを作り出したんだ。ニアは自身の魔力蓄積(キャパシタ)超えてなお生み出されるマナを処理している。でも時間の問題だ。放っておくと溜め込んでるマナが魔力溶融(メルトダウン)を起こして精霊界まで突き抜けて次元崩壊だ」

「意味わかんない」

「もちろんそこまでは狙ってない。魔力溶融(メルトダウン)寸前で食らうつもりなのさ」

 二人はシーラを見ると頷いた。

「だけど抑えているニアは既に限界だ。早く手を打たないと」

「そうね、マナを開くわ。シーラも」


 シャイネリアは硬直した。顎が開かない。瞼が閉じない。顎の先から汗が落ちていく。ままならない自分の体をどうにもできずに次第に意識が引きずり込まれていく感覚を覚えた。

「シャイニー?」

 シーラが異変に気付き手を引く。

 意識下にない呪文が発動し辺りは暴風に包まれた。雨が額をうち、砂塵が肌を削る。小型の積乱雲が上空に広がり、大きな洞穴の地面を雨水の濁流が走った。

 落雷が幾度となくシャイネリアの周りに落ちる。

「シャイニー、落ち着け!トリガーを踏んだか!」

 シーラはシャイネリアの足元にうずくまっていたが、立ち上がって冷めきった親友の体を抱きしめた。

「シャイニー!シャイニー!」

 シャイネリアは虚ろにシーラを見るがその目には何も写ってはいなかった。

「くそ!マナのコントロールを失っている!」

「どうすればいいの!?」

「儀式を始める。マナが足りないかもしれないがシーラの魔力蓄積(キャパシタ)に頼るしかない。そのまま抱きしめてシャイニーのマナを感じ取る、いいね。それからそのマナを抱き寄せながら儀式を始めるんだ。シャイニーのマナを引き剥がしてほしい」

「出来ないよ!そんな難しい事!」

 グラディアスはシーラの目を覗き込み「大丈夫」と言って微笑む。

「ずるい、です」

 シーラも微笑み返すと自分の心の中を覗き込み、マナを少しづつ凝縮させていく。

「シャイニーを頼む。ルーン、いるんだろ?シーラのガイドを頼む。荒れるから気をつけて」

「あいな」

 ルーンルーンディースは洞穴の天井で警戒していたがグラディアスの呼び声で舞い降りた。シャイネリアの頬を一撫でして「世話の掛かる子」と頬にキスをする。

「我が弟子よ、踊るよ?」

「う、うん」

 ルーンルーンディースは地面に降り立つと、足を踏み鳴らす。軽やかなステップが地面につく度に小さな魔法陣が徐々に大きくなっていった。小さな精霊の笑顔は汗まみれになり、ステップも小さくなっていく。

「さ……てルーン様の、大魔法儀式……陣、あと一踏ん張り!」

 その言葉は雷鳴で掻き消された。シーラの小さな悲鳴はグラディアスの注意を引く。地面に描かれた魔法陣はあと一歩のところで途絶え、中心でルーンルーンディースが倒れていた。

「ルーンちゃん!」

 グラディアスは暴風を抑えようと逆位相の魔法式を展開するためのマナを練り始めている。

「してやられた。シャイニーが解除したトラップに仕込まれてたか。よりによって魔力の奔流(マナ・ストリップ)。この魔力に覚えがあるぞ、王宮で会ったな!」


 グラディアスは岩肌の隙間の闇から這い出てくる男に声を投げる。


「おや、あのときの坊やか。ローグの奴が仕留めたとか言ってたが、詰めの甘い奴だ」

 男は見慣れない異国の出で立ちで綺羅びやかな宝石を織り込んだチュニックと太腿周りの三倍はあるダボついた縦縞の布地のズボンを履いている。褐色の肌は南方諸国を想像させた。

「我が名は」

「聞いてない!早くトラップを解除しろ!」

「だから庶民は嫌いだ。ヨグ・エラヒム、我が名だ。お前たちが最後に聞く名くらい、しっかりと聞いておけよ」


 エラヒムは腰に手を当て、右手を宙に浮かす。


「アスラムの憎まれし蛇の眼は狂気を妊み、憎悪を生み出さん。飛翔する蛇は邪眼を撒き散らすだけでは事足らず、這いずりながら常闇のごとき穢れを吐き出していく。地には黒き死の訪れを。天には赤き飛沫を撒き散らせ。だがそれは前触れにすぎないのだ。ひれ伏せよ。地面を舐めながら死を纏いし清らかなる悪の降臨を喜べ」


 右手から稲光を伴う黒い瘴気が零れ地面を這うように広がっていく。やがてそれはシャイネリアの風に乗って辺りに四散し始めた。


「堕ち狂わん、公太子ギャンビット」



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