第三十五話「絡繰り」
アトラの訪れをもたらすソニックブームの破裂音が開かれた洞穴内に響き渡る。間を置かずシャイネリアの肩にアトラが腰を掛けた。
「そう、二人は無事なのね。一人で神格持ちと一級落としたか。流石、私、弟子の育て方が天才的だわ」
アトラはいつものシャイネリアに苦笑し頬をぺしぺしと叩く。
「今のところはね。あれ、ダーリンどうかしたの?シーラもなんか変な空気」
「あー……ね。きっと準備に忙しいのよ」
「あなたは余裕ね」
「そうでもないわ。あちこちに魔法式トラップがあるのよ。解除に大変。どんだけ準備してたのよ、まったく」
アトラはくすくすと笑うと肩の上で立ち上がる。
「戻るわね」
「アトラ、お願いがあるの」
「分かってるわ。ヴィーも警戒してる。索敵でしょ」
「ありがとう、まさにそれだった」
二人だけのはずがない。罠にしろ待ち伏せにしろ準備がずさんすぎる。慌てて仕込んだ形跡もある。恐らく別働隊と魔道士が一緒に行動し到着に時間が掛かったのだろう。痕跡の多さから最低でも分隊規模、それらは別行動している可能性が高い。
「すんなりとはいかないか。ごめんアトラ、よろしく」
「イエス、マム」と一旦離れたが再び振り返る。
「なんかここ変だわ。精霊が少なすぎる。歌も聞こえないし。なんか、墓場みたい」
「ん。気に留めとく」
アトラの言う通り計算外なのは火の精霊の手助けを見越していたが、恐らく半分にも達していない。ある程度準備を進め、アイリスの雷精霊を使って呼びかけるしかない。風も早いが光と同等の速度を持つ雷の協力なしでは時間がかかりすぎる。
結び目を作るのに二時間程度みていたが、このペースだと後八時間は掛かる。敵の二人が落ちたのは知られているはずだが、応援を呼んだとしても数日掛かるだろう。当面の敵は上陸済みの部隊だけのはずだ。
「グラッド、状況どう見てる?」
「定石ならリレインでエリアコントロール、物理的にスチュロと地上部隊で押し切る、それをしなかった理由はなんでだろう。何故、地上部隊を切り離したかだなあ。もちろん敵二人の火力をあてにしてたってのも考えられるけど。でなければその二人すら足止め、時間稼ぎか。うん、もう一つ。分断、か」
「私達をそのまま行かせてるしね」
「なんにしろ今僕たちを自由にさせてる理由は唯一つ、結び目を作らせること。その先が彼らの最終的な目的だ」
さあ考えろ。結び目で何が出来る?精霊召喚と精霊の帰還、それと幻獣召喚。精霊界への侵入ならローグを使えば結び目なんていらない。空間を食い破ればいいだけ。侵入じゃない、今は意味がない。ここはどこだ?ヴォルケイノの寝床だ。僕らは何をしようとした?ヴォルケイノとニアの顕現を使って干渉波の対消滅。
対消滅、か。
「シャイニー、トラップはあとどれくらい残ってる?」
「んー、四つほど」
「トリガーは物理的?」
「魔法」
「そのトラップ、僕らにじゃない。判断材料が足りないな。シャイニー、リレインの精霊は何だった?」
「驚きよ。蒼穹のクランヴィア」
「フロラルがクランヴィアを倒した?アトラが確認したかい?」
「見てないけど、魔法は確かにクランヴィアだ、って話」
シャイネリアはアトラの情報を伝えるとグラディアスは深い思考から戻る。
「リレインの精霊はクランヴィアじゃない。リレインが使った魔法は空間変性じゃなく、ただの科学だよ。二つ名の通りさ。おそらくリレインの持つ精霊は水精霊の眷属、アズドラル。酸の精霊だ。硫化水素なら簡単に作れる。でもクランヴィアも確かにいる。火の精霊が怯えてここから居なくなっている。何処かで息を潜めて待っているんだ」
「何を?」
「ニアを」
グラディアスはシーラを見た。
「シャイニー、クランヴィアとニアの位階序列はどうなってる?」
「クランヴィアが下よ。ただニアは暫く活動していないし、シーラの話だとマナを受け取っていないから逆転しててもおかしくはないけどね」
「予測される事変が全てつじつまが合わないな。どっかがおかしい」
「なんで?」
「ニアを狙うならクランヴィアがブーストして干渉波をオーバーロードさせニアを分解すればいい。だが彼らは手を出せない」
シーラは顔上げた。理解が追いつかなくて話に割り込むほど呑み込めていないが、直接的な言葉に動悸が早まった。
「ニアちゃん、殺されちゃうの?」
「大丈夫、そうするつもりなら僕らを全力で殺しに掛かってきてる。それをしないのは逆だよ、生かしたいんだ」
シャイネリアは腑に落ちない表情でグラディアスを見た。
「ごめん、オーバーロードさせない理由がわからない。この島を吹き飛ばすどころか位相ズレにいるヴォルケイノにも届く威力だわ。ニアもヴォルケイノも殺せる一石二鳥の案だと思うけど?私ならそうする」
「シャイニー、忘れてるだろ。ヴォルケイノを眠らせているやつの存在を」
「ステイシス!」
「ヴォルケイノに手を出そうとすると皮肉なことにステイシスがそれを阻止する。そう、殺すなら最初から腐朽のステイシスがやればいい。話を原点に戻そう。僕らはニアの存在を隠すために対消滅を行う予定だった。もう非難するつもりはないけどフロラルからの情報漏洩でそれは全て筒抜けになっている。だからこっちが今更、対消滅をやる意味がないんだよ。だからヴォルケイノの線は消える。そして単純にシーラの魂結びの阻止なら僕らを全滅させればいい」
「あー、確かに。だからニアの受肉を待つ?」
「結び目を作らせようとしているからそうだろうね。彼らはまだ誰がニアを持っているか知らない。だから分断して対象を絞るつもりかな」
絞る必要性は予測の範疇でしかない。ニアが目的なら術者は誰だって構わない筈だ。考えられるのは魂の結び直後、受肉中の脆い状態で殺すのが精霊を倒すには一番簡単な方法だ。特に神格クラスだとなおさらに。
「位階って、なに?」
シーラは恐る恐る口を開く。あれから気まずくなってしまい、口を開くタイミングが分からなくなってきている。自分の告白を後悔したが、いまさら後戻りはできない。グラディアスは普段と同じように接してくれているのが尚更シーラには辛かった。
「十二大精霊は個体の表現じゃなくて、精霊のカテゴリで、空の精霊ニア、空の精霊クランヴィア、と同一属性の精霊が存在するのはわかるよね。じゃないと彼らも、その、つまり夫婦となり子供を宿すには同族が必要なんだ。でも子供を成す事が出来るのは位階第一位だけ。選ばれるには序列で最上位でないとだめなんだ。……そうかニアを捕食するつもりなんだ」
「え、食べちゃうの?」
「比喩的な言い方だけどね。正確には同化。受肉後は弱っているから同化すると大抵、精神力が強いほうが支配する」
「ニアちゃん、多分、今、すごく弱ってる」
「そう、だね」
また新たな疑問が湧く。死にかけのニアを同化したところでどれほど力を得られる?
何か引っ掛かる。比翼連理は何と言った?
「あれは眩くてたまらん」
グラディアスはシーラを見た。
「そういう事か。ニアを殺したくないんじゃない。シーラも殺したくないんだ」




