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金の双樹  作者: 宮﨑 夕弦
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第三十四話「かっこよかったよ、フロラル姉さま」


 何故、本来の目標であるシーラ達三人を行かせたのかが引っ掛かる。一対五の不利な状態を避ける為なのは理解できる。だがこの強力な空間変異魔法はエーテルを纏っていない純魔法使いには即効性が高い。不意打ちだと秒で全滅していたはずだ。アイリスが無事なのは僥倖だった。彼女はいつも距離を取ってバックアップに徹する。範囲外にすぐ逃げることが出来たのは、なんらかの手段で脅威を察知したのだろう。


 となれば段々見えてきた。

 組成変性の伝播速度は然程早くない。理由はスチュロと自分の効果発動の時間差。これを見てアイリスは察知したのかもしれない。アイリスとの距離は五十メートル。という事は直径百メートルが領域と考えていい。キロ単位が可能ならここではなく、対軍隊用に百年城へ行かされたはずだ。


 わざわざ姿を見せたのもおかしい。遠距離発動が可能なら姿を見せず死んだことも気付けないうちに終わっていた話だ。

 故に、射程(レンジ)は視認距離という事。目に入る距離よりかなり狭い。詠唱が聞こえなかったのは遅効性発動が可能か、きっかけ(トリガー)が必要なのだろう。真空にして音を遮断していたとも考えられるが、「変性」はしている、だが「消失」は見られない。出来るならそっちの方が手っ取り早く窒息死させてただろう。


「だから錬金術師(アルケミスト)なんですね。納得です」

 フロラルの言葉に返事はない。

「リレイン、あなた罠しか張れないんでしょう。さっきからよく喋るなと思っていたんですよ。いつもスチュロの横でいやらしい顔を浮かべてただけのあなたが。声を使って罠に誘導ってことバレバレです。スチュロが死んだのは打ち合わせ不足だったんですね。私の超速移動に合わせて動きすぎたから、それに合わせて罠を動かせなかった。もしくはトリガーを踏むことが発動条件でしたか?ならば私はただ引けばいい。追ってくるあなたを見つければ、すぐにスチュロの元にご案内申し上げますよ。あ、直接殺したのはあなたですが」

「出来損ないのくせに、知った風な事を!私は十二大精霊の一柱を持つ魔女よ!黙ってた?あなたが口を聞いていい相手ではないわ!」

「日々研鑽よ!ってか魔法の使い方って無限大なの。新しい事見つけるのはすごく楽しい!」

「何が言いたいのかしら」

「我が師がくださった言葉です。これがそうなのですね。いくら神格を授かっても術者が無能なれば脅威ではない。シャイニー、あなたの言う通りです」



「狂おしきファランティアが言うには人間にはおぞましき一面がある。だが私はそれを美徳と捉える。美しいものを愛でるのになんの躊躇いがあろうか。人は傲慢であるべきなのだ。人が人の上に立とうという気概がなければ世の中は止まってしまう、すなわち、それは進化の終わりなのだ」


 怒りに満ちた詠唱が終わると辺りに刺激臭が立ち込める。

「腐卵臭……?」

 フロラルは動きを止め、片膝をつき足元の匂いを嗅ぐ。

「硫黄、ですか?」

「あは。ちょっとだけ当たり。知ってる?硫化水素っていうの。濃度が高くなれば吸うと即死。そして可燃性。今回はうんと濃くしてるから燃えるだけじゃない、爆発よ。おっと動かないで、静電気で爆発するようにも調整してるの。ま、どっちにしろ死ぬのには変わらないからお好きな方を選びなさい」


 フロラルは慌てず右手を上に左手を下に構える。シャイネリアの声を呼び起こし今一度確認する。


「いい? 私たちは詠唱のほかに魔法に則したルーンを描く。もしくは印を切る、つまり空間にルーンを書くことね。それの代わりに「構え」でやってみて。これで「武技」、うーん、違うね? フロラルの場合「魔技」かな。その発動の時間短縮(ショートカット)になると思う。人間って不思議でルーティーンって知ってる?ある動作をするときの癖みたいなものね。体が覚えていることを無意識に引き出せるような感覚。これもフロラル流詠唱術ね。構えと呪文の流れを紐づける。さ、千回くらいやってもらうわ」


 さすがに千回は死ぬかと思ったと苦笑する。

「地を駆ける駿馬は黒き幻、地を穿て!ファントマイズ!」


 フロラルの黒衣が風に靡き始めると共に匂いも薄れ、やがて突風に変化した風に飛ばされ四散したのか刺激臭が消える。

「あーまだまだです、お師様に比べればそよ風」


「あなたなんなのよ……なんなのよ!」

「もうお忘れですか?」

 首元の襟をつかんで匂いを嗅ぐ。「あん、もう!匂い染みついてる」と愚痴り、ある一点を見つめた。

「シーラ・アーネス・ファーングラム二世陛下の、最強で最高にして最愛の筆頭メイドです!」

 フロラルの体が揺らぐ。 

 刹那に移動した先で何もない空間で抜いた刀を突き立てた。悲鳴が上がり肩からの出血を抑えるリレインが空間のノイズの中から姿を現す。

「あなた見えて」最後まで言葉を発することが出来なかったリレインは地面に倒れ痙攣を幾度か繰り返した。

「聞き捨てなりません。最愛はわたしです。フロラル」

 アイリスのその指先はまだ帯電が続いて小さな落雷を地面に落としていた。


「はぁ、疲れちゃった」

 アイリスは流れ落ちる汗を拭おうとしていたフロラルが崩れ落ちるように倒れるところを寸での所で支えた。ゆっくりと地面に寝かせると耳を口に寄せ呼吸音を確かめた。多少荒いものの時間がたてば回復するだろう。今すぐにでも三人を追いかけたいが、フロラルとリレインをこのままには出来ない。リレインの回復は時間かかるだろうが拘束をして置かないと新たな厄介ごとを生みそうだった。

 アイリスはフロラルの顔を汗を拭きとり覗き込む。

「あなたはいつも一生懸命で命懸け。ついて行くの大変。でも」

 アイリスは並ぶように座り、フロラルの顔を見た。

「かっこよかったよ、フロラル姉さま」

 フロラルの寝顔は満足そうに微笑んでいるかのようだった。



 火口に続く道の途中でグラディアスは振り返った。目を細め眼下のまだらに広がる森林の中に置いてきた仲間を探した。会ってまだひと月そこらの二人だったが、この先シーラが必要とする人物には間違いなかった。特にメンタル面では自分にはカバーできない側面もある。シーラも先程から後方を何度も振り返っていた。目が合うたびに泣きそうな顔を見せてくる。

「シーラ、大丈夫よ。アトラが二人についてるから何かあれば知らせが来る。来ないという事は何も起きてないって事。気持ちを静めてないと、上手くいくことも駄目になるから」

 シャイネリアの言葉に小さく頷くとシーラは再び前を向いた。

「追いついてくる二人の為にも、まずは精霊界と結び目を作っておかないと」

「うん。分かってるの。でも、心が落ち着かない。何かが騒いでる、感覚。胸騒ぎ?でもない。なんだろ」

 グラディアスが振り返って立ち止まる。シーラの頬を両手で包むと目を覗き込んだ。

「グラッド、どう?囁きかな?」

 グラディアスの傍に並び脇からシーラの目を覗き込む。

「囁き?」

 グラディアスの手で挟まれ喋り難そうに口を開く。そうでもしないと恥ずかしすぎて赤面を誤魔化せなくなりそうだった。

「どうでもいいけど、グラッド。勢いでキスしないでね。いちゃつくのは後にして」

 我に返ったグラディアスは慌てて手を離した。

「ごごごごめん、シーラに少しマナを流して、中の精霊に話しかけようとしたんだ。べべつにいやらしい意味じゃないんだ!」

 別にいいけど、と小さく呟いて再び歩き出したグラディアスの背中を追いかける。別に怒っているわけでもないが背中を少し叩いてみる。「何?」と歩きながら問いかける言葉に返事をせず、再び背中を叩く。

「な、なんだよ。あー、えっと、ごめん。デリカシーなくて。最近は、その、なんでもない」

「何?グラッド、はっきりしなさいよ。シーラが困ってるじゃない」

「困っては、ないけど。何か言いたいこと、あるなら言って欲しい」


 グラディアスは頬を搔きながら口を開く。

「距離感、が分からなかった。初めて会話したとき、君は怒ってた。あの時、僕にとっては当たり前の事をして当たり前の事を言ってたつもりだった。なのに君は怒ってた。殿下と呼ばないでって。僕にとって君は本当にお姫様だったんだ。そう言われて育ったから、そのうちそれは僕の中で僕になってた。勝手に僕の中の君を君に重ねてたんだって、最近思い始めた。シャイニーは当然だけど、父さんや母さん、ヴァイさん、カナンさん、街のみんなと交流するシーラを見て、えっと、つまり本当の君を見なくちゃいけない、って思い始めたんだ。いまさら失礼な話だよ」


 シーラは近づくと先程のグラディアスのように頬を両手で包み少し力を入れて、頭を下げさせた。

「じゃあ、見て、ください。あなたを好きな、私がいます、から」といって目を覗き込む。

 返事に困っているグラディアスを開放するとシーラは先に進み始めた。シャイネリアは涙をぼろぼろと零すシーラの腕を取り「頑張ったね」と微笑んだ。

 二人の後ろ姿を見ながら、「そんな資格なんて」と呟いて二人を追った。



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