第三十二話「泣き虫フロラルを返せよ」
「リレイン・マーキュリーは水の魔法をよく使うけど、恐らくメインは別属性。性格は最悪。古い魔法ギルドに属する貴族の家筋らしく、傲慢で冷酷。二つ名は錬金術師。最後、スチュロ・バッツは」
フロラルとアイリスは不快感を顕に顔を見合わせる。
「二つ名は検屍官、死体を切り刻む事に喜びを感じる、真正の殺人鬼です。精霊は土の眷属、黒鉄の精霊です。その二人は仲が悪いのですが互いに領分を非難することも踏み入る事もないので良く行動を共にしています。シーラさん、言っておきます。その二人は心を変えることは絶対にありません。それは自分の存在を否定することになるので、変化を与える人間の存在を許しません。だから絶対に心に触れてはいけません。あれらは邪悪の塊です」
シーラは少し震えて頷くが伏目がちになり口を閉じた。グラディアスはフロラルの危惧に同感する。シーラにとって善か邪悪かは問題にしていない、というよりも、そもそも考えることが問題外で命は等しく大切なものだと考えている。本人は意識していないが悪意を見た時、それを自分の中から生じたもの、端的に言うと全部自分のせいだと思い込む。自分のせいで悪意を向けられ、自分のせいで人が死ぬ。
国の王。それは象徴でもあり力でもある。全ての責務を負う、ある意味物質的な意味でも精神的な意味でも盾の存在なのだ。責任を負う。それはきっとシーラを苦しめる。
だから僕らが手に血を染める。光が曇らないように。彼女が綺麗である為に。
シーラを見て想う。彼女はよく泣きもする。が、それは多分、必要なことだと。自身が綺麗である為に。
「フロラル、君の言い方だと此処に来るのはその二人だと思う?」
「間違いなく。簡単な話です。リーチェとユニは人を殺したことがありません。私たちの中で一番強力な力を持っているのに。アイリスも直接的にはありません。雷花に踏み入れて死んだものは居ますが。その他の姉妹は私も含め、命を奪い取ったことのある経験者です。ご覧なりましたよね」
シーラは顔を上げ俯いたフロラルの手を握る。
「後悔してる?」
「シーラさん、あなたは怒るかもしれないけど言い訳はしません。任務だったとか仕方がなかったとか。奪うことに躊躇いはなかったし」
アイリスが首を振って口を開いた。
「それはファラスが悪い!優しいフロラルを、こいつは極悪人だ、とか姉妹を傷つける人物だとか!もっともらしいでっち上げた嘘で、フロラルの良心を利用したの!悪くない!シーラちゃんの時も民衆を扇動し多くの戦災孤児を生み出す張本人だ。お前みたいな子をこの世に生み出す怪物だ!と言って暗殺させようとした。シーラちゃんも気づいたのよ、あんな顔をさせてごめんなさいって、意味わかってた? 人を殺すときにフロラルが苦しそうな顔をしてる事を!」
「今ならわかるの、アイリス。それは良心じゃない。一人になるのが怖かったから。役立たずにいる場所がなくなったら何処に行けばいいの? それだけだったの」
「役立たずって……」
アイリスはフロラルを頬をぶった。
「私があなたをそんな目で見ると思ってたの!? 友達、ううん、本当の姉妹と思ってたのに!」
アイリスは背を向け船室から出ていった。フロラルの手がアイリスの背を追うが、震える手を片方の手で抑える。その手をシーラが握ると頷いた。
「フロラルちゃんは私と一緒。言いたいこと、あるのに全然、言えない私と、一緒。アイリスちゃん怒ってたけど、怒ってない。待ってると思うから早く行ってあげて」
フロラルは頷いてその場を離れアイリスを追った。
シャイネリアは「ファラス」と呟いて拳を壁に叩きつけた。
「あいつなんなの!?シーラ、悪いけどあいつは殺すわよ。初めてあなたの前で使う言葉だけど、これで最後にする。あいつは殺す」
「僕も同意見。感情的な意味もあるけど生かしとくと惨事が増えるだけ。カナンさんの事情も薄々分かってきた。おそらくシエントさんはファラスに殺されてる。自身の手じゃないかもだけど」
「反旗の意味ってそこにあったのか。まあ私だってグラッドが殺されたら国ごと潰すわ」
「物騒だけど、僕も抑える自信がない。この間でも二人を慰み者にするって言われて我を失った」
シーラとシャイネリアはグラディアスを見た。がシーラは「慰み者って?」と聞いてシャイネリアはどう説明したらいいのか言い淀む。
「というか、あんなに怒った理由ってそれだったのね」
グラディアスは苦笑しつつ頷く。
「ねぇ、慰み者って?どんな酷い事されるの?私、我慢できるなら、我慢する。みんなが傷つくくらいなら平気」
「ちょっとグラッド、説明しなさいよ、変なこと想像してないで」
「ばっ!え!?いや、むりむりむりむりむり」
「ちっ、これだから童貞は」
「お前だって!」といいつつシャイネリアと取っ組み合いを始めた。
「あはは、ぷんすかグラッドだ」
シーラが両手で口を塞いで笑う。じゃれ合ってた二人は手を止めた。グラディアスはシーラの手を取り微笑む。
「大丈夫、君が知らなくていい言葉だ。僕たちがそうさせない」
いつの間にか戻ってきたアイリスとフロラルが、グラッドの手を取り幸せそうに微笑むシーラを見て腰が砕けて床に座り込む。言わずがなアイリスは意識を失っていた。二人の最後の言葉は「可愛い」だった。
島に到着した五人は、水夫から荷物を受け取り島に降り立った。
「子供らだけこんな島に置いてくなんて少し気が引ける」
顔に傷だらけの船長の言葉は裏腹にひとつの心配も含まれていなかった。
「うちらの連中もお前さんたちが気に入ったようだ。ほれ」
船長の親指が船を指すと水夫たちは縁に立ったりマストに上り一行を見送っていた。
「フロラル!おまえの飯旨かったぜ!そしてまたリベンジだ!」
と水夫頭の男は拳を突き出す。
「シーラ、おれと結婚してくれえええ」
「グラッド、チェスでは負けまくったが、こんどはポーカーだ!」
各々が笑顔で旅路を共にした青年たちに激励と再会の約束の言葉を送る。やがて離岸した船が小さくなり船員たちが見えなくなるまで一同は腰を下ろして見送った。
今後の為に一行は軽く食事を取り身支度を整える。
フロラルがシーラに向き合い微笑む。
「今からする事、黙って聞いてて。アイリスと話し合って決めたことがあるの」
「う、うん」
フロラルはアイリスと共にシーラの目の前で跪く。
「我が名、フロラル・ブランシェッド」
「我が名、アイリス・レイライン」
フロラルの頷きにアイリスも頷く。
「両名の名はシーラ・アーネス・ファーングラム二世陛下の御許に在り、剣と」
アイリスはフロラルと交互に言葉を紡ぐ。
「魂と」
「御手が為される善政の礎となり」
「国と」
「民と」
「精霊と」
「陛下に御遣い申し上げる所存でございます」
「願わくば我ら二人の手に口づけで意を賜れますことを願います。叶わぬなら首を所望なされよ」
二人は片手を差し上げ首を垂れ首筋をあらわにする。
「嫌です!嫌いとか、じゃなくて。友達なら、もうなってるのに。どうして、こんなこと言うの?」
泣き出しそうなシーラにグラッドが答えた。
「友達は変わらないよ。それに二人は現実世界の王に忠誠を誓ったんじゃない。心たる君に忠誠を誓ったんだ。いまの忠誠の宣誓は精霊語だっただろう」
「あ。で、でも」
「今の二人は精霊の契りの効果で答えをもらうために動けないどころか、息もできない。決意を示すための軽い呪いだよ。早くしないと二人は窒息するんだ」
シーラは慌てて二人の顔を覗き込む。額には玉のような汗が浮かび、頬を伝って地面に落ちる。
「こんなやり方、嫌いです。でも二人は好き!」
シーラは二人の頬にキスをした。
どこからともなく精霊のささやきが聞こえ、地面から光の粒子が沸き立つ。三人の周りを飛び回った光は次第に解けるように消えた。拘束を失った二人は吐き気を催しながら酸素を求めた。シーラは傍に坐って両脇に二人を抱き込む。
「もう、こんなこと、しないで。しなくても、分かってる。二人はとってもやさしいもの!」
「これはけじめ。私は許しを得たい。今までの事、誰かに許されたい。曖昧なものじゃなく、あなたの言葉で。自分勝手でごめんね」
アイリスもゆっくりと口を開く。
「これは知りつつも沈黙を保ち続けた私が許しを得るための誓約。傷ついていた大切な人を見て見ぬふりをしてきた私の贖罪の始まり。これも私の我儘」
シーラは二人を交互に見る。
「二人とも大嫌い!でも大好き!」
二人のメイドは頭を垂れ、同時に口を開いた。
「勿体なきお言葉、うれしゅうございます」
二人が頭を上げると笑い始める。
「もう!あれです!くれーぷの刑です!いっぱい作ってもらいます!」
「残念だけど」
フロラルはここからあまり離れていない森の陰から出てくる人の姿を見た。アイリスも冷たい表情に戻り同じ影を見た。
「あなた達がいつ不意打ちしてくるか待っていたのだけれど?」
相手は二人。辛うじて顔が分かる距離。
流行りの袖のないシャツに短いタイトなスカートを着こなすのはリレイン、医師の衣装を女性風にアレンジした背が低い少女、スチュロ、とアイリスはグラディアス達に説明する。
スチュロは赤髪を搔き上げて自らの頬に爪を立てる。
「フロラルぅ。さみしかったぁ。いろんなトコ、うずいちゃって大変だったの。だって他の奴じゃすぐ死んじゃうんだもの。回復力だけは自慢のフロラルじゃないと満足できないのよ。それなのに。どこに行ってたんだよ、貴様!」
グラディアスは声を出して笑う。
「見たかいシャイニー、あれが典型的な悪党の登場だよ。珍しいからよく見てな」
「グラッド、保護した方がいいの?きもいんだけど」
リレインもくすくすと笑い、揶揄われたスチュロは頭に血が上ったのを隠さなかった。
「おまえら!楽に死ねると思うな!切り刻まれる感触を味わいながら死ね!」
スチュロは刃のルーンを指先で空に描き、詠唱を始める。だが開いた口が驚きに変わる。
「我が当主、アーネス様の御前です。控えおろう、屑が」
スチュロは目の前に突如現れたフロレスの刃を掌で止める。
「へぇ。おまえ、おいしくなってるじゃん」
「貴様に出す食事はないわ。海水でも啜ってなさい」
スチュロは事前に唱えていた硬化魔法に入った亀裂に舌打ちをする。
「なにが変わった?泣き虫フロラルを返せよ」
フロラルは後方に跳躍し刀を鞘に納めた。
「涙は主に預かってもらいました。泣き虫フロラル?今は守るメイドさんです」
右腕は引手。左拳をスチュロに突き出し、軽くひざを曲げて構えた。
「我が編み出し飛拳、桜花幻掌をご賞味くださいませ」




