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金の双樹  作者: 宮﨑 夕弦
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第三十一話「私のために泣いてるの?」+おまけ

 

 渡島に魔法を使うか否かはぎりぎりまで判断に迷った。最終的には予定通り船を使う事となり到着まで残す半日。貴重な時間を失う事に躊躇いもしたが、グラディアスの「間違いなく儀式の妨害はある」の言葉で船上でも瞑想を行い戦闘用のマナを貯め込み万全な状態で臨む事となった。

「ねえ、フロラル、あれ教えて」

 船室でシャイネリアは下着姿のフロラルに声をかける。メイド服から戦闘用に誂えた黒衣の出立ちに着替える最中だった。その戦闘装束はあちこちに暗器が仕込まれ、関節部分には金属繊維が仕込まれているとか。

「あれって、縮地?」

「なに?もしかして門外不出?あれ使えると立ち回りに有利そうだし」

「使える人間が少ないだけで別に秘伝でも何でもないの。いいんだけど、大丈夫かしら」

「この天才魔女に不可能はないわ」

「身体鍛えてる?」

「この天才魔女に体を鍛える必要なんて、え?関係あるの?」

「魔法で動いてるわけじゃないのよ。神経伝達にマナを流し込んで感覚をブーストしているだけだから。甲板に出て。擬似的に腕だけリンクしてあげる」

「ふーん、何だかわからないけどやってみる」

 外に出るとシャイネリアは腕をフロラルの目の前に差し出した。その腕の手首と脇あたりを掴み、フロラルは目を閉じる。

「疾!」

「あだだだだだ」と叫んだあとシャイネリアはしゃがみ込み痛みが走る腕を掲げあげた。

「つまり、これって力技で動いてたの!?」

「飲み込み早いね」

「ちょっと腕出して」

「どうぞ」

「こんな感じ?んー、はっ!」

「おお、出来ちゃうんだ」

「この感覚ね。でもこれ痛みで動けなくなるなあ。あ、だから筋組織を鍛えないとってことなのね。ヴァイの筋肉は飾りじゃなかったてことか」

「そゆこと。だからマナを調整して最初は緩くすればいいと思う。緩急つけすぎると逆につらいけど」

「緩急ね。緩急、か?」

「緩急か?」

 シャイネリアはニヤリと笑うとフロラルに耳打ちをする。フロラルも「できるかも」とニヤリとする。

「シャイニイイイ、フロラルちゃんをメイドから遠ざけないでえええ。くれーぷの新作が遅れるのです」

「あんたはまだ食うか」

「フロラルちゃんの暗殺は成功しました。私はもうフロラルちゃんなしでは生きていけない体に」

「あーわかるー。なんか少しイヤラシイ言い方だけど」

「もうフロラルちゃんは私のお嫁さんです」

「ありがたい申し出ですが遠慮しておきます。あそこでアイリスの殺意が沸き立っているので」

 見ると柱の陰からアイリスがブツブツと何かを呟いている。

「アイリスちゃんもお嫁さんです」

「新しい形の一夫多妻制、いや一婦多妻制ね」

 その言葉を聞いたアイリスは目を開けたまま床に倒れ込む。

「アイリスちゃん!」

「シーラ、言葉に気をつけないと敵に会うまでにアイリスがもたないわ。あと戦闘態勢も禁止ね」

「あれは身を守るためなので仕方がないの」

 アイリスは息を吹き返し「何の話ですか?」と聞き、その目は血走っていた。

「なんかシャイニーには不評なの。これをね、こうやって、これを持って。ほら、強そうでしょ?」

 兜と木の棒(おたま)を装備し、ふん、と眉をしかめ、敵はどこ?ときょろきょろする。何処からか落水する音が聞こえた後で、「誰か海に落ちたぞ!」と水夫の叫び声が上がった。

 三人のアイリスの名を呼び叫ぶ声を聞きながらグラディアスは「緊張感!」と叫んだ。


 甲板に打ち上げられたアイリスの介抱の後、グラディアスの隣でシーラがふう、と一息つき座る。

「楽しそうだね」

 グラディアスは簡易な机の上で何かしらの記録を書きながら言葉を発してから、嫌味に聞こえたか、とシーラを見た。慌てて目を伏せるシーラが「ごめんなさい」と謝る。

「違うんだよ。僕のしたことがシーラをいろいろ苦しめているのは分かってる」

 グラディアスの言葉にシーラは眉をひそめる。

「でも僕はどう償えばいいのか分からないんだ。せめて笑っていられるように、と思うけど、僕はいつも怒ってばっかりで何をどうすればいいのか分からない。謝り方、なんて本には書いていない。笑わせる、なんて僕にはできない。だから君が笑っているのを見ると、少しづつ許されているのかなって思うんだ」

「本気で言ってるの?」

「あ、いや。ごめん。気に障ったら、ごめん」

 本気で怒っているシーラの表情をみてグラディアスは発した言葉を後悔した。

「私が、今、笑っているのはグラッドのおかげ、なの。誰が何と言おうと、グラッドがくれた、もの。悔しくて、流した涙も、嬉しくて落とした涙も、みんな、全部、グラッドがくれたの!」

 シーラの言葉が途切れ途切れなのは緊張の現れと感情の高ぶりのせい。無意識にシーラの頬に手を添えた。我に返り手を放そうとするとシーラの指がグラディアスの頬の傷をなぞる。

「今度は、私がグラッドを笑わせる番、なのです。おこりんぼさん、ですから」

 グラディアスはくすりと笑い「なんだよそれ」とシーラの頬を軽くつまむ。シーラはその手の温もりを感じ微笑んだ。

「あれ、キスじゃなかった」

「へたれ兄貴め」

「殺そう」

 柱の陰から覗き込む三人にグラディアスは顔を赤らめて怒り出す。そうでもしないと赤面の理由が作れなかった。



「その二人は分かった、あとはスチュロ、リレイン、ユニという子だね」

 フロゼッタ・フロウが使役する熱の精霊ステイシス。フィールスを眠らせている最重要人物。

 リーチェ・レイライン、地の精霊ディノゲノス使役する重力の使い手。

「ユニ・グロスロッドはちょっと特殊で言霊の精霊使いです」

「厄介な。歴史上でも数名しか存在しないのに」

 グラディアスは顎をつまみ思考に耽る。

「言霊精霊って?」

 シーラの問いにシャイネリアが兄の代わりに口を開く。

「言霊はエーテルの眷属、ってその前に、五大元素の説明はいいよね。その他にはグラッドの光、ローグは魂の精霊、アストラルとも呼ばれるわ。火の精霊と混同しやすい熱の精霊。地の精霊の子である月の精霊、病魔の精霊、水精霊の妹にあたる森、ちなみに土精霊も兄妹ね。その病魔に昔から敵対するエーテルの精霊、合わせて十二大精霊ね。因みにフロラルは言霊より希少なエーテルの精霊使いよ」

「え」

「えっ、て。まさか気づいてなかったの??」

 フロラルは暫く自分が涙を流していることに気付けなかった。他の四人が心配そうに見る表情でようやく気付き、俯いて落涙を受け止める手の甲を見て、下唇を噛んで何かに耐えた。アイリスが並んで座ると肩に額をつけて泣き続ける。四人はフロラルを囲み、シーラはもらい泣きをしている。

 暫しの間、フロラルがアイリスの膝の上で泣き疲れて眠るのを優しげに見守った。

「精霊と会話が出来なかったフロラルは、お前は出来損ない、落ちこぼれって毎日ファラスや他の姉妹から腫れ物扱いだった。素養はあるのに会話できないのは、お前がやましい人間だからだとか、精霊の憎まれっ子とかも言われてたけど、それでも自分に出来る事を一生懸命なところが可愛くってよく絡んでた。リーチェとフロラル、私たち三人は仲がいいんです」

「師ってファラスだね」

 グラディアスはフロラルを見つめて言った。認めて貰えない悔しさ、苦しさ、なにより、自分の不甲斐なさ。魔法を司る者が必ず通る道だ。

「そう」と、呟いたフロラルはまだアイリスの膝の上で起き上がれずにいた。

 


「エーテルの精霊使いが圧倒的に少ないのは人と精霊との双子じゃないと存在できないからなんだ。人間を包括するエーテル体は人との結びつきが物理的に強い。肉体的活性エネルギーと言うべきかな。ここを鍛えればとんでもない運動能力を持つことができる。もう僕らはそれを見ているからどれほどのものか知ってしまった。魔法使い(マジックキャスター)の恐るべき天敵だよ。つまり僕らはマナでエネルギーを生み出す、フロラルはエーテルでエネルギーを生み出す。元は違うけど原理は全く一緒だ」


「精霊病で死なないの?」とシーラは不安になって話を遮った。グラディアスは頷くと話を続ける。

「シーラは特殊な形だけどもう二つ珍しい形がある。一つは人が精霊を飲み込む形。これは仮定の話で確認はされていない。もう一つは需要と供給が均衡している場合。特にエーテルの精霊の持ち主としてマナの量が多いと好まれる傾向にある。その奇跡的なバランスを保てれば共存出来るんだ。マナは消費されるのではなく、エーテルとの混合エネルギー循環が主になるから」

「よかったあ」と言ってシーラはフロラルに覆いかぶさり泣き出した。頬に落ちてくる涙に触れ、その冷たさが心地よかった。

「私のために泣いてるの?」

「当たり前、です」

「何で?人の為に?」

「もう!だから当たり前、です。友達ですよ?それにくれーぷ食べたい。フロラルちゃん以外のはもう食べれないの」

 フロラルは仰向けになり覗き込むシーラの目尻の涙を親指で拭う。

「仕方ありませんね。一生作ってあげる」

「まるでプロポーズね」

 シャイネリアはニヤニヤしながらフロラルの手を引き上半身を起こす。

「それにしても分からない。何故ファラスはその事を教えなかったんだ?ああ、大事なことがもう一つ。フロラル、君が会話できないのは当然なんだ。なんせ君自身が精霊なんだから」

「え?」

「今日二度目の、え、が来たわ」

「私が精霊?」

「言っただろう?物理的に結びつきが強いって。合わせて(・・・・)エーテルの精霊使いなんだ。出来損ない?とんでもない、君は千年に一度あるかどうか、それくらいの奇跡だよ」


 フロラルはどう受け止めていいのか理解が追いつかない。自分が暗殺者として送り出されたのは間違いなく敵に対しての試金石の役目だった。小さい頃からファラスに育てられたが会話ができないと知られてから、汚物を見るような視線に変わった。でも養女として育てられた恩に報いる為にやらねば、成し遂げればまた娘として見てくれるかもしれない、とも思った。

 違う。父は、いや、あの男は最初から道具としか見ていなかったのだ。今なら事あるごとにファラスに逆らっていたリーチェを理解できる。愛情に見せかけた嘘の塊。私たちにはそれが必要だと知っていた癖に。

 体が熱くなる。怒りに満ちた表情から涙が零れ落ちる。

「私はなんて愚かに踊っていたんでしょうね」

「フロラルちゃん」

「あの男から貰っていたものが全部、嘘だったなんて」

「フロラルちゃん!」

「ごめんなさい。なに?」

 フロラルはシーラに突然に頭を抱かれ、柔らかい胸が頬に当たる。段々と体の熱が奪われていく感覚が心地よかった。

「ありがとう、です」

「ありがとう?」

「いつもおいしいご飯、ありがとう、です。いつも髪を梳いてもらってありがとう、です。友達になってくれて、ありがとう、です。もしかしたらこの時代で会えなかったのに、会いに来てくれて、ありがとう」

 力強く抱きしめられたフロラルは涙を堪えた。今この時に泣くのは違う。

「あなたは本当に馬鹿です」

 笑ってシーラの抱擁に抱かれた。








閑話休題(おまけ)


「最後、アイリスだろ!殺すとか物騒なこと言ったのは!」

「シャイニー、あれがイライラしたグラディアス、イラディアスなのですね」

「違うわ、アイリス。おこりんぼのグラディアス、おこディアスよ。上位種だから気を付けなさい」

「わかった」

 グラディアスは何も言わず立ち上がり、両手を胸の前に上げる。


「邪なる怠惰よ、虚ろなる傲慢よ、狂おしき強欲よ、底深きぼうしょぐぼはあああああ」

「グラッドも可愛い!」

 甲板を滑るように吹き飛んだグラディアスは息も絶え絶えに「何が起きた」と呟くと意識が飛んだ。

「シャイニーさん解説をお願いします」

「わかったわ、フロラル、殺戮呪文「七つの大罪」を止めたのはシーラの必殺技、シーラタックル(物理)よ。効果は詠唱キャンセル、吐き気、眩暈、食欲不振、肌荒れ、その他もろもろ。恐るべきはノーモーションからの発動。マナなしの縮地。あなたでも回避不可よ」

「恐ろしい」

「私にもしてほしい」

「今の言葉は誰なのかは聞かないわ。取り敢えずグラッドを船室に。ほらシーラ、幸せそうにグラッドに抱きついてないで運んじゃって」

「ち、違うの、ついなの!」

「つい、で兄を亡き者にするとは恐ろしい子」

 


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