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金の双樹  作者: 宮﨑 夕弦
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第三十話「うん?これ本物だぞ」


「攻城だけ、とシンプルに考えるのなら私だったら二十万は用意します。理由は師匠の存在と伯、そしてこの都市の恐ろしいまでの防衛構想ですよ。街中まで計算尽くされている。受けるに容易く、攻めるに難い。でもなぜか文献にはこの事が書かれていない。ということは近年に構築されたものだと考えました。必要以上にでかい穀物庫や武器庫、これで長期間、しかも大軍に備えたこのデザインがバシュタットを想定するには些か、いや大仰すぎるな、と。これで確信しました。殿下の存在は真実であることもね。お二人は本気で反旗を上げるのでしょ?」


 カナンは少しだけ間を置いて、そうだと答える。この青年は街を見て国を知る。

 アズライア、おまえはとんでもない逸材を手放したなと胸中で苦笑した。

 

 だがこの城塞都市の堅牢さは兄の業績の賜物だ。

 

 もとより長年バシュタットと諍いが絶えないこの地が育てたのは人々の気風だけではない。建築様式も独特な進化を遂げている。伝統と近代の複合建築技術はカノンの被害による倒壊を最小限に留め、密集住宅は基本禁止され延焼も考慮されている。

 一見変哲もない通り道にもブロックで舗装された一部の道は引き抜けるブロックが点在しており道を知らない騎馬が走り抜けようとすると穴が開いた箇所に足を取られ落馬を避ける事が出来ない。侵入者にとって敵は兵士だけではない。落馬した騎士に向けて家屋の二階から致命的な落下物が降り注ぐ。戦時には避難してきた近辺住民が官民一体型の防衛体制を取るグランべリア唯一の城塞都市だった。




 兄シエントは寂しそうな顔で「私は狂った領主だ」と自分を卑下していた。

「守るべき民をも巻き込む構想だ」

「でも兄上?それで多くの民を守れるなら仕方がない事では?みんな兄上を慕ってますし」

「ああ、そこに付け込んでいるんだよ」

「嫌なら嫌と選ぶ選択はあるんです。彼らがそれを選んだだけです。気に入らなければ出ていけばいい」

 齢十五、成人したリデアは腕を組んで「当然の義務です」と頷く。

「お前は達観しすぎだよ。割り切るのも大事だがあまり紙上の数だけを見るんじゃない。いいか、皆の顔を見て会話を心掛けるんだよ。嫌われても好かれても。領主はただ守ればいい、というわけではないのだから」

「そんなものですかね。結果が同じなら楽な方を選びます」

 シエントは苦笑いをして妹の頭を撫でる。

「や、やめてください、リデアはもう大人です。兄上の留守を立派に守る騎士になるのです。こんなことされたら騎士としての威厳が。まぁその、たまにはいいんですけれども」

「そうか。次帰って来た時のお前の成長を楽しみしてるよ」



 日差しに照らされ眩しいくらいの笑顔を見せて王都に戻ってから半年後、再会した兄の姿は口もきけない状態の痩せ細った姿だった。

 目は虚ろに、ひび割れた唇は微かに開かれ時折なにか喋ろうとしている。


「だれが兄を」

 リデアの目はやつれた兄の手を見ていた。フィールスは妹弟子にどこまで話すか考えあぐねたが、今言わなくても結局自分で探り始めるだろう。危険な道のりを歩かせない為にも全てを話しておいた方がいいと判断する。

「おそらくファラスだ。私の目の届かないところで誰かを雇ってそいつが微量な毒を食事に混ぜていたらしい」

「そいつは?」

「元老院の誰かだ。私は今、ベリアッドの頼み事で儀式に入っている。当分会えないだろう。リデア、いやカナン・ハザン、早まるなよ。兄から受け継いだ名と精霊を汚すな。お前の魔法は美しい。奴らにはもったいないが、近いうちに力を振るう時が来る。私が奴らをあぶりだすまで耐えてくれ。今回は復讐するな、とはいわん。ただ時を待つんだ」

「お師様を殺し、兄上まで……。それでも待てと!腑抜けましたか、灰燼主(アッシュ・ロード)フィールス!」

 リデアの叫びが城内に木霊する。


「花よ、花よ、聞いておくれ。水面に映る月と揺れながら舞い踊れ。

 風よ、風よ、静かに安らかに、汗ばむ体から熱を奪っておくれ。

 夢よ、夢よ、抱いておくれ。身体切り裂く苦痛から、どうか遠ざけてくれないだろうか」


 シエントが眠るベッドの下から無数の蔦が延び覆いかぶさっていく。


 花が一つ咲き、また一つ。

 花が増えるたびシエントの表情が和らいでいった。


「兄上ぇ」

 カナンは泣き崩れ、蔦に隠れた兄の手を取った。

「私は騎士として、魔導士として大きくなりました!もう、兄上のお手伝いを立派に勤められるんです。また褒めて欲し、かったんです。この手でまた、兄上……」

 

 フィールスはカナンの背を撫でてから、立ち上がった。

「カナン、ファラスだけじゃない。関わったすべての者を灰で出来た像に変えよう。だが今じゃない。今の私は無関係な者まで焼き尽くす」

 カナンは立ち去るフィールスの背を見る。髪が風になびき熱を持ち始める。あふれ出た涙を拭うようにその熱風がさらう。フィールスが歩いた足跡を残すように絨毯が燃え、体から火の粉が立ち上っていた。


 翌日、カナンは兄に似るように出で立ちを変え顔は包帯を巻き、魔法道具で声を変える。

 そしてベッドの上でシエントを演じ始めた。



 「騎士と兵士の練度も違う。剣より鍬を持つ時間が長い屯田兵、ママに下着と鎧を着せてもらわないと一人じゃ何もできない騎士見習い(お坊っちゃん)。戦闘経験があるのはアズライア軍だけ、ですが」

 リンケットは初めて目を伏せ拳で口元を隠す。

「気になるのは発令所に配属された二人の女性ですね。名前は知りませんがファラス公爵の娘たちとか」

 

 ヴァイケルはカナンと視線を交わす。

「背格好は 見たか?」

「いえ、遠目でしたし、かなり後からの合流でしたから噂も立つ暇はなく」

 カナンは颯爽と立ち上がり侍女からコートを受け取った。

「ヴァイケル、あとは頼む」と言い終わらぬうちに退室する。リンケットの連れたちは居心地の悪さにお互いの顔見合わせる。ヴァイケルは彼らの前に立つと、剣の柄を掴み音を鳴らす。

「持ち帰る言葉はお分かりだろうか」

「リンケットめの裏切りと、此度は戦闘の意思がおありだとお伝えすればよろしいかな」

 精一杯の虚勢を張り取り繕ってはいるが、気品のある布地で止まらぬ冷や汗を何度も拭きとる。

「少し足らぬようですな。このヴァイケルが、先王の忘れ形見の剣を携えてお相手すると付け加えてくれると有り難い」

 使者はぎょっとしヴァイケルの腰に視線を落とす。二十年前に失われた国宝と聞いてはいるが実在は既に諦められていたはずの物だった。故に使者のだれもが記憶に無く真偽を確かめる手段はない。

「お疑いか?ならば検めやすいように抜剣致すが?」

「いいいや、結構だ。キオエム伯がそんな虚言を言うはずがない。しんじゅちゅ、あああ、真実なのだろう。では我らは大事にゃ、大事な伝言をお伝えしなければならないので失礼させていただく」

 いそいそと振り返り立ち去ろうとする使者にヴァイケルは「おい」と声を掛ける。一人の使者が腰を抜かし同僚の腕に捕まりながら振り返った。

「ひゃ、はい、いや、如何なされた」

「忘れものだ」と言うと何やら書類が入った鞄を放り投げた。恐らく調印式のための書類か何かだろうが別に丁寧に扱う気もなかった。

「か、かたじけない。では本当に失礼する」と鞄を慌てて拾い、腰砕けな同僚を支えながら一団は姿を消した。


 リンケットは一団の姿が見えなくなると堪えていた笑いを我慢できなくなった。

「師匠、脅しすぎですよ。剣を持っていなくても恐怖の対象なのに」

「うん?これ本物だぞ」

「え?マジで?」

「観るか?」

「まじかぁ。では後でゆっくりと。アークト伯はどちらに?」

 ヴァイケルは腕を組み、うむぅ、と唸り始めた。

「何かまずい事でも?」

 弟子の顔を片目で見る。

「お前、信じられないものを信じるにはどの程度の説明がいる?」

「言ってることが分かりません。あれ?私はそんなに空気読めない人間に見えますかね?」

「いやな、空気とかそんなレベルじゃないな?」

「ますます分かりませんが。大体、師匠昔から説明下手ですし」

「その言葉にはちょっとショックだな。優秀な師のつもりだったのに」

「……ついてこれたのは私だけだったじゃないですか。まぁ一番信じられない存在が師匠なんで大概なことでも受け入れやすい方だと思いますよ」

「バケモノみたく言うな」

「え?」

「うん?」

「自覚がなかったんですか?」

「本物のバケモノの下で育ったんだぞ。そして今もバケモノ揃いの真っ只中だ。俺はまだまだ弱い」

「師匠にいったい何が起きたんですか。確かに先王の話を聞くとそういうものなんですかね。というか他にも師匠を超えるバケモノがいるってことですか?確かにアグロット様も化け物地味てますが」

「そういうレベルじゃない。おれは狼と言われてるが、実はせいぜい吠える事が出来るようになった子犬ってことだ」

「さらに分かり難さが上昇しました」

「まぁそうだな。敵さん攻めてきたら理解する。これだけは言っとく。今までの世界は忘れろ」

「師匠、もう言ってることが哲学者レベルになりましたね。ついていけません」

「目にすれば分かる。俺もそうだったからな。さぁお前も身支度しろ。長い戦いになる。或いは一瞬だ」

 リンケットは口を開きかけたが、息を漏らして諦める。本当に師匠は分かりにくいと愚痴ると頭を叩かれた。


 数時間後、街中の鐘楼から鐘が鳴り始めた。人々は二階に篭り、一階からの進入を阻む為の分厚い扉を閉める。扉の中ほどには槍を通す穴があり、震える手を押さえながらその穴を見つめたまま何もできずにいる者。意気揚々と磨き上げたスピアを通し待ち構える者。人それぞれではあったが結局の所、個人の意思は無関係に戦いは始まった。


 アークト城包囲戦、初手はアズライアの銃士隊からだった。


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