第二十九話「ああ、俺の弟子だ」
「退屈そうだな」
カナンはカウチで足を投げ出して寝そべるヴァイケルに苦笑する。
「騎士ってなんだろうな」
ポットにお湯を入れる手を止めてヴァイケルに見る。見たところ本気で言ってるわけでもなくただの戯言なのだろうが珍しく盟友の、心ここにあらずな状態を見てカップをもう一組用意する。
「なんだ突然に」
「お前も覚えているだろうか。先王が玉座からお立ちになられ我々騎士たちに威光を示されるとき、少年のように心が躍ったものだ。命なんて惜しくはない、俺の血が流れてもそれが礎となるならば些細の事だ、と考えていた。それが騎士が騎士たる存在理由だとな」
サイドテーブルにヴァイケルに煎れた芳茶に、はちみつを入れてカップを差し出した。ヴァイケルは礼を言うと座り直しカナンと向き合う。
「最近、シーラを姫と呼んでいるな」
「つい、な。嫌がられているかと思ったが存外に受け入れてくれたものだから甘えさせてもらっている」
「甘えてるのはシーラの方だろうに。あんまり甘やかすとシャイネリアが拗ねるぞ」
「うん?なんでだ」
カナンは苦笑して話題を変える。
「双子の正体がばれているらしい。メイド二人はやはり密偵、しかもファラス直属のようだな」
「今更驚かん。フロラル、あれは天性の騎士だ。俺を超えかねん。そんな奴がただのメイドとは思わなかったしな」
「知ってて同行に反対しなかったのか?」
「それを言うなら、カナン、お前もじゃないか」
二人は苦笑で相手に意を伝える。
「姫がなんとかするさ。最初はベリアッド様の娘としか見ていなかった。今は、そう」とヴァイケルは顔をしかめながら微笑む。
「シーラはいつも想像を超える。双子が幼い頃から見守ってたらしいが、今は理由が分かる。そうせざるを得ない、いや、そうしたくなるのだ。まるでそれは……」
ヴァイケルは口を閉じると困った顔で首を振る。
「そうだな。ベリアッド様に生き写しだ」
「ああ。しかし、どうにも諸侯貴族にそれが伝わらないのがもどかしい。とはいえ今更シーラを王にとは考えてはいないが、もう周りが放ってはくれんだろう。ファラスが貴族によからぬ吹聴をせぬうちに気構えだけは見せておかないといけない。シーラになんて説明すればよいのやら」
カナンは茶を吹き出しそうになる。
「ヴァイケル、おまえはもうすっかりシーラの親気取りだな。いや嫌味じゃない、後見人とか言ってたしな。だが最初の頃の、シーラは女王だ、皆、ひれ伏せよ! よりは全然ましだ」
「親、ねぇ。子を持つとはこういう感じなのか」
「親ばかだな。私にもわからんが。まあ子を作ればいいじゃないか。魔法使いが嫁ならば優れた魔法騎士になりそうだ」
「馬の交配みたく言うなよ」
「珍しい話でもあるまい」
「そうだな。フロラルや俺より強い騎士か」
「……本気にするな。ま、星を見たところ、その子は将来」
「お、おい。おまえの星見は洒落にならん。当たるからな。楽しみを奪うなよ」
「ほう」
「なんだ」
「やっと狼も守るべき家族を作る気になったのだな。心当たりがあるが紹介するか?」
「はん! 物好きな女だな。今はいい。外が騒がしくなってきた」
「ああ、もてなすにはカップも皿も足らぬ」
ドアが叩かれると返事も待たずに開かれ、三名の武装した騎士が部屋に入る。
一人の騎士が息を切らしながら口を開いた。
「伯、急を要するため失礼を! アズライアの使者が来られ、伯と面会を申し出ています」
シャイネリアが予見した通りの展開に慌てることもなかったが、やはり避けたい戦いではあった。反旗を翻すつもりではあったが、そこで失う命は未来に繋がるはずだ。だが今回の戦いは何も生み出さない。ただファラスが脅威となる人物を消したいが為の、謂わば極めて「個人的」な戦いだった。
「ファラスは来ていないんだな」
「はい。アズライア侯とリンダス家のネフィル男爵の旗は確認したようです」
当然と言えば当然。シーラの王権復活という大義名分は得たが、同時に日和見のアークト伯を演じるのは終わったようだと覚悟を決める。
「会おう。蛍火の間に通せ。ヴァイケル伯爵、誰が相手なのか知らしめる為の挨拶を頼めるか?」
ヴァイケルはにやりと笑う。
「幽鬼との噂のアークト伯だけじゃ相手の使者も死者か生者か判断に悩むだろう。おお、俺が手に取ってお前をエスコートすれば、少しは謀れるかな」
「ご免こうむる。私は可愛いものしか好かん」
「ああ、シーラは可愛いな」
「ううん?シャイネリアもああ見えて可愛いぞ?」
「あれはいつも俺を叩いてくる。何の恨みがあるのかしらんが」
「可愛いではないか」
「まあ、あと十年もすればいい女になるかもしれないがな」
「いや、あと三……何でもない。さあ行くぞ、あんまり待たせると飲ませる茶が勿体ない」
「アズライアの使者なら、おそらくルバイヤートの小僧だろう。俺の顔を見て粗相をしなければいいが」
「顔見知りか?」
「ああ、俺の弟子だ」
カナンはくすりと笑う。
「気の毒に」
「まったくだ」
二人は騎士たる正装の身支度の為に使者は適当に待たせておくようにと伝える。騎士同士が顔を見合わせ、適当の程度を図りかね、頭を悩ましながら退室していった。
「ファミリアを帯剣するぞ」
「ああ、見せつけてやれ」
二人は戦闘用ではなく儀礼的な甲冑を装着するために部屋を後にする。支度にたっぷりと時間を掛け使者が苛ついてるのではないかと思いもしたが、ヴァイケルの想像通りリンケット・ルバイヤートは蛍火の間で侍女たちに囲まれて歓談を楽しんでいた。ブラウンのくせっけのある巻き毛が特徴的な青年はにこやかに挨拶をする。
「お初にお目に掛かります、リンケット・ルバイヤートで御座います。アークト伯にお目に掛かれて……あーやっぱり噂は本当なのですね、師匠」
「無礼だぞ、伯に挨拶を済ませてからだ」
狼の意匠を胸当てに施した甲冑は傷ひとつもなく窓の差し込む光に反射し文字通り威光を発していた。リンケットの連れ四人は唾を飲み込み、生ける伝説にどう対処すべきか悩んでいたが、いざ目の前にとなるとリンケットの両脇に一歩下がって屹立した。ヴァイケルの背後から姿を現したカナンは椅子に座り足を組む。
「挨拶はいらんよ。やるんだろ?」
カナンは意地悪い貴族を演じ男声で威圧する。リンケットは大げさに肩をすくめお手上げだと言わんばかりに降参のポーズをとる。
「なんか聞いたイメージとは全然違いますね。病弱の青白い小僧と、ああ、アズライア様が言ったんですよ?私じゃなくて。本気ですか?此方は七万の兵が包囲しつつあるんですよ。伯が大人しくテーブルに着くのなら情状酌量もあると申しております。ここは一つ、兜と剣を置かれては」
「貴公はこの城が何と呼ばれているか存じておるか?」
「もちろん。百年城、不可侵の聖域、血を喰らう絶対領域等々。バシュタットとの戦の話は既に何冊も本になってますので読ませて頂いてます」
「ふん。なら話は早い、バシュタットが喜ぶだけだ。大人しく帰るが良い」
「いやだなぁ。出来ないから来ちゃったんじゃないですか」
カナンはこの青年の物怖じしない態度は鼻にかかるが、嫌いではなかった。度胸があるだけじゃない。こいつは強いなとそう目踏みする。ヴァイケルの徒弟なら当たり前なのだろう。これはヴァイケルが居なかったらやられたのは自分かもしれないと苦笑する。
「まあ、話は終わりだ。アズライア侯に殿下はお許しくださるから、玉座の掃除を済ませてさっさと挨拶に来いと伝えてくれ。殿下は可愛いから貴公も気が変わるとな」
「その話、本当なのですか?先王のお子がいらっしゃるという噂は」
「頭のいい貴公ならわかるだろう。ファラスのこの愚行の意味を」
「そりゃあ、ね。一度殿下にお会いしたいものです」
「馬鹿を言え、なんでテーブルの上に殿下の首を盛るようなことしなければならないのか」
「とんでもない。師匠の前で柄に小指でも掛けようものなら転がるのは私の首ですよ。それに自分はもう向こうには帰りませんし」
驚いたのは同行者で、気は確かか、などと心配する言葉の影では生きて出られるのかと我が身を案じ始めた。
「そういうやつだ、お前は」
ヴァイケルは表情を緩め、同行して来た騎士に「案ずるな」と言葉を掛ける。
「師匠だけ愉しもうなんてずるいですよ」
「人聞きの悪い。劣勢を愉しむほど狂ってはいない」
「劣勢じゃないっしょ。取り敢えず羊飼いと牧羊犬の一部を連れてきています。流石に全部は無理でしたが、表で待たせてますよ。アズライアの爺さん、途中で裏切られるより最初から尻尾を切ったようですね。連れてけと言われました」
カナンは成り行きを見ていたが椅子から身を乗り出してリンケットを指さした。
「貴公は端から離反するつもりだったのか?」
「まさか! 何も情報が無いうちから判断はしません」
「答えをもらおうか」
「先ずは攻城戦を仕掛けるに七万じゃ足りない」
青年は人差し指を鼻頭に当てる。
カナンはいちいち鼻につく青年の行動がだんだんと好きになってきた。こいつはアズライアに嫌われているせいで閑職につかされているに違いない。アズライアは元より交渉事を行わない。その為、外交能力を重きに思えないのは生粋の武人体質のせいだ。
「続けろ」
将来、双子と並ぶだろうこの青年の言葉をカナンとヴァイケルは待つ。




