表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
金の双樹  作者: 宮﨑 夕弦
28/57

第二十八話「平和的解決ってやつだ」

 王都は家屋と街路に花々が鮮やかな彩りを添え、グランベリアの栄華と清廉さを際立たせていた。生活する人々はそれが見せかけで、何の憩いも安らぎももたらさなくても日々街の景観向上に勤しみ、それが行政指導に依るものだとしても無いよりまし、と言って受け入れていた。


「綺麗だけどさあ。嘘臭くて嫌いだな、ボクは」

 リーチェはお気に入りの色んなフルーツにチョコレートがトッピングされたカップ入のデザートを頬張りながら、付き従う年下のユニから新たなカップを要求した。

 黒髪を編み上げサイドに纏めて後ろ髪と一緒に垂らし、姉とは異色の黒紐で飾り付ける。

「いいんじゃないですか?この国にぴったりで」

「いいますねぇ、ユニちゃんは。うちらも偽物家族だしね」

「お姉様はどっちにしろ気にしてないじゃないですか。うん?ちょっとどんだけ食べるんですか。大体大食いのくせになんでそんなスタイルいいんですか」

 手のひらを差し出し人差し指をくいくいっと曲げて要求するリーチェにため息をつく。

「ユニのぽっちゃりも可愛らしいけどね」

「お姉様に付き合ってたらこうなったんです! 育ち盛りの少女に酷い仕打ちです!」

 うははと笑い、イチゴを一つ口に放り込むとフォークを咥えながら遠くを見る。小柄なユニは姉を見上げると、心配ですか、と声をかける。

「アイリスは大丈夫。フロラルも付いてるし。命の心配はいらないよ。命はね。なんかあったら城ごと全部潰しちゃうし。ボクも本契約するかなあ。文字通りペッチャンコにするんだけどなあ。バシュタットとかうざいし」

「本気だから怖い」

「でも例のやつ、強いらしい」

「炎帝ならフロウ姉様が抑えてますよ?」

 精霊ステイシスの能力に疑いはない。かれこれ二十年間近くヴォルケイノを眠らせているし、これからもフロゼッタが死なない限り続くだろう。


「ローグの奴が逃した奴だよ」

 神速の白狼、雷鳴の呼び声、と数多の二つ名を持つ件の精霊。

 光精霊ロータス。

「多分ロータスだよねぇ。んー!よし!」

「あーその顔は碌でも無い事を思いついた顔ですぅ」

「嫁に行こう」

「な!敵ですよ?」

「乙女の勘だ」

「乙女はそんなこと言わないし、女性ならまだしも、おっさんだったらどうするんですか。どう見ても歴戦臭いんですが? で、理由は?」

「敵の最強でも男ならボクの裸で落ちないわけがない。おっさんならなおさらじゃない?平和的解決ってやつだ」

「どっからそんな自信が。エロで(平和的)解決って頭悪すぎです」

「ユニはたまに酷いこと言うなあ」

「なんで神様はお姉様の魔力だけに力入れちゃったんですかねぇ」

「たまにじゃない、いつもだった」

「さあお父様のところに行きますよ。呼び出しでしょ」


 リーチェは立ち止まりユニを睨んだ。先程の軽口も笑顔も消え失せ、ただ双眸だけが暗く揺らぐ。

「あいつをそう呼ぶな。ボクらを駒みたいに使うやつだ。弱い癖に、ごみのくせに、いつか身体だけミリ単位で擂り潰してリーザの首を締めた苦しさを理解できるように彼奴が自分自身の背中を見れるくらい首を捩じってやる」

 周囲は微振動と共に音を立て、道端の小石は飛び跳ねて行き場所を求める。

 ユニは青ざめ、気を逸らす言葉を探す。はたと思い出し慌てて口にした。

「多分、私達はアイリス姉様に会えますよ?アルタイル島に行くってフロラル姉様から連絡があったので」

 リーチェは握りしめていた両の手を開くと「そっか」と呟き歩き始めた。リーチェを追うように周囲の家屋が音を立てて崩れ、砂埃を巻き上げる。


 歩きながら背後に起こっている破壊音を耳にしながらユニは姉の魔法力に恐怖を覚える。


 無詠唱は効果を期待しなければ自分でも出来なくはない。そもそも詠唱は魔法に方向性を持たせるための指針みたいなものだ。効果、規模、方向性、効果時間、場所、あらゆる要素が詠唱に使われる「言葉」の符号と合わさって精霊が理解し物理的かつエネルギー的に変換、変質、或いは置換される。

 その複雑な方程式を無意識に組み上げ、感覚だけで発動させる技術は神の御業に近い。それに加えてリーチェと精霊との親和性は異常すぎる。詠唱者の意図を汲んで精霊自ら制御する魔法なんて古い文献でも目にしたことがない。先を行く姉の背を見て敵でなかったことを改めて安堵する。


 リーチェが不意に立ち止まった。天を見上げてからユニに振り返る。

「アルタイル島って何処だ?」

 姉が馬鹿で良かったとつくづくと思うユニだった。



 

 一台の荷馬車が土煙を上げ疾走していた。必要最低限の物資を積み込んだだけなので荷は軽い。とはいえ遠目でもわかるその異様な事象を有り体に言えば酒場の与太話か、花見酒に当てられたか物の怪にでも出くわしたかと、我が目を疑う他ない。

 土煙を上げてはいるが車輪を目前に見れば地面に接していないことがわかる。荷台の下に空飛ぶ絨毯フローティング・カーペットを仕込んで重量を軽減し、車輪とシャフトに浮遊魔法をかけて、人目のないところでは魔力全力開放した走りは、疾走と言う表現には生ぬるく滑空に近い。荷馬車どころか人類の乗用物全てにおいて歴史上の最高速度を維持していながら、揺れるもの、と認識している感覚が逆に揺れないせいでアイリスは酷い車酔いで項垂れる始末だった。


 


 御者もアグロットと共に帰還したのでフロラルが御者台に座り、心持ち楽しそうな雰囲気で手綱を振るっていた。

「フロラルちゃん、ごきげんですね」

「シーラさん、危ないですよお」

 荷台から顔を出したシーラに微笑む。実際のところ上機嫌どころではなかった。なにせ手綱の先には馬に似た精霊の巨体が荷馬車を引いていて、フロラルは出発前に「興奮しない方がおかしい」と眼を輝かせながら喜んで御者台に乗り込んだ。


 ファントマイズの蹄が地面を蹴るたびに火花を散らし地表を削り取っていく。暗き巨体が地に落とす影すら夜をはらみ、赤い双眸が光跡を残していく。


 風精霊の眷属「ナイトメア」

 親から恐ろしげに聞かされる伽噺に出てくる精霊に子供たちは夜に聞こえてくる蹄の音に怯えながら、その名を呟き母親の袖を掴む。


「あー、ズマ君、道に穴開けるのは遠慮してくれないかな」

 ファントマイズはグラディアスの声は聞こえないかのように変わらず地を穿つ。聞こえぬふりをする精霊に苦笑しつつ、瞑想に戻りマナを練り上げていく。

「ズマっち、少し速度落としてもいいから足跡残さないようにしてくれる?」

「分かった」

 シャイネリアの言葉に少し表情を緩めて頷く。風に靡くたてがみは長く、シャイネリアがいつも時間を掛けてたてがみの一部を戦馬宜しく編み上げて、より一層勇ましさを増していた。ファントマイズもそれがお気に入りでいつも「やりたかったらやってもいい」と催促し「素直じゃないなあ、ズマっち」とシャイネリアに笑われるのが日常だった。


「なんでズマちゃんって呼ばれてるの?」

 肩に乗るルーンルーンディースにシーラは小声で問いかける。小さな精霊は、んー、と言いながら少し吹き出した。

「私達の付き合いは七年前だったかな。シャイニーが十才の頃、ズマに殺されそうになってたくらい嫌われてて、ううん、憎まれてたのね」

「十才の子供を?」

「まあ色々あって。そんで契約時、ズマの真名をファンタズマって呼んじゃったわけ。もちろんわざとね。ファンタズマはズマの兄さんで物凄く強くて優秀な精霊だったの。その優秀な兄と比べられてた劣等感の塊だったズマは物凄い剣幕で怒り狂い、契約どころじゃなかったのよね」

「あれ? 今は仲良さそう」

「今はね。当時は近辺だけ豪雨続きだったわ」

「んー、でもお兄さんの名前から取ったあだ名は平気なの?」

「ファンタズマは昇華出来ずに亡くなったから、名を記憶しておきたいんだって」

「お兄さんの代わりにかあ。昇華ってそんなに大事なのね」

「時代は選べないけど次もこの世界に生まれたいからね。この世界が大好きな証なのよ」


 この世界に留まろうとする精霊は何を想って人に寄り添うのだろう。輪廻の為にだけなら、もっと効率とか、安定とか、難しいことは分からないけど、簡単に、そう、作物を育てるように毎年決まり事通りに種を撒いて、手入れをして収穫するように何かしら簡単にマナを得る手段があるのではないか。

 その問いには「純度の差よ」と返された。同じマナでも「濃さ」に違いがあり、思いを込めた詠唱は精霊を激しく突き動かす。それは精霊にとっては喜びなのだという。それは呪文が悪意だろうが善意だろうが構わないが、親和性や同調性ともいうが簡単な表現ならば「馬が合う」ことが魔法を強くする一因らしい。


 シーラは隣人のファズラを思い出した。


「シーラ、お前さん一人じゃ無理だろう。どうせ手を貸す羽目になるなら早いうちに済ませたいだけだ。本当に迷惑な話だな」


 老人が汗を拭きながらシーラに種蒔きの作業の終わりを告げた時にシーラは顔を伏せていた。もしその時、老人の顔を見ていたらどんな気持ちだったのか理解できたのだろうか。

 その言葉になんの思いが込められていたのだろう? 本当に迷惑なだけだったのだろうか。


 小さな精霊に小さな疑問を投げかける。

「なんで精霊は人が好きなのかなって」

 精霊は肩を竦めた。

「そんな難しい事じゃないのよ。貴女はグラッドが好きな事に理由があるの?」

「ううん。あるけど、ない?わからない」

 シーラは自分の答えに、はたと気づき赤面する。

「そういう事じゃなくて!」

 ルーンルーンディースは微笑み「ううん、そう云うことよ」と言ってシーラの肩の上で胡座をかいて座る。

「多分、理由なんて要らないのよ。好きは好き、それだけ」

 シーラは頷いて外を見た。相変わらず勢いよく滑空する馬車だが遠くに望む景観は、思いの外ゆっくりと流れている。精霊の顔は地平線に落ちる陽に照らされ、やがて寝息を立て始めた。


 人と関わり合う事に何か大切なことがあるのだろうと漠然とした思いをシャイネリアとファントマイズに重ねる。両隣に座るシャイネリアとアイリスを見て、肩で寝入るルーンルーンディースを見た。


 旅が終わり落ち着いたら今は望郷の地キッタへ帰ろう。

 自分が会話を望むようになるきっかけをくれた老人に会いに。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ