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金の双樹  作者: 宮﨑 夕弦
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第二十六話「いかれたやつ、お好きですよね?」


 グラディアスは燃え盛る巨木で作られた炎の壁が次第に勢いを無くし、向こう側の様子が伺えるようになったタイミングで仲間の騎士たちを下げた。肩に乗るヴィーとアトラの伝令が終わり再び帰っていく。

「新型?ボルトアクション式のライフルの奴かな」

 一人だけ下がらずに残った騎士に言ったわけでもなかったが、陽炎の向こうに見える敵を見ながらアグロットは頷いた。

「恐らくな。リンダスは周辺国に敵はいない。我らがバシュタットとの間で壁になっているからな。金も余るさ」


 短く切り揃えた顎髭をなぞりながら初老の騎士は答える。

「だが奴らは戦闘経験が皆無だ。十五年前迄はヴィサ迄よく援軍に来たもんさ。今の領主ネフィルの親父さんが亡くなってから腑抜けちまってな、味方同士で訓練と称して戦争ごっこやってやがるよ。動かない案山子に弾を当てたところで命の駆け引きがない訓練に何の意味があるのやら」

「はは、アグロットさん彼らが嫌いで?」

「いんや、哀れで仕方がないだけだ。んで坊主、シエントからお前に従えと聞いてはいるが部下たちは納得がいかないらしい。察してくれると有り難いが、殆どの奴がシエントの糞たれたおむつを替えたことがある奴らばかりだ。おそらく話は聞かん」

「ですよね。アークト伯もわざと激怒の大剣(オーバー・レイジ)の方々を選ばれたのですから」

「どういう関係か知らんが、坊主が有能、という程度じゃあいつら動かんよ。ましてやどこぞ所縁ある貴族のお坊ちゃんなら、賭けてもいい、あいつら昼寝を始めるぞ」

「それは困ったなぁ。横になっててもいいけど見ててもらわないと」

「ヴァイケルじゃあるまいし、まるで一人でやるつもりな言い方だな。どう見ても敵さん、二百はいるぞ。あの細い道じゃ剣振り回すにゃ、せいぜい五人くらいだろうが、既に道幅が広がった場所に陣取ってやがる」

「ええ、逃げにくいでしょうね」

「逃げる?奴らの方が?」

 顔は笑っていたが額には血管を浮かせて、唾を吐き捨てた。


 左手側は木々が密集した森で、右手は切り立った崖が長く続いている。もちろんグラディアスはこの場所を想定して選んでいたわけだが特に説明は必要なかったので頷いてみせた。

「ま、向こうさんが事情を知ってて悪手を打ってきたわけではないと期待したいですね。じゃないと」

「じゃないと?」

「未成年の商人一人に全滅したなんて、恥ずかしくて誰にも言えませんよね。あ、全滅なら誰にも言えないか。それは困るから、何人かは生きて帰ってもらおう」

「坊主、俺はいかれたやつは嫌いじゃないが、大口だけのペテン師だけは我慢ならん。戦場を舐めくさりやがって。三分も持たずに戻ってきたら俺が切り捨ててシエントにはありとあらゆる恥を積み重ねて報告するからな、本気だぞ」

「じゃあ一分で終わらせてきます」

 そう言うと馬から飛び降りて散歩に出かけるかのように歩き出した。背中に背負ったマスケットを構え、具合を確かめるように照準器を覗き込む。

「お、おい、坊主待て!終わらせるって死ぬ気か!」

 アグロットの叫びはグラディアスの開かれた右手で遮られた。さしもの部下一同も驚いて立ち上がる。アグロットは慌てて飛び出そうとしたが、上から飛び降りてきたのかシャイネリアが地面に降り立つと立ち塞がった。後ろで見ていた騎士が「おい、今、空から降りてきたぞ」と自分の目と言葉すら疑いを持って言ったが「もう飲んでるのか」と仲間に一笑された。


「グラッドがめっちゃ怒ってる。近寄らない方が身のためよ」

「いや一人だぞ!死んだらシエントに申し訳がたたん!」

「まー問題ない、今のグラッドを倒したいのならカノンが必要なくらいよ」

「何を言っている?」

「それよりも敵の流れ弾に気を付けて。グラッドの背には絶対立たないでね。新型見たけど射程長いわ、命中率えぐいわで、ここまで届く可能性あるから」

「儂たちより、兄貴の心配しろ!兄妹揃っていかれてやがる!」

「あらあ、ありがとう。いかれたやつ、お好きですよね?」



 アグロットは押し黙りグラディアスを注視した。

 十分ほど前にアグロットの反対を聞き入れずグラディアスは一人で敵前迄歩いて行き倒木を挟んで「民間の商人と護衛です。何かのお間違いでは」と問いかけた。帰ってきた言葉は侮蔑と笑い声だった。

「まあ今晩、お前らの女どもが俺たちの数を相手するには気の毒とは思うけどなあ。知らんけど」

 その言葉と笑い声を聞いてグラディアスが手を振ると横たわった木が突如燃え盛った。炎の向こうでは「油か?少し距離を取れ」と号令が聞こえてくる。

 アグロットの元に戻る途中でヴィーとアトラが訪れ耳元で囁く。

「後ろは片付いたよ。敵は新型のライフルを持っている」

 少し遅れて左肩にとりついたアトラの落ち着きがある可愛らしい声が息を整えながら話し始めた。

「ダーリン、銃士と歩兵は半々の割合でざっと二百、正規兵じゃなく最近流行りの軍事請負の輩ね。マノロッサ(赤い手)とかいう連中らしいわ。あんまり良い話は聞かないと、ここいらの精霊は言ってる」

「そうか、半端に行くと報復される恐れがある、か。ありがとうアトラ」

 そう静かに言ったグラディアスは目を伏せた。

「アトラ、ここの精霊たちとシャイニーたちに夜の支配者(ナイトルーラー)とキンスラーンを呼ぶって伝えて」



 火が収まり燻り始めた巨木の向こうではマノロッサの銃士は二列横隊で並び、一人歩いてくる人物に銃口を揃えていた。だれもが口元に笑みを浮かべ、これから起きる事よりも今晩の報酬・・の方に気を取られていた。

 合図で撃鉄が起こり、そして時を待たず引き金が弾かれた。

 誰もが蜂の巣になった少年が倒れる以外の姿を想像することができないのは無理らしからぬ事だった。


 グラディアスの真後ろに居たアグロットに弾が掠める。慌てて馬から降り、遮蔽物に身を潜める。

「ね、真後ろ危ないって言ったでしょ」

 シャイネリアの言葉も耳には入らず、慌ててグラディアスの姿を探した。

 地面に倒れているはず(・・)の少年を。


 グラディアスは肩に預けていた銃身を目の前に構えた。サイトは覗かない。覗く必要もなかった。それどころか引き金すら必要がない。ただのポーズ(フェイク)だった。


「光輝燦然たる光の申し子たる私は、弱々しくも輝く月光を愛した。淡く暖かい白光がたまらなく愛おしかった。だが私が近づこうとすると私の燃え盛り、滾る光が彼女を消し去ってしまおうとする。ならば光の衣なぞ脱ぎ捨てよう。黒き肌が露になろうとも構わない。おまえが私を照らすのならば、喜んで夜の申し子(ナイトゴーント)になろう。私はお前()を永遠に抱くのだ」


 叫んだわけでもない。むしろ囁きに近い声。

 しかし誰もがその声を聴いた。

 マノロッサ兵は敵は気でも触れたかと撃ち続けるが一分と経たずに、己の銃がおかしいのか、己の目がおかしいのかと疑い始めた。

 百もの銃口が放つ一斉射撃が一発も当たってはいなかった。


 そして辺りは闇の帳が引かれ始め、銃声は止むころには更なる闇が光を蝕んでいった。

 アグロットは「日蝕か?」と呟く。

「いいから聞いて!?後ろを向いて絶対に目を閉じて! 目が光に焼かれて一生、闇の中よ!」

 これで三度目のシャイネリアの忠告に、さすがに不安を覚えて聞き返す。

「さっきグラディアスも言ってたが、何のことだ?」

「これから訪れる一方的な虐殺の事よ」

 兄の背を見て、下唇をかむ。

 

「誰よ、あんな怒らしたの!」

 妹の嘆きが終わると同時に、暗闇から歌が聞こえてきた。

 聞いたことがない言語だが美しい歌声にマノロッサ達は暗闇の中に歌い手を探した。


 アグロットは部下に厳命として声を上げて、自ら背を向けて腕で目を覆った。シャイネリアを信じたわけではない。出立前のカナンの忠告を思い出す。

「異常な事が起きているときだけでいい、必ず双子の指示に従え。でないと命を落とすことになる。頼む、叔父上を私は失いたくない」

 我が子同然のシエントの願いがそうさせた。


 不安と、恐れが沸き起こる敵兵の前方に光が生まれる。闇にマスケットを構える少年が浮かび上がった。だが安堵する光の訪れではなく、己が見る最後の光だった。

 瞬間、その光は瞬間だった。

 目を開いていた者は一瞬で眼球が蒸発した。あとの者は平等に灼熱に皮膚は焼け爛れ、激痛で地面にのたうち回り「死んだ方がまし」と思えるほどの苦痛が気を失うまで続く。


 そして呻き声が収まってきた頃、ようやく辺りに光が戻った。敵兵に無事なものは居なかった。



「なぁアグロット、世界が変わる瞬間なんてない。もう既に変わってから気づくもんだ。そのとき慌てたって遅すぎるんだ。だから受け入れてくれ。あんたなら、たぶん大丈夫だ」

「ヴァイケル、お前変わったな」

「変わらざるを得なかったんだよ」

「周りが変わっても儂は変わらんよ」

「ならいい。あんたらしいよ。ああ、シーラはな」

「シーラ?ああ、なんかお前になついとる娘だな。ベリアッド様の御子、と噂の」

「噂は本当だ。あの子はベリアッド様のお子だ」

 アグロットは黙り込んだ。選ぶ言葉が見当たらなかった。

「な?」

 ヴァイケルは意地が悪く笑うと肩を叩いた。

「この年でおっ勃ったわ。陛下のお子か。餓鬼どもの護衛と聞いて酒を食らいに行くところだったが、どうしてどうして、血が滾ってしょうがない、女を抱いてくるわ!」

「ああ、べリエラに宜しく」

「餓鬼どもは任せろ。命に代えて連れて帰ってくるぞ」

「シーラにそれを言うな。駄目です、って泣くから」

「お、おう。そうか、泣きなさるか。この錆びすぎた(オーバー・ラスト)大剣に」

「ぬかせ。それと双子を侮るな。あれは禁忌の存在だ。子供故に危ういぞ」

「お前とは思えぬ言葉だが、まぁ頭の片隅でも置いておく」


 禁忌の存在。

 アグロットはそのヴァイケルの言葉を思い知らされた。

 これは戦じゃない。叙事詩「神々の戦い(ラグナレク)」の再演の角笛だと。


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