第二十五話「友達でしよ?」
分厚い甲冑は近代戦において既に過去のものになり、マスケット銃の台頭は戦場を大きく変えた。戦術、戦略の変化に伴い、高機動、高火力へと変移しつつあった。
騎馬銃士隊が三十名、歩兵が五十名。
フロラルは腰を落として腰の鞘を握り、視線を左方から右方へとゆるりと動かす。
左脇に垂直に鞘を高く構え、柄を握る腕が口元を隠す。
「本日は晴天に恵まれしこと幸いでございました。皆様方に置きましては春の泡沫なる宴、ごゆるりとご観覧下さいませ」
敵の後方から「構え」と号令が掛かる。銃の撃鉄が起こる金属音が鳴り響いた。
フロラルの右足が滑るように踏み出すと同時に射撃の合図の笛が鳴り響く。
距離は百メートル。当たる距離ではない。
だがフロラルは反射的に鞘から手のひら分、刀を抜いた。金属音と共に訪れた衝撃で鞘がひりつく。フロラルの目が驚きで目が見開かれる。まぐれか、との判断はしない。次弾がすでに装填されているのか既に撃鉄が起こっている。工房で作られていたライフルと呼ばれている新技術の武器を思い出した。
「アイリス! マスケットじゃない、新型だ、距離を取れ!」
「了」
アイリスは翻って後方に跳躍する。
「まずは序幕、お目汚しでは御座いますが」
アイリスの右の親指は天を指し左の親指は地を指し、右手を上に重ねて雷のルーンの印を作る。
「一歩歩けば屍、二歩歩けば積み上がる。三歩歩けば死出の道。鵺の鳴き声を聞いたならば、恐れ慄け泣き叫べ。否、否、否、もう遅いのだ、顎はもう開かれた!」
突如、雷鳴と共に敵兵の間を稲光が走った。呪文の火花放電が咲き乱れ、辺り一面に雷の花が咲く。一人の騎馬が勢いをつけて飛び越えようとするが地面を這っていた雷の蔦が火花を撒き散らしながら兵士を穿った。前列と後列が分断された後方の敵兵たちは動揺するも直ぐに落ち着きを取り戻し雷が収まるのを待つ。
「雷花、ご堪能いただきたく存じます」
シャイネリアが驚いた様子も見せず、ただ「なるほどね」と呟いた。
フロラルは五十メートル迄接近する。鞘を腰に差しながら刀を抜いた。
「未だ不作法でお恥ずかしい限りでございますが、とくと御覧あれ!」
フロラルの頬を銃弾が掠める。半身ずらして次弾を避ける。
「疾っ!」
フロラルは軽く息を吐き、言葉を放つと、高く上げた刀を片手で振り下ろした。
その兵は向かってくる少女に警戒はしつつも、愛銃の弾を外す予感は微塵にもなかった。トリガーに敵の肉と骨の感触すらある。指先が触れる鉄塊は女の柔肌を感じさせ、弾けば己の体が目の前の少女を犯すような錯覚を覚える。距離は五メートル。外しようがない。柔らかく、破瓜を与える喜びを味わうように引き金に指をかける。
高く上がった刀を見ていた。まだ刀の間合いには程遠い。
引き金を引いた瞬間、手応えを感じ兵士の目には胸に赤い花を咲かせながら倒れる少女が映る。そして足元に転がった少女の虚ろな眼差しを堪能し、悦に入る。
その未来があったはずだった。
「な、なぜ、こ、こ、にいる」
未来は眼前の少女と暗闇の訪れと共に消失した。
フロラルの刀は革鎧を体ごと切り裂き、振り抜けたあと、翻った刃が右の兵の首を刎ねる。刀身の血を振り飛ばした直後、数メートル先の馬上の騎士へと跳躍した。一瞬の溜めからの振り下ろす瞬間、間合いは刹那に埋まる。
騎士はおのれの目を疑う。瞬きしただけで、もう「ここ」にいた。超速移動を目では追いきれず、気がついたときには両断された後に身に起きた不幸を呪うしかなかった。兵達は仲間がバターのように切り分けられて倒れていく非現実感から、恐怖が目を覚まし撒き散らされていく。
その間合いが無視される攻撃に敵兵はようやく異常、否、異様な戦闘だと理解し始める。
「裏切りだ!ひけぇ!ひけぇ!」
後方の指揮官らしき男の声で後方の兵士は下がっていき、取り残された者は悲鳴に似た声をあげ退路を断つ雷の手に怯えて立ち竦んだ。
刀を振り、地面に血の烙印を画く。すでに戦意喪失している兵士は震えながら剣を構え、あるものは銃を投げ捨て命乞いをする者もいた。
フロラルは刀を鞘に納め、腰を落として目を瞑る。
「お帰りですか?ではご案内申し上げます」
金属音を立てて鞘走りする刃をシーラの声が止めた。
「フロラルちゃん!あなたはメイドです!!」
フロラルが振り返るとシーラが泣きながら立っていた。フロラルは刃を鞘に納めシーラに近づき、アイリスも同じようにゆっくりと近づく。後方では魔法が消えたのを見た兵士達が逃げ去っていった。
「聞きましたよね、指揮官の言葉。私たちが何のためご一緒したのか。彼らは私達が呼びました」
シーラは袖で涙を拭うと怒りの表情でフロラルとシーラの頬を打った。
「でも二人は守ってくれた!」
頬を撫で、苦しそうに口を閉じた二人が沈黙を保つ。やがて二人は二歩下がりお辞儀をした。
「寂しくありますが、お暇をいただきます。どうかご壮健でありますようお祈り申し上げます」
シーラは立ち去ろうとする二人の袖口を掴んだ。
「あの、いったい何を」
「だめ」
「私たちはあなた様を殺そうと」
「しなかった!」
「それは……」
シャイネリアが困った顔でシーラの震える肩を抱く。
「あなたたちがずっと見ていた事は知っていたの。正確にはカナンさんが、だけども。最初は只の密偵かと思ってた。なんで心変わりを?」
フロラルは肩をすくめ「わからない」と答える。
「さっきまでは内通していた兵たちと一緒に全て片付けるつもりでした」
「んで?」
「……って言ってくれたから」
「ん?」
「殺し屋さんじゃない、って言ってくれたから」
「アイリスは?」
「……ったから」
「ん?」
「シーラ、ちゃん可愛かったから」
「だと思ってました、はい!」
シーラは二人に思いっきり抱きついた。
「ご飯作ってる時の二人は楽しそうだった! 今は二人共苦しそうに泣いてるんだもの。私は二人に笑ってほしい。ごめんなさい、辛い思いさせてごめんなさい、気軽に行ってらっしゃいとか言って、ごめんなさい。あんな顔、させてごめんなさい……」
フロラルはシーラの拘束を解けなかった。こんなに弱い力なのに、振りほどこうとする力が入らなかった。
「私達の食事、いかがでしたか?満足できてましたか?」
「美味しかった、です」
「有難う御座います」フロラルは微笑み、アイリスは名残惜しそうに微笑む。
「ではこれにて、って、は、ちょ、は、離してください」
「くれーぷ食べたい、です」
「え」
「くれーぷ、今はちょっと、無理だけど。デザートに、くれーぷを所望します」
「でたぞ、クレープ魔人が。この間は一人で十人前食べたからね。諦めて覚悟しなさい」
シャイネリアは前方の戦闘に加わるために走り出した。
「ここは任せたわ、シーラをお願いね」
「いや、私達は敵なのよ!」
振り返らずに足を止める。
「そんなのどうでもいい、友達でしょ?」
今なら背を向ける魔女を仕留めるのは容易い。一太刀で未来の女王ごと命を奪えるだろう。隣のアイリスは抱きつくシーラの頭を撫でてこちらを見た。溜息をついて困った風に微笑む。
「シーラちゃん、私達はこれから命を狙われます。巻沿いにしたくないのです」
「ぬぬ?」と、シーラは顔上げて首を傾げる。
つられて二人も首を傾げる。
「えと、えと、私達、今も、これからも狙われるので何が違うのか、分からない、です」
メイド二人は顔を合わせて同時に「あー」と声が出た。
「確かに」




