第二十四話「それも禁止、です」
七日前に城を出てアークト領を抜けた三日目。これからの行程はアルタイル島はリンダス領の南東に千五百キロ、無理なく進んで十六日、そこからは三人とメイドの二人、計五人で船を使った渡島の予定だった。
騎士たちじゃなく何故メイドなのかの問いにカナンは「シャイニーの食事を所望か?」の答えに話題にされた本人以外が首を大きく横に振った。憤慨するシャイネリアに二人はしこたま殴られるが、シーラはまだ殴られた方がましと思える記憶が蘇る。一度試しにシャイネリアの食事を口にした後に「これは世界を超え、ます」と遠い目をして語った。
「メイドさんたち、怖くないのかな」
「カナン姉様のお気に入りよ?普通じゃないに決まってる」
「そうなの?」
「なんで馬に乗る?って聞いてきたじゃない?」
「うん」
「あの時、精霊語混ぜて答えたのに、あの子、普通に聞き取ってたしね」
「あ。最近慣れてきてたから気づかなかった」
「しかもアトラの動きを目で追ってた。音速を超えているアトラを、よ。それにフロラル、アイリスより怖い」
「フロラルちゃんが?」
「所作が気持ち悪い。全部が最適化されて無駄がない。人が出来る動きじゃないのよ。ヴァイのやつと同じ匂いがする」
シーラは前方の荷馬車に佇む二人を見た。つまみ食いをしているアイリスの後頭部を引っ叩くフロラルがこちらの視線に気づき、申し訳無さそうに、ぺこりと頭を下げた。
蹄の音が近づき妹の名を呼ぶグラディアスは幌馬車を覗き込む。シャイネリアにむかって何か喋っているように見えるが声は発していなかった。同じように妹も口を開くが声にならない声を返すとグラディアスは頷いてからその場を離れた。
シャイネリアはフロラルに背を向けて詠唱を始めた。
「諦めて届かない声を抱け。見えないのはお前のせいじゃない。お前の罪のせいなのだ。届かない手をしまえ。どうせ何も手にできない。代わりに腐敗と穢れをおまえの口に捩じ込んでやろう」
最後に遅延のルーンを意味するサインを手で示す。
「魔法禁止じゃ」
「大きいのはね。さん、にい、いち、二人を見て」
前方で巨木が倒れ込み、音と共に振動が伝わってきた。
御者たちは落ち着いて馬を止め、辺りを見回す。騎士たちは腰の剣に手を伸ばし、声を掛け合っていた。
「驚いた。アグロット隊長たちもどんな訓練してきたの?さ、シーラ、何を見たかな?」
シーラは首を振った。
「ごめんね。見えなかった」
「それは言葉通り?」
こくんこくんと頷く。
「だよねー、多分この馬車の前後にいる。ん、ほら」
そう言って天井を見ると前後に布地のたわみが二つできていた。そのたわみが消えると荷台に二人が入ってきた。
「シャイニー様、お戯れがすぎます」
フロラルがにこやかに言うと、膝の埃をぽんと払う。アイリスは後部の乗降口に足をかけ、背後を警戒していたが「シーラ様が無事でよかった!」と無表情で呟く。
「アイリス、せめて言葉と表情を合わせなさい」と溜息混じりにフロラルは項垂れた。
「聞いてもいい?」
シャイネリアはフロラルに首を傾げて下から見上げた。
「なんなりと」
「アイリスが魔女なのは分かった。あなたは何者?精霊の匂いはしないけどマナがすごく濃い。そんなマナの使い方見たことがない。あ、前言撤回。おそらく史上最強かもしれないヴァイ、いや”狼"以外は」
「私は本来、修道士ですが騎士でもあります。特に挌闘に特化した修道騎士でございます。まぁキオエム様に冬の間、師事して頂いたので剣も少々」
「え、あいつと二人きりで?」
「そうなのです」そういうと赤らめる頬を手で隠し、体をくねらせるフロラルにシャイネリアは己の中に起きた感情を処理できずに固まった。それを見たシーラが抱き着いて「シャイニー、ヴァイさんが好きなのは筋肉だけだから!」の慰め(?)の言葉に我に返る。
「わわわたしには、かかか関係ない話よ。連れがつ、強いのは大歓迎、よ!」
「左様でございますか。ではお伽にでもお邪魔しようかしら」と人差し指が自分の唇をなぞる。
「フロラルちゃん!シーラを泣かせないで!」
「泣いてなんか!」と言った瞬間に慌てて顔を伏せたシャイネリアをシーラはその背を抱いた。
フロラルは跪いて頭を下げた。
「シャイネリア様、戯れが過ぎたのは私めの方です。申し訳ございません。キオエム伯とはそこのアイリス、護衛の騎士たちと一緒にご教授いただきました。あの、その、同世代のじょせ、いえ、女の子とお話するのはアイリス以外初めてでしたので、その、ごめんなさい」
「ど、どうせ関係ない話だし」
シャイネリアは少し赤くなった鼻をすする。
「戯れ、って言ったよね」
「申し訳ございません、シャイネリア様」
「じゃあ、じゃれあったってことね」
「どうかお許しを」
床に頭を付けようとするフロラルを止めて「あ-もう悔しい」とシャイネリアは笑った。
「じゃあ友達ね」
「えっと、友達、ですか?」
「ふざけ合うのは友達でしょう?」
「あ、でも」
「フロラル、私を呼ぶとき、様はつけないで。付けたら返事しない」
「そんなご無体な。アークト様にお叱りを受けてしまいます」
シーラはフロラルの手を取った。
「もう、カナンさんは大丈夫。私の事情、聞いてる?」
「はい、殿下」
「それも禁止、です」
「そんなこと言われましても」
「そのカナンさんも今では私の事を呼び捨てなの。私は、それが嬉しい! 殿下とか様とか、壁があって嫌い。ヴァイさんは最近、姫君って呼ぶけど、多分それは昔の意味じゃないから私は好き。お父さんみたいな呼び方っぽくて。名前の事だけど、たったそれだけで嬉しく、なるなら、そっちの方がいい」
シーラが微笑むとアイリスが床に倒れこむ。
「ああ。そんな笑顔を見せられたらアイリスじゃなくても卒倒してしまいます。……私とアイリスは幼いころから殺しの訓練を受けております。そんな私どもにも笑っていただけるのでしょうか」
「私はただの小作人で、馬鹿な子です。そんな私を守っていただけますか?」
「当然です!お役目です……から」
フロラルは目じりから零れそうな涙を天井を見てこらえたが瞬きで雫を振り払い「あは」と笑った。
「いえ、今からは違います。シーラ、シャイニー、二人は友達だから守ります。さてシャイニー?」
「ん、気付いてた?」
「今しがた。戯れだけじゃなかったのね」
シャイネリアはウインクをした。
「アトラが、ああ斥候が敵を見つけた。ここいらで挟撃かなって思ったから取り敢えず前方は塞いだの。ってグラッドの指示だけどね。この距離だと私の匂いを魔導士に勘づかれるかもしれないからお任せするわ」
「お心のままに」
アイリスを起こしその場を離れようとするフロラルをシーラは止める。
「あ、あのお二人はもう殺し屋さん、じゃないです。守るメイドさん、です!」
二人は暫しきょとんとしていたが、微笑んで頷く。
フロラルは「すごく、気に入りました。では。お役目ですので。お掃除しちゃうね」と言うと踏み込んだ一歩で馬車を大きく揺らし、幌の上に姿を消した。
アイリスは表情を崩し始めての笑顔を見せた。
「メイドですから。お片付けしちゃいます。シーラちゃん」
シーラは「気を付けてね、行ってらっしゃい」と小さく手を振った。アイリスは二度目の失神をして倒れ掛かったが、上がっていたフロラルが瞬時に現れ首根っこを掴んで素早く姿を消した。
「シーラ大好きすぎでしょ、アイリス」
シャイネリアの言葉に苦笑するシーラはぶかぶかの兜をかぶり木の棒を装備した。
「シーラ」
「なに?」
シーラの久々の「強い意思表示」を見てシャイネリアはにやける。
「その格好と気構えをアイリスに見られてなくて良かったわ」
「え、少しは強そう、じゃない?」
「そんな理由? あなたアイリスを殺すつもりなの!?」
「え?え?」
「まぁ帰ってきたらご褒美に見せてあげて。この世とお別れになると思うけど」
「なんで!?」
「さて、お出ましよ。私たちのメイドの歓待が気に入るかしら?」
車列の前方は騎士たちが立ち並び、御者もマスケット銃を持って騎士の後列に並ぶ。
後方はメイドがただ二人。
その一人はとびきりの笑顔、もう一人は涼やかな笑顔。
恭しくお辞儀をするその姿は完璧な佇まいだった。
二人は同時に言葉を発する。
「いらっしゃいませ、お客様」




