第二十二話「剣は人を殺す」
「そんな事が出来るわけが」
何を見落とした?と呟き右手が目を覆う。
グラディアスの動きが止まる。
目を覆った指の隙間から目が見開かれるのが見えた。視線はシーラを捉えるが、もっとその先、深淵を覗くかのような目だった。
「僕としたことが見落とすなんて。想像できるわけがない、まさかそんな事をする精霊が存在するなんて」
「グラッド、説明してよ」
グラディアスは二人を見ながら思案する。説明は簡単だが答えがわからない、なぜその選択肢なのかが分からない。奇しくも比翼連理と同じ結論に達した。
精霊は人を愛しすぎたが故に滅亡する
父親の危惧する「ラグナレク」の最終章、人類が死する前の精霊の死の解釈が頭に浮かぶ。
「自己犠牲か。いやそんなことをすれば輪廻から外れ、神格の一柱が失われる」
「グラッド!」
「すまない、考えがまとまらない。仮定の上に成り立つ仮定とか、話すべきかな」
「一つにまとめても仮定は仮定じゃない、変わらないわ」
「乱暴だなあ。でもその通りだ。多分、固定概念がないシーラは気づいたんだね。僕らはどうしてもそこに縛られてしまう」
「自分の感覚だけ、だから、合ってるかどうか、わからないよ」
「いや、先にシーラを調べるべきだった」
「何よ、二人で?イヤラシイ」
「ばっ、そんな意味じゃない!シーラ照れてないで反論してくれ!」
「ま、それはともかく。不確定要素があるなら先に片付けよう。儀式に間に合わせないとね」
シャイネリアは欠伸を手の甲で隠しながら睡魔を隠さなかった。
「そうだね。今晩は遅い、もう、かえ」
「かえ?あ」
シャイネリアは兄の途切れた言葉に気が付いた。
「あああああ!」
二人の叫び声にオロオロしたシーラも遠慮がちに「ぁぁぁぁぁ」と叫ぶ。
「なんか、思い出すね。ここまで旅をしてきた時のこと」
湖のほとりで草木で作った簡易な屋根の下で三人は月を見上げる。焚き火の木の爆ぜる音だけが存在を許されていた。
「いやごめんね?マナを召喚と維持に使って二人共空っぽ」
「あー、ひよこさんと、れんこんさん」
「なんか、惜しい」
「惜しいわ」
「ふむぅ」
三人は睡魔と戦うが、やがて敗北を喫した。
翌朝、朝日が顔を出す前に寝床を片付け、城へと向かった三人が着いた頃、再び疲労に苛まれていた。ふらふらの三人を迎えたのは上半身裸のヴァイケルが鍛錬用の模擬剣を振り回して汗だくになっている姿だった。
「げ」
「げ、とはなんだ、げとは。おなご共はともかくグラッド、お前も少しは剣を振れ」
「そんな無茶な」
「魔法使い」と、辺りを見回し「だからといって使えないわけじゃないんだろう?」
「あー、正解であり、不正解です」
「どういう事だ」
「魔法使うときは精霊が嫌がるから鉄を帯びることが出来ないんです」
「そうなのか」
「まあ護身で覚えるのも手なんですけどねぇ。詠唱時は待たなければいいだけですし、あ」
「そうだろう!」
グラディアスがヴァイケルに引きずられて拉致されるのを二人は「頑張ってぇ」と見送る。
「そう云えばヴァイケルさんって、強いの?街の人はなんか、一目置いてる感じだし」
「あー、剣においては無敗だし、実際はあれも人間じゃない。どうやったらあんな動き出来るのかしら」
「あんな?」
「あいつに銀貨投げつけてみたのよね。魔法で。そしたらその場に切り落としたのよ。受けて弾き飛ばしたでもなく、切り落とした衝撃で地面に埋まっちゃったの。お陰でブルーベリーのクレープ買い損ねたわ」
「ううん? なんで投げちゃったの」
「そっち!?」
「くれーぷ?とやらを食べたかった、のです」
「ヴァイケルの話はどーでもいいのねー。後で食べに行こ」
「いこう!」
「でもシーラ、目にくまが出来てるわ」
「シャイニーも」
「取り敢えず寝るか」
「寝るです」
半分死んでる二人は意識をなんとか保ちながら部屋に戻るが、着替えるのも忘れベッドの上に倒れこんだ。深い眠りに入ったが流石に丸一日食事を取らなかった胃袋が文句を言いだした。空腹の痛みで目が覚めてしまったシャイネリアはシーラを叩き起こしマーケットに向かった。滾々と寝ていたつもりだったが意外にも時は過ぎておらず、市場はお昼過ぎの喧騒真っ盛りだった。
「やぁシーラちゃん、いい野菜入ったよ」
「オズさん、デリグレープですか、おいしそうです。後で、伺います」
「シャイニー、でっかい鳥見たか?あれ、食べれるのか?」
「でっかい鳥?夢でも見てたんじゃない?ティック、馬鹿なこと言ってないで、アズラックと魚釣りでも行ってきなさい」
双子と赤毛の少女は噂の人物と遠巻きに見られていた時期もあったが、冬を過ごす間に奇異を見る眼に物怖じもせず、街に出かけては人々と交流し次第に昔なじみの住民のように受け入れられていた。
「シャイニーはナチュラルで魔法使いだよね。詠唱なしで魅了とか」
「社交術といって!」
「いやあ、違うよお、素です、素。なんか子供に人気だし。さっきのオズさんなんか、嫁に来い、とか言ってたじゃない?あれれ?オズさんの息子さんに?ご本人が?どっちだろ」
「嫁ねぇ?あたしゃあんたが嫁に出るまで安心できないよ」
「あんたはお母さんか!まぁヴァイさんがいるもんね」
腕に抱きつかれたシーラに動揺しながら「なな何の話!?」と顔を向ける。
シーラは肩に頭を預けシャイネリアを上目で見ながらくすくすと笑う。
「ち、違うからね!年だってめっちゃ離れてるし!向こうは貴族様よ!」
「だいぶ前、十三歳のお妃さまの話、したよね」
「ぐ」
「その王様四十歳だったって。仲睦まじいご夫婦って、本に書いてあったよ。しかもお妃さま、町の娘さんじゃない?あーん、ロマンスね!」
「ロマンスならうちのパパとママに勝てる人はいないわ」
「そうだね。素敵なお話、だよね」
そう言うシーラのトーンダウンした声に胸が少し痛んだ。シーラの抱きついてきている腕に手を添える。
「私が小さいころからパパと、ママのお話、一番素敵!とか言ったらね。ママが物語はその人それぞれにあるの。一番とか平凡とか優越なんかないのよ、って言ってた。でもシーラもすっごいお父さんいるじゃない?お母さんも私たちと同じ庶民のお方よ?わかる?たぶん素敵な関係だったって思う」
「あ、そう、か。私、お父様もお母さんも、もう自分の中では当たり前にいる二人になってたから。うん、そうだね。私のお父さんも、お母さんも素敵!」
「案外、ベリアッド陛下も普通の人なのよ。うへ、不敬罪で斬首だわ。殿下、許して」
「許しません!余はくれーぷを所望である!お主の罰はくれーぷをたくさん買う事じゃ!」
「何キャラ!?」
二人は笑い合いながら心地よい喧騒の中、お腹を満たすべく歩いて行った。
その夜。
カナンはシーラを自室に呼び出しテーブルの上の赤い布で覆われた大き目の長細い箱を見せた。
「これは?」
「お父様のものだ。本来はシーラが持つべきものだが私はヴァイケルに一時期預けてもいいか確認を取ろうと思ってな」
「開けても?」
「ああ」
シーラは赤い布地の包みを開き、アークト家の蔦の紋章が入った上蓋をわきに置いた。
中には白い鞘に収まった剣が見えた。グリップは珍しい白色の皮で編まれ、ガードの部分から柄頭までサイドが赤く縁取られた白地の金属が淡く発光すらしているように見えた。ガードの中央には一対の羽根が意匠された紋章が入っている。ファーングラムが当世に決めた紋章だった。カナンが一礼をし、鞘から剣を取り出し、跪くとシーラによく見えるように水平にした。
ブレードは微かな傷が見られるがそれが剣自体の力強さを誇示しているように見える。
「少し手を加えさせてもらったが私が騒動の際に盗み出した陛下の剣だ。あんな男が爪先でも触れるのが許せなくてな。剣の名はない。普通は名付けるのだが、剣は、剣だ。とおっしゃってたらしい」
カナンは苦笑する。
「名を付けてやって欲しい。この剣の望みだ」
「剣の望み?ああ、これは! そうなんですね」
シーラは驚きを隠せなかった。脈動する息吹のようなマナの波動。まるで生きているかのようだった。
「ああ。これは精霊界で生まれた、この世に一つしか存在しない剣の精霊だ。思考はしないが意思はある」
「これをヴァイさんに?」
「この先の事を考えると彼にも働いてもらわないと困るからな」
その言葉の意味を考える。ヴァイケルは今でも十分に強いと聞く。この剣が必要な程、ということは戦いは想像を超える激しいものなんだと思いに至ると体に震えが生じる。
「剣は人を殺す」
「はい」
「なぜ殺すか。理由を考えるといい。あなたのお父様は殺人者か?」
「違います!! ご、ごめんなさい。違います」
カナンは微笑む。
「それが分かっているならいいんだ。すまない、侮辱のつもりはなかった」
「カナンさんは、良い方です。わかっています」
シーラの笑顔を向けられ心が痛む。
お前を利用しているんだ、と歯噛みをする。
「とにかくこれはシーラのものだ。どうするかは決めていい」
「えと、ヴァイさんにお渡し、します。皆さんを居間に呼んでいいですか?」
「ああ」
自分は今、どんな表情を見せているのだろう。そんなことも分からなくなってきている。
カナンは心の中の兄に問いかけても返事はなかった。
最近は見なくなった。
その問いにも答えはなかった。
居間に人が集められ面々がシーラを見ていた。再度、謁見の間で、との進言も断られたが最近ではシーラの振る舞いも気にならなくなっているヴァイケルとカナンだった。
「おい、なんで俺は鎧を着なくちゃならんのだ」
「今に分かるから大人しくしておけ、やんちゃぼうず」
「ぬかせ」
「毎朝裸で剣振り回す貴族が何処の世界におる? お前くらいだぞ」
「ふん。俺の体に惚れたか」
「私は可愛いものしか好かん」
シャイネリアはぎょっとして「シーラは渡しません!」と叫ぶ。
「うむ。シーラは可愛い」
二人が激しい視線を交わす中、シーラが剣を乗せた移動式のテーブルを携えて前に出た。
「私は父を見たことがあります。まるで生きているようなお父様とお母さん」
シーラはグラディアスに顔向けて頷く。
「かっこよかったです。誇らしかったです。ああ、この人がお父さんなんだってすごく嬉しかった、です。その時のお父さんは普通のお父さんでした。優しそうで、頼り、ううん、安心、かな。王様じゃなくて私をお父さんの目で見ていてくれた」
シーラは重い剣を上げようとしたが、腕が震えるだけで上がらずに困っていたが四兄妹の妖精が下から持ち上げた。「あはは、ありがとう」シーラは微笑み剣を差し出した。
「ヴァイケルさん、父の心を受け取ってください。私にとっては怖い剣だけど。父はこの剣で家族と、もっと多くの家族を守ろうとしました。この父の、優しくて強い心を受け取ってください。そして、いつかこの剣が休める日が来たとき、私に返してください。必ず、必ず、返してください」
シーラの願いの意味を噛みしめ、ヴァイケルは跪いて剣を受け取る。
なんという光栄か。ベリアッド陛下から賜った今の剣、その娘から預かりし剣。なんという名誉か。
騎士の本懐は意義ある死こそだ。
「貸すだけだぞ、また返しに来い」とベリアッドの声が蘇る。
だがこの家族は違う。親子で、生きよ。と言う。死より難事を平気で言う。だが何故、喜びを感じるのかは分かっていた。それは身に余る程の信頼だ。
「姫君、この剣の名は?」
ヴァイケルの自分に対する呼び方にすこし躊躇するが、力強く答える。
「ミーテ・ファミリア」です。母の母国語ですけど、あの、剣、には不似合いで、ごめん、なさい」
「とんでもない、その名こそ相応しい名だ。大切に預からせてもらう」
ヴァイケルが立ち上がり、佩剣すると精霊の祝福が始まった。
剣に淡い蛍火が集まっていく。
「なんだ?これは魔法か?シャイニーか?うお!目の前にいる飛んでる小人はなんだ!おい、おれはまだ酔ってないぞ!」
「ヴァイケル、噓を言うな、お前今しがた”酔って”いただろう」
カナンが腕を組んで微笑んだ。
「だ、だまれ!」
居間はしばし歓談に包まれた。
春の夜が、もう近くまで足音を立てていた。




