第十九話「行ってきます!」
シーラは首を傾げる。
「でも魔法、使えてるよね」
簡単な魔法はね、という言葉に、色々な魔法を見せてもらってきたがまだ簡単な部類なのかと驚く。シーラはカナンとの戦闘を直接見たわけではないので想像が追いつかなかった。
「まだマナを生み出す精神の制御が難しくてね。例えば、そう。五歳くらいの子供が馬を乗りこなせないの同じようなものかな。力に踊らされて何もコントロールできない。五年前は無理だった」
グラッドが十二歳。そんな小さなときに死ぬかもしれない契約を。
五年前?死ぬ可能性?
ふいにシーラは胃に重いものを感じた。
それって。
今おかした過ちにグラディアスは自分の背中が冷えるを感じた。シーラが苦痛に耐える表情を見て、迂闊なことをしゃべった事を悔やんだ。
「ラフィーナちゃんが亡くなったのって」
「いや、ちが、違うよ」
まるで懇願するような表情でシーラの肩を掴む。
「わたしのせい?」
「シーラは関係ない!」
そのグラディウスの顔は今までに見たことがない怒りの表情だった。いつも暖かな佇まいで、傍にいるだけでほっとするような人なのに。シーラは立ち上がると数歩後ずさりをして頭を下げた。ごめんなさい、と言おうとしたが、嗚咽交じりの呻きしか出せなかった。涙を湛えた表情で双子を振り払うように、城とは違う方向へ駆け出していく。
「グラッド! 追わないで! いま私たちが何を言っても無駄! ルーン、追っかけて!」
首元の隠れ場所から出てきたルーンルーンディースもいつもの笑顔は消え、真剣な顔で「あいな」と頷く。
「馬鹿か!」
シャイネリアは自分を責める兄の肩に額を預ける。
「いつか話さなくちゃ、いけなかったの」
シャイネリアの顔が涙に濡れ、泣き声を上げないように耐えている。
「シーラが泣いている」
「ええ」
「すごく泣いている」
「そうよ、すごく泣いてる」
「僕が泣かしてしまった」
シャイネリアは否定しなかった。
鼻をすすって肺にたまった空気を出しながら言う。
「二人が、よ」
シャイネリアは兄を抱擁すると、自分の体に伝わる兄の震えを宥めるように力を込めて抱きしめた。
頭で分かっていても心が許せなかった。その心が何も感じなくなるまで走り続けるつもりだった。
ここが何処だかわからない。でも、もうどうでもいい。
大事な人を奪ってしまった。
私なんかの為に。
あの双子は何を思ってこんな私を守っていたんだろう。放っておけば家族五人で何も変わらない生活を送る事だって出来たのに。
何を思って私を見ていたんだろう。両親を亡くした可哀そうな子供? そう二人は、いやあの家族は優しい。だから私を見ていてくれた。父の友人だった。たったそれだけで。それだけの事で命を失った。
とうとう疲れが限界に達し足がもつれて地面に叩きつけられるように転がった。
「私は、もしかして」
あとには声にならない叫びが続く。
憔悴しきった双子は部屋の隅で膝を抱え込んで座り込んでいる。繋いだ手を時折握りなおす以外に動きはなかった。おそらく精霊の眼を通してシーラを見守っているのであろう双子を、両親は二つの椅子を寄り添わせて坐って見ている。イエッタは夫の肩に頬を摺り寄せて、少し息を吐き預けた。
テーブル上の一つのランタンが四人を照らし、隅にいる双子に僅かながらに炎の揺らぎを届けている。
「三つ子だったのか」
ヴァイケルの問いにイエッタは微笑んで頷く。
「大人しい子で花や植物が大好きで、本当にシーラにそっくり。でもシーラはあの子と違う。決して代わりじゃない。その誤解とならないよう今は話さないでおこうと皆で決めていたの」
母の言葉にグラディアスの震える手を妹が力強く握る。
フィールスは妻の手の甲をさすり指と指を絡めるように握った。
「我が娘は生まれた時から体が弱くてな。幾度となく危険な夜を過ごした。精霊を生まれた時から持つ、我々の世界でいうところの、精霊病だった。私の願いは大いなる災いも呼び込んでしまったのだよ」
フィールスの口調はいつもと変わらないが目は何処か暗く、何かを凝視しているかのように己の左手を見た。
「精霊病?」
カナンがヴァイケルのグラスに酒を注ぎ、兄と呼ぶフィールスの傍でテーブルに腰掛けた。グラスの半分ほどの量を流し込むとカナンは口を開き語り始めた。
「マナは説明したな」
「ああ、俺にもあるってことだったな」
「そのマナは心が作り出す。ああ、心とか柄でもないことを言ってしまった。我々の中では精神が活動するためのエネルギーだが絶え間なく作り出される。普段から誰にでも。微量だがな。魔導士や召喚士は故意にマナを増幅し、貯めこむことができる。このマナは精霊にとってご馳走でもあり、俗な言い方だが通貨でもある。だが未契約の精霊が傍にいると契約外でも、その精霊に供給し続ける。いわゆる魔力供給というがそれ自体は魔法行使の為の通常の段取りだ。だが精神エネルギーとはいえ、過剰な供給を常に出し続けると自分の精神が痩せる。体は精神の影響が強く出る、まぁこれは現代の医学でも証明済みだな」
「ああ、つまりはフィールスの娘さんは、ああなんてことだ、遅かれ早かれ……」
「そういう事だ。だから危険と承知しても契約を済ます必要があったわけだ」
イエッタは夫に肩と頭を預けていたが身を正すと騎士二人に向き合う。
「その時の私は何も知らされていなかった。あの子たちが魔法使いだなんて。ううん、非難じゃないの。うすうす気づいてたから。だって我が子ですもの。それにあの子の最後の言葉を聞いて……ああ、そうね」
イエッタは立ち上がると双子の傍に行き二人を立たせた。
「伝えて。あの子の言葉。もしかしたら苦痛かもしれない。あなた達にもシーラにも。でも伝えないといけない。そしてその言葉であの子の、多分、あの子の物語が完結するから」
「その言葉は何?」
初耳の話を母親に尋ねた双子の顔はまだ疲れ切っていた。双子の顔を両頬に当てるように抱き込んで囁く。双子は顔を上げると溢れ出る涙を止めなかった。
「ヒナらしぃなぁ」
「ヒナのくせに」
双子は意を決して扉へと向かう。
「いってらっしゃい」
イエッタの見送りの言葉に双子は振り返ると「行ってきます!」と返す。
テラスに出て二人は同時に息を吐く。向き合うと兄の左手は妹の右手を繋ぎ、空いた片手は相手の胸に置いた。
双子の詠唱が力強く始まる。
「天に在りては願わくは比翼の鳥とならん」
グラディアスの胸に当てた手が光る。
「地に在りては願わくは連理の枝にならん」
シャイネリアの胸に当てた手が光る。
夜空は厚い雲に隠れていたが雲海が強い光に照らしだされ、光の眩さが増すごとに雲が避けるように割れていき満ちた光を湛えて月が姿を現した。
「おいでませ。比翼連理」
星が見える夜空に浮かぶ満月の中心から巨鳥が現れた。遠目からでもそのサイズは異様に見える。その巨大な鳥は頭が二つあり、それぞれには目が一つしかなかった。一鳴きすると双子の目の前に降り立つ。
「久しぶりだな双子」
「久しぶりね、双子」
頭はそれぞれ雄と雌。東方の精霊は跪く双子の礼に感心しながら言葉を発した。
「ごきげんうるわしゅう。御方」
シャイネリアは立ち上がると両方のくちばしの傍の頬を撫でた。比翼連理は気持ちよさそうに目を閉じる。
「周りの精霊どもが騒いでいるけど、急ぎの用ね?」
雌側の頭がシャイネリアに頬ずりをする。
「人を迎えに行きたいのですが、別件もありまして。お力添えを」
「ほう」と言うと山側に眼を向ける。雌雄は「あれか」「あれね」と頷きあう。そして雌雄がそのマナに気づき二つの心は動転した。
そんな事があり得るのか。
雌雄は双子を交互に見ると「この子たちにはいつも驚かされる」と心の中でお互い囁いた。
グラディアスは立ち上がると頭を下げた。
「さすがは御方。私どもでは精霊の眼でしか探せませんでした」
「さもあらん。我々と同じ世界なら、あれは眩くてたまらん。神格だな? 契約前、ということは、なにやら深い事情のようだな。お前たちには恩がある、何でも言うが良い。ま、まぁ、あれだ。いつものように呼んでよいぞ? と、特別に、許そう」
雌のくちばしが雄の頬を啄む。
「あなた、ほんとだらしない! シャイニー達には甘いんだから!……呼んでいいのよお」
シャイネリアは悲痛な表情で口を開いた。
「翼ちゃん、連ちゃん、お願い! 私たちの大切な人の涙を止めたい!」
比翼連理は背を差し出すように振り返る。
「心得た」
双子は巨鳥の背に乗りそれぞれの首に手を回ししがみついた。
「しっかり掴まっておれ」
翼が風を巻き起こし砂埃を巻き上げながら巨鳥は飛び立っていった。
「な、、なんだ、何が起こった?二人がいきなり空に飛んだぞ」
ヴァイケルはテラスを望む窓枠に手をかけて空に消えた双子を目で追った。カナンは苦笑していたが、はたと思いつき別室に保管しているものを思い出した。あれを渡せば何とかなるか、と部屋を出た。
「シーラ次第だが」まぁ、あれの気分次第でもある。そう呟くとほぼ空に近い宝物庫に向かった。
「あ」
カナンは頭を搔いた。
また新たな奇跡が目撃されてなければいいが。
苦笑すると「三人とも説教だ」と言って宝物庫の鍵を開けた。
もちろんその危惧は噂となって耳にすることになる。




