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金の双樹  作者: 宮﨑 夕弦
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第十七話「だれにでも優しい世界」


 グラディアスは文字通り頭を抱えていた。テーブルの上に突っ伏して頭を搔いては「あーもう」と呟く。そのテーブルの傍にシャイネリアとシーラが立っていた。


「いや、しかし」

「グラッド、時間がないのよ」

「そう、です」


 シーラが自分の背格好にはサイズの合わない大きな背嚢を背負い、しかめっ面で立っている。本人からしたら固い意志表明なのだが、シャイネリアは可愛すぎで抱きつきたい衝動を抑えるのに努力を要していた。グラディアスももちろんそうなのだが、さすがに抱き着くのは嫌われる恐れから何とか逃げられている。本題よりもこの可愛らしいモンスターが気になって仕様がなかった。


「私も、行きます」

 さらに眉に力が込められる。シャイネリアは吹き出すのをこらえるために顔を背けるが肩が小さく震えている。

「む、無人の島だけど、野生動物とかいるよ?熊とか狼とか」

 シーラの眉が一瞬、ハの字になる。が、持ち直したうえに口元もぎゅっと締めた。シャイネリアが背後で抱きつく寸前で両の手をわしわしとしているのを見て、グラディアスはやめろと言わんばかりに小さく首を振る。


「だったら尚更、後で合流なんて怖くて出来ません。カナンさんもヴァイさんも送ってくれる暇、なんてないかも、です。ね、シャイニー?」

「たしかに」

 いきなり振り向かれ、慌てて両腕を組み、目をつむって数回頷く。薄く片目を開け兄の様子を窺う。語るに落ちたな、と悩める兄に内心ほくそ笑んだ。


「どっちにしろ精霊の干渉があるから同時に作業は無理っしょ?あんたが寝ているときに私が作業する。そういう流れだよね。シーラには補佐とごはん係。それともあんた私の作ったご飯、食べたいわけ?」

「え?食べたい!」

「はやまるなシーラ!君はまだ若い!」

「え?」

「え?」

 グラディアスは、はっとなり手で口を押えた。


「アルフェス、クラゾ、ノーズの三賢者よ。讃えられし御名よ。その隠匿された秘儀と」

 慌てて逃げ出すグラディアスは詠唱がキャンセルされたことに気づき振り返った。シャイネリアがうずくまって頭を押さえ、カナンが拳骨を握っていた。


「城内の攻撃魔法は禁止と言ったろう。しかも「三賢者」とか城を灰燼に帰すつもりか。ん?」


 カナンはシーラを見て、おやと首を傾げる。

 シーラは慌てて、再びしかめっ面になり強い意志表明をした。

「なんだこの可愛らしい生物は。抱いていいのか」

 答えを待たずカナンはシーラを抱き上げた。

「ああああああ姉様、ずるい!!」とシャイネリアが両手を挙げて抗議する。

「んー、うらやましかろう」と言ってシーラの胸に顔をうずめる。

「や、やめ、カナ、ンさん」

「どうした少年、顔が赤いぞ。お前もやってみるか。というかやってるだろう」

「やってません!(ないです!)

「そうか。……いやどうみてもお前たち二人」

「姉さま、な、なにかご用があったのでは!」

 シャイネリアは二人に背を向けて目くばせする。

「う、うむ」そこで改めてシーラに顔を向ける。

「シーラに来客、というか」

 カナンが言い淀んだところをみて三人は胸中に苦い予感を感じる。

「とにかく修道院まで来てくれ」


 壁内の中央の穀倉の傍にブレアレス修道院があった。アークト領内では一番大きな医療施設も兼ねている。膝丈の木の柵に囲まれた建物は城塞都市の中でも指折りの大きさである。礼拝堂とシンメトリーで建造された医療館の大きな扉は開け放たれ、建物内の様子が外からでも伺えた。時折、修道女が医療用のエプロンと帽子を被り慌ただしく働いていているのが見える。


「今は安静にしている。おそらく命に別状はない」

 医療館の二階の個室に案内され、内部が見えぬよう覆われている白いカーテンが開く。

「シーラ姉ちゃん!」

 飛び出してきたのはアランだった。シーラは抱き留めた瞬間泣き出した少年を優しく抱擁する。そしてベッドの上に寝かされたアズラックの痣だらけの顔と腕や足に巻かれた包帯に血が滲んでいるのを見た。足元にはボルクと名付けられたディボルグの幼犬が伏せていたが、人の接近を感じ一瞬、牙を剥き出して唸る。シーラを見て安心すると、心細そうにアズラックを見て悲しそうに鳴いた。


「アラン、何があったの?」

 アランが泣き止み落ち着いて果汁を飲み始めたころシーラは目線を合わせて尋ねた。

「大人達がやってきて食べ物とかいっぱい食べて、無くなるとぼくをどっかに売っちゃうって話してた。そしたらお兄ちゃんが棒で悪い大人を殴ったんだ。そしたら」


 アランは再び泣きだしそうになる。

「頑張ったね」偉いぞ、と頭を撫でるシーラの表情は重い。アランは泣きはしなかったが鼻をすすり破裂しそうな悲しみに耐えていた。


「お、シャイ姉ェだ。シィ姉ェもいる」

 アズラックは大きく腫れている紫色した瞼を微かに開き笑おうとしたが、上手くいかず咳き込んだ。

「まだ、寝てないとダメ」と起きようとした少年を慌ててシーラはシーツの中に押し留める。

 アズラックは息を荒らげると暫くして意識を失った。

 双子は顔を見合わせ頷く。アズラックを挟み頭側と足側に立った。

 

 同時に両手を打ち鳴らす。

 

 「拍は始まり、は鈴鳴り、御名には慈しみを」

 

 再び手を打ち鳴らす。


 修道女らが何事かと幾人か集まってきた。

 これから起こそうとする双子の愚行をカナンは止められなかった。止められるはずもない。双子は今触れると誰であろうと容赦なく魔導の力を解き放つだろう。

 何れにしろ、遅かれ早かれなのだ。


「アクラクランの灯火は我が行く道を照らし給うた。ああ主よ。今、今生の役目を果たし、我は御側に往かん」


 アズラックの体から蒸気が上がる。数度、呻き声があがるが次第に落ち着いていく。


「来たれ御使いよ。来たれ。香を標に我は往かん」


 明らかな異変に修道女たちがざわめく。

「聖歌?」

「知らない、異教徒かしら。もしかして悪魔憑き?」

「いやでも悪い感じじゃない、むしろ福音を見ているよう」

「シエント様もいらっしゃるし」

 カナンは女性達に「問題はない」と言って追い払う。


「光満ちよ、鈴の音響け、霊子断ち切り、我は往かん」


 アズラックの息が寝息と変わる。シーラが薄っすらと汗をかいたアズラックの介護を始める。役目を思い出したかのように数名の修道女も働き始めた。ようやく快方の兆しが見てとれるようになるとドアの傍で様子を伺っていた修道女の一人が我慢できずに窓辺で涼んでいたグラディアスに近づいた。

「あの、素敵でした。先程のは?」

「故郷の祈祷なんだ。気休めでもと、ね。音楽の癒やしは少なからずあると思うので」

 いつの間にか増えた修道女に取り囲まれ、わかります、やら、素敵なお声ですもの必ず奇跡がおきますわ、と、言い寄られて病室内の窓際に押し込まれていた。


「ちっ、これだから天然たらしめ。もうエロディアスでいいわ」

「ありがとう!」

 シャイネリアはいきなり抱きつかれ「ぅぉっぷ」と言葉を漏らしながらシーラを受け止めた。

「治癒に必要な代謝を超加速させただけよ。やりすぎたり加減間違えると、逆にショックで死んじゃうから二人掛りじゃないと難しいのよね」

「だからグラッドとは違う別の詠唱を?」

「そ。俗にいうマッシュアップ、ね。久々だったから」

 そこでシャイネリアも取り巻きに襲われ兄のもとへと連れ去られる。


 取り残されたシーラは、誇らしくも少し寂し気に二人を見る。

「世界が……違う、し」

 昔から人との距離を詰めたくてもやり方がわからない。双子はあっという間にシーラとの距離を詰めてきた。昔から自分を気にかけてくれていたのもあるのだろうが、元々の気性のおかげだろう。

 うらやましいかと聞かれてもおそらく何も答えられない。答えが出せない。

 自分から距離を置こうとしているときがあるから。

 こんな自分なのに。そう思い双子を見る。違う世界を見せてくれる双子が今は少し遠い。


 私は何ができるだろう。何でもできちゃう双子の為に。


「なんにもできる事、ないよね」そういうと数歩下がり、椅子に座ろうとするシーラを取り巻きの女性達の方へ押し出すように背中を押される。振り返るとカナンが立っていた。

「あ!ご、ごめんな、さい!」

 一人の女性にぶつかり頭を下げる。

「ううん、いいのよ。あら?」

「なになに、あなた綺麗な髪!」

「先王みたいね!」

「エスタリアの人?あそこの人はみんな赤い髪なんでしょ?」

神の子ら(エスタリアン)って初めてお会いした!」

 女性たちの向こうでカナンが微笑んで椅子に座った。困惑しながら女性達の会話に引き込まれていく。


 やり方、なんてなかった。一歩踏み出せばよかった事。こうやっていけば、近づけるのかな。今は遠いけど少しづつでも近づけるのかな。

 双子に近づきたい、傍に立ちたい、そう願った。


「僕らは君の傍に立つ双樹となろう」


 突然、あの晩のグラディアスの言葉を思い出した。

 わたしは二人の笑顔をずっと見ていたい!笑顔を見てもらいたい!

 でも。

 ベッドの上で静かに眠るアズラックと寄り添うようにしているアランを見た。

 シーラは眉をひそめる。


「だれにでも、優しい世界があればいいのに」


 その呟きは双子に届いた。







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