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金の双樹  作者: 宮﨑 夕弦
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第十五話「じゃあ何?あんたもしかして」


 シャイネリアとシーラが城に戻る頃には、すっかり夜も更け警らの騎士も欠伸を漏らす頃合だった。魔法を使えば素早く部屋に戻れるのだが、さすがにカナンとグラディアスに精霊の声を聞かれ「ばれる」のは避けたかった。いや明日になれば同じことなのだが、出来れば嫌な事は先に延ばしたいだけの子供じみた心理だった。


 部屋に着くまで騎士たちの誰何は、密書に見せかけた封筒をちらつかせて、

「火急の文である。アークト伯へ届けねばなりません」と誤魔化した。

「シャイニーってば……」

「嘘はついていないわ。だってこの文書の中身は、流民達の現状と対処すべき事柄、是正措置。それに対するコスト、新規産業政策がもたらす経済効果と心理的影響力を書き記したものだもの。わたしの計算だと五年後には大きく還元される予定」


 シーラは目をぱちくりとさせた。

「ったく。私を誰だと思ってるの?この世界で二番目に偉大なる魔法使いよ?」

「一番目じゃないのね」

「一番目は決まってるじゃない。ママよ」

「え? フィールスおじさまじゃなくて?」

「そのパパさえ頭が上がらないんだからっ」

 二人が静けさを破らないよう笑い声を抑えたが、結局のところ功は奏さず、次第に大きくなっていった。

「君達は一体何をしているんだ……」

 二人は驚きお互い抱きつく。視線を向けた先にはグラディアスが立っていた。

「あ、グラッド、いや、ね?ちょっと外の」

「シャイニーはだまってろ」

「な、なによ……。だって」

 グラディアスは大きく溜息をついた。

「もういい。今晩は遅いから明日話そう」

 グラディアスは背を向けると部屋に戻り始めた。慌ててシーラが名を呼び、引き止めようとしたが、足を止めるどころか気にも留める様子もなく戻っていった。


 残された二人はしばらく動けずに居たがシャイネリアは両の手でわしわしと頭を掻いて「あーもう!」といいながらシーラの手を引いた。数歩歩いたところで手を引かれた、というよりは動こうとしなかったシーラに振り向いた。

「どうしたの?」

 といいながら涙目に沈黙する少女の顔を覗き込む。

「気にすることはないわ。事情を話したら頑固なあいつでも分かってくれるから。ね?」


 シーラは小さく首を振る。


「見てくれなかったの」

「なにを?」

「私を。一度も見てくれなかったの。本気で怒っちゃったのかな?だって、そうだよね理由も話さず練習もサボったし、これからの事も相談していないし。あのね、ずっと見守ってくれてるのは知ってる。それこそ命までかけてくれてる事も。なのに私ったら勝手に外を出歩いちゃって。なのに、なのに」


 シャイネリアはシーラの両肩を掴んで、自分の胸に抱き寄せた。

「あたしたちが、あなたを守っているのはパパやママやましてやベリアッド王に命令されたからじゃない、あたしたちがそうしたい! からよ。その辺は誤解しないで。この国の王が誰になろうと知った事じゃないわ。でも、あなたはあたし達の大切な人。だから全てにおいて優先されるのよ。家族ってそういうものじゃない?」

「だったら……私はグラッドを裏切ったのかも。信頼を無くしたのかも。もう家族としては見てくれないかも!」

「もう! あなたは何も教えてくれなかったおかあさんを憎んでる?」

「ううん」

「ベリアッド王は?」

「そんなわけない!」

「あたしたちも同じ気持ち。グラッドが本気で怒ってるのは間違いないわ。心配だったから、あなたの事が大切だからなのよ。ほんと兄貴ぶっちゃってなんかいやらしくない?ちょっと、なんで赤くなってるの?あれはやめてちょうだいね?」

「ち、ちがうの!」

「なーんか既視感を禁じえないわ」

 シーラは「もう!」と言い放つと両肩の手を振りほどいて歩き出した。

「なーんかね、あいつが王様ってぴんとこないのよね」

「ちがうってば!」

「あ、そうか。シーラが皇女にならなければ普通な旦那様か。ある意味パパと一緒ね」

「シャイニー!」

 振り向いた顔は耳まで赤くなっている。

「うんうん。分かってる分かってる。まだ結婚には早いからね。いや、待って。先々代の王妃様は十三歳でいらしたわね。グランベリアの適齢期は十八歳だから、シーラの十五歳はまぁギリセーフ、ああ、待ってよ!」

 いつの間にか置いていかれていたシャイネリアは怒り肩で歩く後ろ姿を追いかけていく。結局お互いの部屋に戻るまでは沈黙が保たれなかった事に関して翌朝の説教の時間を延ばす原因となる。



「もうそれくらいでいいだろう」

 カナンはイエッタの「冬に取れる葉は格別ね」との意見に同意しながらグラディアスを宥めた。

 その口にするカップから、確かにえも言えぬ甘い芳香がたっていた。

 グラディアスは何か言いたげにカナンに口を開きかけたが、革張りの椅子に浅く腰掛けて背もたれに体重を預けた。かれこれ二時間は小言に付き合わされたシャイネリアはカナンに感謝をするかのように両手を組み合わせた。それに答えるかのように一瞬だけ微笑むと口を開く。


「一応、シャイネリアの草書は読ませてもらった。興味深い内容だったが」

 カップから、この地の「芳茶」を一口啜った。この地方特産の茶の一種だ。夏の間に溜め込んだ甘み成分が葉に行き渡り、その白い葉を乾燥させ粉末にすれば調味料に、炒れば茶としても使える。

「無理だな。金がない。それだけじゃない。勝手に移民を認めるわけにはいかん」

 現在、流民は三千人を超えていた。それぞれに住居を用意し、開拓費用を預け、収入を得るまで食料の供給をせねばならない。アークト伯の領地における課税率は国内でも一番低い。故に、流民や移民、なかでも商人達がこぞって移住を希望する。それを規制するため、王室が国内外における移住制度を定めたくらいだ。


 金がない、は比喩でもなくアークト伯としては質素な生活を送ってはいるが隣国バシュタットのへの戦線維持には莫大な費用が掛かっている。小競り合いも今はなく膠着状態だが、ファラスのようにはやれんよ、とカナンは口にする。ファラスの直轄領の兵は主に屯田制度だが、高すぎる税の払えない額を兵役で課し、ほぼ無給で維持をしている。兵役免除は多額の納税、脱走兵は特権階級の剥奪、つまりは奴隷化。どっちにしろ金の掛からない兵士が出来上がる。移住を規制するのはむしろ己の領民の流出を防ぐ政策でもあった。


「それです。移住制度ですよ。あくまでも移住とは国内。彼らのほとんどは国外の人たちばっかりです」

 グラディアスが新たな草書をカナンに渡す。目を通すとカナンは眉を顰める。

「そうだな。バシュタットは流民だけは素通り出せるからな」

 どこの国でも無居住者に回す金銭の概念はない。実質、居住者からしか税を取り立てられないからだ。アークト伯としても追い返さないように、形だけの保護が精一杯の配慮だった。

「そこで彼らを敵兵として捕虜とするのです」

 カナンは口につけた芳茶を吹きかけた。

「流民達を!?」

「はい。適当に農具や棒を持たせて城に攻めさせればいいんですよ。別に敵意がなくてもいいんです。城外に食料を置き、噂を流せば勝手に集まってくるでしょう。これで彼らが投降すれば、実質、国法として定められているとおり、保護しなければなりません」

 人道的配慮としての全世界で認められている戦時法でもある。

「そんな詭弁な。初期段階の資金繰りはどうするんだ? あてのない返済では商人はへらへら笑って天気の話で誤魔化そうとするぞ。五年も待ってはくれん」

 グラディアスは鼻を掻きながら顔を上げた。

「国に戦時用の糧食を要求するのです。彼らは忠義心厚く、頑固として投降を認めない、だが我々は戦時法に基づき、捕虜を食べさせねばならない、とね。輸送の手間も考えて当面の糧食と金銭は国庫からまとめてねだれるんじゃないですか?」

「そして冷酷なアークト伯は捕虜を開墾に労務させる、という筋書き、か?」

 双子はにこりとして同時に頷いた。


「君らはとんでもない悪童だ!」

「国庫からみれば小遣いの前借程度ですよ」

 カナンはやれやれといった感じで肩をすくめイエッタを見た。

「私の教育が悪いんじゃないの。きっとあの人の血だわ」

「姉上、都合の悪いときはそう言ってお逃げなさるのですね」

「さてどうかしら」と、イエッタはくすくすと笑った。


 イエッタの横で小さくなっているシーラにカナンは先ほどから気になっていた疑問を問いかけた。

「シーラ様、お顔が優れませんな」

 シーラは朝から一言も発せず、ただずっと俯き、今も小さく首を振っただけでいる。

「グラッド、あんたのせいよ」

「え?」

「あんた昨晩から怒ってばかりじゃない」

「そりゃ怒るさ。どんだけ心配させたかまだ分かってないのか」

「そうじゃなくて! なんでシーラには怒らないのよ! あたしばっかりで! なんかシーラを無視しちゃってない? そりゃ嫌われたんじゃないかって思うにきまってるじゃない!」

「き、嫌って……なんか。だ、大体、お前が悪い。シーラは悪くない」

「はぁ!?」

「どうせお前が気晴らしに外に誘ったんだろうさ」

「う」

「そしてシーラは気になっていた湖に居た兄弟を思い出したんだろう?まぁこれはさっきの話で気づいたんだけどさ。ヴィー達の姿も見えなかったからお前が一緒にいることは分かってたさ。それは心配してなかったよ。俺が心配だったのは、えっと、あ、危ないからだ」

「支離滅裂ね。本当は何よ」

「もうこの話は終わりだ。シーラ、ごめん。そんなつもりじゃなかったんだ」

 二人のやり取りをカナンはにやにやと笑い、イエッタは本に目を落として微笑んでいる。

「カナンねえさま、ママ、何か知ってるんでしょう?なになに?」

 カナンは許可を得んがためにイエッタに目配せをしたがただそっと本を閉じる音だけが聞こえた。

「グラディアスはな」

「あー、カナンさん?」

 グラディアスはそっと立ち上がる。

「きっと、昨晩は寝不足だったんだろう。心配でな」

「そ、そうなんです! わかったか! 寝不足でイライラしちゃって寝不足だったんだよ!」

「……わけわかんない」

 ほっとするグラディアスにカナンはちょいと首をかしげた。

「ただ、な? シーラ様が帰ってこないんじゃないかと心配しすぎて三日も寝ていなかったのは感心せんな」

 シーラとグラディアスはお互いの顔を見た。グラディアスはばつが悪そうに口を尖らせて頭を掻く。

「わ、私はどこかに行ったりしませんし、行くところもありません!」

 シーラは照れ隠しなのか怒った風にそっぽを向いた。

「だから、ごめん。疑ったわけじゃないんだ、それは絶対にない。でも、なんか、ごめん」

 シャイネリアは先ほどからテーブルに突っ伏して肩を震わせていたが、椅子から立ち上がりシーラの傍に立つ。


 グラディアスは覚悟した。これは反撃の狼煙だ。


 シャイネリアの魔女顔がやばい。


「じゃあ何?あんたもしかしてもしかしてもしかしてぇ、シーラがいなくて寂しかったわけ?恋しかったわけ?目も合わせられないほどほっとしてたわけ?」

 兄を指さしシャイネリアはとうとう堪えきれずに笑い出した。勝ち誇る少女の手を肩に置かれたシーラは、赤い髪より頬を朱に染め俯き、自分の膝を凝視している。

「ちちちち違うから!ごご誤解を生むような発言はひひひ控えたまえ!」

 そのうちシーラが大粒の涙をぼろぼろと零しはじめたのを見て双子は慌てだした。イエッタはシーラを胸に抱くと背中に腕を回した。双子が傍に寄ろうとしたが母は首を振って制した。胸の中で囁いた小さな言葉は双子には届かなかったが、その言葉と一緒にイエッタは赤毛の少女を優しく抱きしめた。



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