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金の双樹  作者: 宮﨑 夕弦
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第十四話「いくのよ!地獄の魔犬」


 ヴァイケルはカウチに寝そべり、天井を見上げていた。

 昨晩、夕食後に届けられた密書、それも元老院の印で蝋封されたものを無造作に握り締めている。百年城に招かれてから二月も待たされたにしては簡素な文章に溜息をつかざるを得なかった。


「慎重、かつ極めて精緻な考察が必要である……か」

 手にある密書を再び目を通し、やはり同じ言葉を呟いた。詰まるところ、信用に値する情報が足りないから判断しかねる、という事だ。それもそうだろう。先王の隠し子がいたから庇護しろと謂われても、現体制を覆すような大事に至る事をおいそれと是認といかないはずだ。


 特に「叛乱」を目論む輩からとなれば、なおの事だった。しかし仮に話が通ったことを考えてみても、シーラを元老院の傀儡にせんと近づいてくる可能性も有り得る。それどころか、後ろ盾の少ない今、復権どころか、謀殺され、冠の新たなる主を擁立されかねない。

 ヴァイケルはフィールスに元老院の意思を伝えようと部屋を出た途端、目の前を影が走り抜け風が頬を撫でていった。

「グラッド、何事だ!」

「シーラがまだ帰ってきていないんだ!一週間にもなるんだよ!もうすぐ精霊言語の大詰めだっていうのに!なんで皆はそんなに暢気なんだ!」

 グラッドは背からの声の主に振り向かず、テラスに繋がる大窓を開け飛び出していった。


 ヴァイケルは苦笑すると「またか」と呟いた。後ろ手でドアを閉めたと同時に程近い場所の扉が開き、寝ぼけ眼のシャイネリアが顔を出した。

「もう、何なのよ……」

「レディがもう昼になろうというのに髪も梳かずにいるとは感心せんな」

「仕方がないでしょ、昨晩は」と大きな口を開け欠伸をし、「なんでもない」

 と、口を濁した。

「君がシーラ様となにを企んでいるのかは分からんが、あんまり大事にしてくれるな?特に君が関わると碌な事にならん。一週間前だって西の平地を焼き払ったそうだな。カナンが頭を抱えていたぞ。あんまり目立った事をやってると」

「騎士様。この聡明にして智謀深き魔女に手抜かりがあるとでも思いまして?」

 ヴァイケルはくすりと笑った。父親に似た傲慢なる物言いにも慣れ、実の所、その言い方をするときは何かを装うときなのだと理解した。ヴァイケルは若き魔女に近づくとぽんぽんと頭を撫でた。


「な、なによ。なんで何も言い返さないのよ」

 ヴァイケルは大げさに手を胸に当て、頭を垂れた。

「これはこれは思慮深き魔女様。私めのような牙を剥くしか能がない犬めに、あなた様の智謀をいかに謀れましょうや。……そう。あなた様のお召し物が未婚なる男性の前に立つには些か肌が露ではないか、と思うのも愚慮であるのですかな?」

 シャイネリアは上目遣いで見上げていたが、おそるおそる視線を自分の胸に降ろした。顔がみるみると紅潮していく。

「ばばばばばかぁ!」

 ヴァイケルの目の前で扉が大きな音を立てて閉められた。その向こうからは「信じらんない!」と何度も叫ぶ少女の声が聞こえる。騎士は踵を返すと笑いをこらえながら一階へと続く階段に足を進めた。階段を降りようとする前に背後にある大窓に振り返り、その向こうの景色を睨んだ。山から緑が消えうせ、すっかり白く染まっている。雪が解ければ何かが動き出す。冬眠から覚めた獣のように。




「これはね、ヴィサ芋の種芋よ。育ちが早く冬でも育つから三月もすれば収穫できるの。だけど猪が畑を荒らすから犬を飼うべきなんだけど、そうね。お姉ちゃんが何とかするね」

 痩せ細った兄弟が力なく微笑みシーラを見上げた。籠に入った種芋に伸ばした幼い少年の手を兄のアズラックが叩く。

「アラン、今食べちゃだめだ!」

「だ、だって。おなかが……」

「ちょっとまってね」とシーラは背負った背嚢を地面に降ろし、赤い草の実を取り出した。アランの前でしゃがむと、その親指大の赤い実を口にゆっくりと差し入れた。

「おいしい!お姉ちゃんまだある?」

「あるけど、ヴィンベリーの実はあまり食べるとお腹をこわすから、一日10個までにしてね。どこに生えているかは後で教えてあげる。さ、アランは小屋に戻って薪の準備をして頂戴。アズラックは私と一緒に種芋を埋めましょうね」

 五歳になったばかりのアランは大きく頷くと小屋へと走り去っていった。その後姿を見て零れようとする涙を我慢できなかった。


 アズラックはしゃがんでいるシーラの背に抱きついた。

「姉ちゃん、ありがとな!」

 シーラは涙を拭いながら、首を振った。

「ごめんね。これくらいしかできなくて」

「なに言ってんだ。お姉ちゃんたちがここを見つけてくれなかったらおいらたちは凍え死んでいたんだ。アランを頼まれた母ちゃんにあの世で叱られるところだったんだぞ。ひぃ、おっかねぇや」

 屈託もなく笑う少年の顔を見れず、シーラは組んだ自分の腕に顔を伏せた。

「姉ちゃん、泣き虫だなぁ」

「だって、だって」

「おいら知ってんだ、姉ちゃんお城の人だろ?」

 シーラはぎくりとした。そして顔を上げ、しゃがんだまま振り返った。

「姉ちゃんは、おいら達をお城に連れて行けたならとか、考えていたんだろ?だけど他の流民の連中を考えるとおいら達だけを贔屓にすることができねぇ、とか?だけどね、それはこっちから御免だね」

「どうして?」

「父ちゃんも母ちゃんもお城の連中に殺されたも同じだからさ。やつらの頭の中には戦しかねぇ。寝ても覚めても、戦争、戦争。まぁアークトって奴はまだ、ましな方だね。領内に居座る余所者のおいら達を追い出さないだけ、ちょっとは良い奴だと思う。姉ちゃんみたいなお人好しがいるくらいだからな!」

 げらげらと笑う少年の額をシーラの人差し指が小突いた。

「さぁ!はやくやっちまおうぜ!」

「そうだね」


 シーラは少年に掘り返した土にどれくらいの深さで種芋を埋めればいいのか教えた。葉についた虫の取り方や逆に取ってはいけない虫。少年はそれを真剣に聞き頷いた。その姿にかつて幼かった自分の姿を重ねた。

 思い出した。この少年は大切なことを思い出させてくれた。母は生きる術を私に託したのだ。命を繋ぐとは、こういうことなのだ。土がついた手を見て、ぎゅうと握り締める。

「あ!シャイ姉ェだ!」

 アズラックは遠くに見える姿に大きく手を振った。その小さく見える人影も答えて手を挙げた。半ば近づいて来ると少年は駆け寄り、シャイネリアの手を引き走らせた。

「遅いよ、シャイ姉ェ」

「うるさいわね。先週の野焼きが後を引いて数日起きれなかったんだから」

「見てただけの癖に」

「アズラック?あんた余程ぶん殴られたいようね」

「へっへーん!そんなへなちょこパンチに当たるかよ」

 言い終わるが早いかシャイネリアは生意気な少年を本気で追いかけ始めた。二人は嬌声を上げながら走り回る。

「ちょ、ちょっと!畑の中ではやめて!」

「子供の教育のほうが大切なのよ!」

「どっちが子供だよ!シーラ姉ちゃんのおっぱいの方が全然大人じゃないか!」

 シャイネリアは立ち止まり手をゆっくりとあげ差し出した。うっすらと微笑む表情にアズラックは背を向け本気で駆け出した。


「茨に戒めされし、オーデラムの狼よ。汝の痛みを和らげるのはアクラクランの聖女の癒し手であることを忘れたか。風に牙、地に爪、双眸に炎を。駆けよ、思うがごとくに!」

「シャイニー!!」

 人前で魔法を唱えたと体がこわばったが、精霊のざわめきが聞こえず、その事に安堵した。声が聞こえなければ魔法ではない。そのくらいは分かるようになっていた。

 

 シャイネリアが肩から掛けていた少し大きめの布袋を地面に降ろすと、結わえていた紐を解いた。中から黒い子犬が飛び出して、小さく吼えた。

「いくのよ!地獄の魔犬、ディボルグ!」

 その小犬はアン、と吼えると小さな尻尾をうれしそうに振り、シャイネリアの足元にまとわりついた。

「む。私に逆らう気ね」

「シャイ姉ェ、まじかよ!アラン来いよ!仲間が増えたぜ!」

 兄の声に小さな引っかき傷をあちらこちらにこしらえたアランが家の裏手から姿を現した。小さな黒い番犬の姿を見つけ、「わぁ」と駆け寄りながら笑みをこぼした。

 じゃれてくる子犬に嬉しそうにはしゃぐ兄弟を見ながらシャイネリアはシーラに傍に立った。

「ありがとうシャイニー」

「餌は上げなくていいわ、その辺の獲物を勝手に獲るから。私たちはずっとここに居られるわけじゃないしね。心強い番犬が必要だと思ったの。北のブレイオから夜通しで帰ってきておかげで寝不足よ。なのにヴァイのやつ……」

 そこでシャイネリアは顔を赤らめ、口ごもった。

「ヴァイさんが?」

「なんでもない!」

 シーラはシャイネリアに抱きつくと頬にキスをした。

「なにがあったか知らないけど、頑張ってくれてありがとう!」

「可愛い妹のためよ?仕方がないじゃない」

 シーラは素直に頷いた。とびっきりの笑顔で。

「ま。春が来るまでにはなんとかしなきゃね」

「うん。いろいろ教えてあげないと。私が出来る事ってそれくらいだし」

「それもあるけどねー……」

「他に不安なことが?」

「あの子犬ね」

「うん」

「本当に魔犬の子犬なのよね」

 シーラはなにをかいわんと口を開いたが、どうにも適当な言葉が見つからない。

「……危なくない?」

「躾しだいね」

「シャイニーってたまに、本当にたまーになんだけど、馬鹿なこと考えちゃうと思うの。まるで子供みたいに」

 シャイネリアは「む!」と非難した相手を三白眼で睨みつけた。シーラは目を背け、「さーてと、早いけど晩御飯にしよっかな」とその場を逃げようとしたが背中から抱きとめられた。

「じゃあ大人なシーラに教えてもらわなきゃね。どうやったら、大人になれるのかなぁ」

 シーラの笑い声を合図に兄弟は子犬を拾い上げ、二人に駆け寄った。


 春にはまだ遠いが決して寒くはない。そんな風に思える日が来るとは想像すら出来なかった日に比べれば。

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