第十三話「シャイニーは可愛い!」
ヴァイケルは苦笑した。
「慣れるしか、ないのか」
「貴公ならすぐ慣れる。慣れてもらわぬと困る」
「なぜ魔法を、いや魔法存在そのものを隠すのだ?」
「貴公は」
ヴァイケルは首を振った。
「ヴァイケル、でいい」
「そうか」
カナンは少し微笑む。
「ヴァイケルはどう思う?魔法を、私らを」
「俺が思うに。怖いな。それだけだ。己の手も使わずに人を殺せる。操れる。フィールスやあの子らを見てると、それは危惧しすぎかと思うが。ファラスも魔法が使えると聞くと恐怖以外何ものでもない」
イエッタが同意した後、グラスに入っているワインを見ながら言った。
「私から見ると、騎士も同じなのですよ。銃や剣、弓矢。どれも私達では抵抗できないものですし」
「いや、それでも。魔法のような……そうだな。力には変わりない。権力、なぞ魔法と同じで目に見えているわけでもない」
フィールスは妻からワインを受け取ると口に含んだ。
「かって、精霊は人と共にあった。我らの周りにはマナが満ち、能力がない者でも彼らの姿を見ることができ、話すことすらできたんだ。子供であったヒトは彼らを敬い、尊んだ。だが多くの知識を得たヒトは自ら歩き出し、精霊たちを”友”と呼び始めた。愚かなことだよ。彼らと等しい存在であり対等であると勘違いしたのだ。当時の精霊王は慈悲深き、そして人を愛しすぎた。それを許したのだ。その結果がグリモアール、真なる歴史書の序章”ラグナレク”の開演だ」
「ラグナレク……混沌を拭い去った神々の戦い、と世間一般的に思われているがどうにも聖書の類は胡散臭くて、な。それで?」
「逆だな。混沌を作ってしまったのだ。この壊れた世界を。人は精霊を使い、人を破壊した。次第に十二大精霊は物質世界から去り小さな精霊も後に続いた。だが人が作り出すマナは彼らにとって存在を維持するエネルギーなんだ。人を愛したために人から遠ざかった。彼らが抜けた世界はバランスを崩し始めた。この世界は何れ壊れる」
「この世界が壊れている?」
「滅びはいきなりじゃない。浸みていくように。端から崩れていくように。人知れず始まり、気づいた時には壊れたものを抱き天に嘆いているときだ」
ヴァイケルは怪訝そうな表情を見せる。確かに世には戦乱が絶えず、飢えや死が蔓延っている。
それは国が、人が壊れているせいだとでも言うのか。
ヴァイケルは溜息をつく。そして若き魔導士であるシャイネリアを思い出した。
「でも俺は、なんだかいけそうな気もする」
「ヴァイケル、魔法を知らないあなたが何故そう言える?」
カナンの問いにヴァイケルは肩をすくめた。
「何故? さっきも云ったように、シャイネリアやシーラ様を見てるとな。なんだか世界を変えちまうような、そんな予感、いや違うな、期待だな」
カナンは先ほどのシーラの「誰でも誰かに甘えられる世界」の言葉を思い出した。彼女なら「誰でも」は人間だけじゃない。
「……案外、それはすごい魔法だな」
「おお、そうだな。魔法だな。使えない俺でも協力できそうだ」
フィールスは頷いて、手を差し伸べた。
「私にもその魔法に協力させてくれないか。私も今は使えないがシーラに言わせれば、今出来る事をやる、だ」
「ああ。こちらこそ」
ヴァイケルは快くその手を握った。
「誰も彼も、酔っているようですね。私はこれで失礼します。明日から忙しくなりそうなので」
カナンは口調と裏腹に微笑んで退席した。
残された人間は同じように残された酒を平らげんとばかりに、グラスを仰ぎ続けた。
翌朝。
テラスから美しい歌声が雲雀の伴奏と共に辺りに響き渡る。
「んでー。精霊語の文法は私たちと逆なのね。まず、目的が先にあって、それから、述語、そして主語。例えば……現れよ!速やかに!私のもとに!って感じかな。ってルーンは呼んでないのよ。あっちで遊んでなさい」
突如現れた掌大の精霊に頭の上に座られて、腕を組んで見上げるシャイネリアにシーラはくすくすと笑う。
「まったく。単語はともかく、問題は発音なのよ。いい?舌は浮かすようにして喉を震わすの、こうよ」
シャイネリアの口から鈴のような歌が流れだす。それをうっとりと聞いていたシーラにシャイネリアは顔を赤くした。
「聞いてる?」
「あ、ごめんなさい。こ、こう?」
しばらく聞いていたシャネリアは苦笑した。これはどうにかなるのだろうか。もちろん今日が初めてなので巧くいくはずがない。それを差し引いても、音痴はどうにもならないだろう。
「シ、シーラ。あなた歌を歌ったことは?」
「いえ、ないの」
「やっぱり……ね。そこからかー」
「ご、ごめんなさい」
「あやまんなくていいの。むぅ。不本意ながら、あいつの出番か」
「あいつ?」
「あいつったら、あいつよ」
ああ、グラッドの事ね、と納得したシーラは疑問を口にした。
「何故グラッドなの?」
「あいつね、あれでも音楽の教師なのよね。十六のくせに!」
ああ、とシーラは頷く。一昨日の晩を思い出し何故か照れてしまう。変なモードになりそうになり頭を振って現実に帰ろうとした。
「でも双子だからあなたも十六……」
「そんなことはどうでもいいの!まずはシーラの音痴……」
シーラは口に手を当てると顔を赤くした。
「ご、ごめんなさい」と小さく呟き下を向いた。
「あ、いや。ごめんね? 音痴は言いすぎだわ。だって今まで歌ったことないんだし?う、歌ってばある意味魔法みたいじゃない?難しいのよ!」
口ごもり始めたシャイネリアの顔が紅潮し、ついには目からぼろぼろと涙を落とし始めた。
「え?え?シャイニー?」
「なんでもない」
そういってシャイネリアは椅子に座り込んだ。あたしって馬鹿、と言いながら袖口で止まらない涙を拭く。イエッタは部屋の隅で読書をしていたが立ち上がって愛娘を後ろから抱き締めしめつつ頭を撫でた。
「シーラ。心配しないでね。この子はお友達って初めてなのよ。あなたを傷つけてしまったんじゃないかって、不安になっただけなの」
シーラはシャイネリアの前で跪いて下から顔を覗き込むように近づける。
「シャイニー。私は傷つかない、なんて言えないけど大丈夫。でもあなたが酷いときは本気であなたを怒るわ。泣いちゃうかもしれないけど。でもあなたならどんな事でも許しちゃう。お友達だもの!」
「ちゃんと怒ってくれる?」
「ちゃんと」
「そっか。……そっか。じゃあ早速行こう。あなたの音痴を」
ちらとシーラの表情を確認し、
「治しにいくわよ!」
先に歩きだしたシャイネリアをシーラが背後から抱きついた。
「シャイニーは可愛い!」
「だ、だまらっしゃい。あたしはあなたよりお姉ちゃんなんだからね!」
「うん、お姉ちゃん!」
愛娘の耳まで赤くなった後姿を見つつ、イエッタは二人の娘を見送った。
この世界が壊れていくとしても。
「壊れても治せるじゃない」
そう呟き、イエッタは再び光さす窓辺に戻り栞が挟まったページを開いた。




