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金の双樹  作者: 宮﨑 夕弦
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第十一話「私に魔法を教えてください」


「グラッドにもみえてないの?たぶん真名を呼ばれてないからじゃないかな」

「なるほど、現象化していなんじゃ僕にも見えない」 

「あの、それは私にも精霊がそばにいるってことなの?」

 ロータスはシーラに頬を撫でられて、気持よさそうに目を閉じた。

「そうだね。近い言葉を選ぶとしたらそれになるけど、厳密にいうとちょっと難しいかも」

「近いけど、遠いってこと?」

「ごめんね。これ以上は言えない」


 グラディアスはそれだけで全てを悟った。契約時に真名を呼ぶ行為は現実世界マテリアルでいうところの調印みたいなものだ。実のところ固定化された肉体を持てないだけで精霊界の姿では現れることができる。そうやって契り(仮契約)を結んだあと、魂結び(本契約)の儀で彼らは現実世界マテリアルに影響を与える事が出来るようになる。望めば姿くらいは見せる事ぐらいは出来るはずだ。姿を見せない、は分かる。そういう精霊の方が多いからだ。

 何故、陛下との契りが切れた後でも付き従う?

 理由は分からないが精霊の方が拒否している事実は想像以上に厄介な話だった。


「私がその名を呼べば、見えるようになる?」

「うん。真名は教えられないけど、ってか知らないし。でも精霊名を教えてあげる。彼女の名前は、ニア」

「ニア!? ああ、父さん、そんな大事なことを」

 いやしかし、とグラディアスは腕を組んだ。これは修行すればなんとかなる、と言う話ではなくなった。資質はともかく、能力が伴わなければ精霊が傍にいるだけで彼女は不幸を背負うだろう。魔道士なら一番恐れる「精霊病」だ。


「ニア……」

「その名前は魔道士なら誰でも知っている。十二大精霊の一柱だ。父の精霊もそう。使役できればシーラは陛下のようになれる」

 シーラはその言葉を聞いて少し思案した後、首を振った。

「ならなくていいんです。ただ、嬉しいの。お父様が私に残してくださった心が傍にあるんですもの」

 力のない自分に嘆きながら、その力を得る可能性があるというのに。

「精霊に会いたい?」

「とっても。だから、決めました。とりあえず、私が出来る事をする、って。お父様が亡くなったのは私に精霊を残したから、なのでしょう?」

 グラディアスは確信した。シーラはこの先誰よりも聡明なる王となるだろうと。

「なぜそう思う?」

「私だってお父様の功績や偉業を」

 シーラはそこで少し照れた。初めて父親の話を人に聞かせることに戸惑いを感じる。

「多少は知っているつもり。それこそ英雄譚のようだってことくらいは。そんなお父様が亡くなったのは理由があるのでしょう?戦って、じゃなく病気?怪我?精霊さんがいたら多分避けれた、事故とか」

「僕は聞かされてないんだ。なにが原因だったのかも。いつかは父さんも話してくれると思うけど」

 シーラはグラディアスの手を取った。


「私に魔法を教えてください」


 上目で見るシーラにグラディアスは戸惑った。

 今回ばかりは返答に困った。気持ちはわかる。だが命を落とす可能性がある高位精霊契約。精霊が傍にいる理由の不確かさ。どこまで伝えるべきか。

 いや。どこまでじゃない。全部話さないといけないだろう。


「覚悟、は今更聞くことじゃないね」

 頷くシーラ。

 

「ねぇ、グラッド?」

「ロータス。今、大事な話を」

「下の方で、すっごい魔力の乱れ、分かんない?」

「なんだって?……げ」

 絨毯の縁から下を覗くと、パラスの広いテラスに人影が見え、傍にいる精霊から溢れる魔力が見えた。

「んー、ロータス、あれはなにかね?」

「シャイ姉の槍の準備じゃないかな」

「撃ち落とすつもりかよ!急げ、早く降りるぞ!」


 シーラは絨毯に座り込み下降に備えたが、急速な落下にも関わらず、案外揺れもなかった。少し浮いた状態でテラスに降り立った二人に、すかさず足音を立てる勢いでずんずんとシャイネリアが近づいてきた。

「あんたって、やつは!」

「ま、待て、これには深いわけが」

「舞って飛べ、グーリアンスまで!」

 容赦なく呪文を唱え、風に乗ったグラディアスはテラスから文字通り舞いながら飛んで行った。本当に撃ちやがったああ、という叫び声が段々と小さくなっていく。ロータスは放り投げられた棒きれを追う犬のごとくに飛び出した。精霊の楽しそうな笑い声が遠ざかっていく。

「グラッド!」

「グラッド……?」

 ぽんぽんと手を払うシャイネリアは怪訝そうに尋ねた。

「ああ、あいつなら大丈夫です。殺しても死にませんから。でも、なにかあったのです?」

「お話したんです。他人行儀見たいなのはよしませんか、って。だからシャイネリアさんも、いえ。シャイニーも、私を友人みたく接してもらえると嬉しいです」

 シャイネリアは愚兄も少しは役に立ったようだとシーラの機微の変化を快く受け入れた。

「でも、周りがうるさいですし、ね」

「だから、周りも変えちゃいましょう」

 手を軽く握って口に当てて思案していたシャイネリアは思わず吹き出した。

「あは、あははは」

「え、可笑しいですか?」

「あいつが何故こうも、ううん、パパもママも何故あなたに入れ込むのか分かった」

「失礼させてもらっても?」

「え、ええ」


 てっきりその意味が、この場から居なくなると思ってた言葉だと思っていた矢先に、シャイネリアに体を抱きしめられ一瞬、何が起きたのかわからなかった。

「え、え、な、何を?」

「あなたはラフィーナに似ている。とってもね」

「グラッドの大切な人?」

「あいつがそんなこと言ってた?ああ、たぶんそれはあなたの勘違い。ラフィーナは、私たちの大切な、家族だった、妹」

「妹」

「そう、四年前に、ね」

「そっか、妹さんか。なんだ。あ、ごごごごごめんなさい、そうじゃなくって、その、なんて言ったらいいのか。ごめんなさい」

「あら、恋人だったら都合悪かった?」

「ち、ちがうの!」

 シャイネリアはシーラの前では出さなかった、眉間に皺をよせた、グラディアスいわく、魔女顔で、意地悪気にシーラに説き始めた。

「そりゃそうよね、一応、命の恩人だし?まるでおとぎ話の王子様みたいよね?でもね、あれだけはやめときなさい。あんな口だけのだらしない男ったら、この国には一人として見つからないわ。あいつね、二,三日お風呂に入らなくても平気だし、パンツだけで歩き回るし、そのくせ、ええかっこしいなのよ!むかつくったら!」

 きょとんとしたシーラは次第に笑い出し、シャイネリアもそれにつられ笑い出す。


「そろそろ」

 抱きしめられたままのシーラは、シャイネリアの柔らかい体から離れようとした。

「だめ。だって可愛いんですもの」

 照れたシーラは俯いた。そして暖かいシャイネリアの体温が、母の懐かしい抱擁を思い出させた。もう忘れかけていた人の体温。


 シャイネリアに初めて感じた感情はお友達になって欲しいという気持ちだったんだ。

 そんなことすら気づけなかった自分が愚かしい。

 

 けど嬉しい。


「あなたは私たちが守る。あなたが何者でも」

 女王であろうが、小作人であろうが。その言葉の意味がシーラには掛け値なしに嬉しかった。母を失い、もしかしたら生きてるかもしれないと思っていた父も既にこの世を立った後と知った。そして国を追われようとしている。いや、逃げ出そうとしていた。

 全てを失った。

 ああ、だから、私は悲しかったのだ。居場所を失う恐ろしさ。未来を失う恐ろしさ。


 でも、暖かさと優しさはここにある。




「と、言うわけで。シーラと呼びなさい」

 暖炉の前で半円に椅子を並べて座っている面々は、揺れる炎に照らされていた。

 謁見の間でとのカナンの申し出を断り、私室の方で、とのシーラの要望だった。

 おろおろとするシーラの横でシャイネリアは男達の前で腕を組んで、小さい顎を心なしにあげる。フィールスとイエッタは、にこにこと微笑み、グラディアスは額にできたコブを冷やす布がずれないように天井を向いていた。

「馬鹿いうんじゃない!それ以上言うんじゃないぞ。御前であるから剣を抜きたくない」

 ヴァイケルの憤りは予想したもので、自分に指をさす騎士から顔を背ける。

「伯からも、なんとか言ってくれ!」

「私も、反対ではあるが、そうではあるが、殿下の望みであろう?」

「諫言も臣たる役目ではないかっ!」

 シーラが恐る恐る手を挙げる。

「はい、そこの君」

 シャイネリアが面白げに指をさす。ヴァイケルは本気で剣の柄を握ろうとしたところにカナンの足が伸びて柄を押さえた。

「まず話を聞け。貴公の大事な御方のお言葉だ」


 ヴァイケルは怒りのあまりに目に涙を浮かべていた。彼にとっては有り得ないことばかりだった。生まれついてから騎士道を学び、偉大なる先王に仕えた。なんだこの茶番は。王族の威厳は軽んじられてよいはずがない。何の為の王なのだと、義憤を覚える。

「ヴァイケルさん、ありがとう。ただの娘である私にそこまで言っていただいて」

「違う、あなたは王族の正当なる血筋を持つお方なのだ」

 シーラは微笑む。

「はい、それは確かであることは私もようやく理解できました」

 そう言って今だ天井を仰ぐグラディアスを見た。

「でも、私は何も決めていません。決められないのです。今はただの娘なのです。これからの事を決めるには私には大きすぎて、そして自分一人ではたぶん生きていけない、と思います。さっきシャイニーと話をしました。そしたら私たちは家族だからって言ってくれました。だから私は甘えようと思います。みなさんに」 

 イエッタはシーラの手を取って、その手を優しく撫でる。


「だれもが、誰かに甘えることが出来たらいいなって思うんです。泣きたいときに話を聞いてくれる友達、寒い夜に暖炉の前で笑いあえる人、私、笑いたい!……です。私だけじゃない、皆さんと一緒に。外にいる人たちとも。全員は無理だけど。いっぱい笑いたい。もう泣くだけってたくさん!……です。初めて知りました。優しくされることがこんなにも救いになるなんて。こんなにも明日が楽しくなるなんて。こんなにも優しいことが嬉しい!……なんて。自分がこんなに我儘なんて初めて知りました。だから自分だけじゃ嫌……です。みなさんも嬉しくなって……欲しいです」


 シーラがそこで周りの顔を見渡して慌てて椅子に座り込んだ。椅子の上で見られたくない表情を隠すように両手で覆うが染料で染めたかと思うほど赤くなった耳が全てを語っている。


 カナン、いやアークト伯の額に冷や汗が流れた。これは計算なのか?いや違う、素で言ってるに違いない。本気で言っているのだ。すべての人間が幸せに暮らすべきだと。そこまで考えてはいないだろう。今ここにいる人間に話しかけているだけだ。


 だが彼女が王位につけば、それは成される。


「ヴァイケルさん、だからお兄さんになってください」

 ヴァイケルは椅子からずり落ちそうになるところを寸でのところで踏ん張った。先程のシーラの心持を聞かされて王族がどうとか、威厳や伝統がこうだとか言うのが恥ずかしくなった。自分がずれてるのかとさえ思い始めてくる。だが今のシーラを見ていると馬鹿馬鹿しく思えてくる。これは世界が変わる、いや変わった瞬間なのだろう。


「カナンさんはお姉さん」

 カナンはもう我慢できなかった。震わせていた肩を椅子の背に預け、腹を手にあて大笑いをした。

「伯!」

「ヴァイケル殿、我らの負けだ」

 目の端からの涙をぬぐってカナンはそう答えた。

「故事にもあるではないか、王と臣下が兄弟の契りを結ぶ話が。光栄なことではないか」

「そ、それと、これとは違う、のだ」

「いいかい、ヴァイケル殿、私がさっき言いたかったのは、殿下は、まだ殿下ですらないってことだ。まず元老院に認めさせ、それからの話ではないか?」

「それでも御身の血は王族であるという真実には変わりない」

「そうか。じゃあ、貴公はシーラが王族だから忠誠を誓ったのか」

「それは違う! 殿下が殿下であるからだ! ああ、もう訳がわからぬ! 先程も申したように俺の剣は殿下の為にあるのだ」

「じゃあ貴公が兄であろうが臣下であろうが、構わぬってことじゃないか」

「詭弁ですらないわ!」

「シーラの話を聞いていなかったのか? この世の有様を変えたいと申したのだぞ?」

「い、いえ、そんな大それたお話では」

 慌てて手の平を振るシーラにカナンは微笑んだ。

「たぶんフィールスやグラッドは気づいておろうな、この城のこと」

 グラディアスは手をひらひらとして答えの代りにし、フィールスは目をつぶって肩をすくめただけだった。シャイネリアは私の名前が入ってないじゃない、と呟いたが、本気で分からなかったから口を尖らせただけにする。

「この城からいずれ現体制に対して反旗を上げる予定だった」

 いわゆる謀叛である、と飄々とカナンは言った。


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