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金の双樹  作者: 宮﨑 夕弦
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第十話 「自分のは見えていないんだ?」

 何故この兄妹はそこまでしてくれるのだろう。その言葉に偽りがないというのは分かる。

 仮に玉座についたとして、それからも傍に居てくれる。その豊富な知識と力を用いて。それは権威を持つシーラを傀儡とすべく今のうちから取り入ろうとするこの家族の策謀なのかとさえ思える。それくらいの事はシーラにも想像ついたが、このグラディアスの笑顔を見ていると、どうにもその考えは馬鹿馬鹿しく思える。


「じゃあ……もし、ですね」

 シーラは少し躊躇った。

 この問いは彼を試す言葉だ。言いあぐねて沈黙が続く。

 グラディアスは視線を逸らし口を結んだシーラのその沈黙で、何を言わんとしたいのか察した。

「君を安全な所に連れて行った後、全ての元凶を排除する。二度と追う気がないように。二度と卑しい考えを起こさないように。……と思ってたのになぁ。昨日で思い知らされた。理想を口にしたところで力にはならない。結局僕は、何もできないんじゃないと思う事がある」

 グラディアスは自分の両手を見て、力を込めて握りしめた。

 

 こういう顔もするのかと、シーラはどきりとした。

 月光に照らされた金髪の髪が揺れる。その目は光を失ったかのように暗い。彼の地を睨む横顔は、復讐を果たさんとする神ジューノの彫像のようだった。


「陛下の言葉の為にだけじゃないんだ。父の精霊はファラスに捕えられている。奴は父の精霊から大きな魔力だけを吸い取っている。己が力を得るためだけにね。あの人たちを見たよね。彼らは下着すら買えず、ぼろ布を縫い合わせた靴を履く。領主は国からの監視がおろそかになっているのをいい事にまるで使い捨てするかのように人足に鞭を打つ。そのくせ不作がくれば、あっさりと見捨てる。カナンさんは領主だけどそこまで酷くない。いやどちらかというと優遇措置を恐れているのかな。目立たないように。ああ、そうか」


 グラディアスは腑に落ちたことがあるらしく、顎の下に親指を当て思案始めた。

 小作人であるシーラは多くの一般人の扱われ方は知りすぎるほど身に染みていた。シーラが作業する領主は小作人の必要最低限の人数を遥かに下回った状態で、枯れた荒野を耕地させる。聞けば、一人あたりでは他の領地の二倍近い広さだという。小作人同士が助け合わなければどうにもならない広さだった。病気や怪我が絶えない。

 そして小作人から永久に逃げられない。土地を持とうにも領主は一生かかっても払いきれない値段を吹っ掛ける。今の世では生まれた身分を一生継いでいくしかないのだ。


「こんな世の中じゃなければ、ラフィーナは死ぬことはなかったんだ」

 その言葉を聞いて背が凍りついた。シーラはその言葉の意味を整理し理解すると、自惚れかけた自分を恥じる。彼は自分の為を思ってやってくれているのかと、心の奥底で少し淡い感情を持っていた。

 寓話のような話につきものの魔法使いのように。


 そうか、彼はそのラフィーナという女性の為にやっているのだ。


「大切な人、だったんですね」

 と、言ってしまって後悔した。思わず口にしてしまった言葉。出来ることなら取り返したかった。

 グラディアスは目をつぶって頷いた。

「だから世界を変えたい。ああ……これじゃ君を利用するみたいじゃないか」

「グラディアスさんは」

 後に続く言葉は、男らしからぬしなやかな指で唇を押さえられた。

「ずるいな、君から言ったことなんだよ。グラッド、と呼んでくれないかな」

 そう言ったグラディアスはウインクをした。シーラは胸の中にある重しが気になって、グラディアスの気障な行動すら上の空で、ただ俯いてしまった。


「ごめんなさい。その、えっと……なんでもないです」

「いや、こっちこそごめん、なんか馴れ馴れしかった」と頭を掻きながら申し訳なさそうに言う。

「シャイニーにもよく言われるんだ。あんたは天然で行動とか頭の中の言葉がすぐ漏れちゃうから気をつけなさいよ、ってね。おまえはかあさんかよ……」

 シーラはグラディアスの「気をつけなさいよ」の裏声で少し吹いたあと、笑いだした。

「いいですね、兄妹って」

「あれが?そうかなぁ?」

「だって、グラッド……が凄い怪我したとき、彼女のほうが死んでしまうんじゃないかと思うくらい泣いてたもの」

「ああ。それはラフィーナの時と重ねていたんだ。ああ、もう辛気臭い話はよそう。……で、これからどうする?」

 再び出た名前で心が止まった時での質問に、シーラはしどろもどろになって、分からない、とだけ返事をした。

「ああ、ごめん、僕は晩御飯、いや朝ご飯? 抜いちゃっててさ。お腹すいたんだ」

 シーラは一瞬あっけにとられて、その後苦笑した。

「食事はちゃんと摂らないと。魔法で治しても体力はそうもいかないんでしょう?」

「だってさ、思い詰めたお姫様が塔の天辺で足ぶらぶらなんだよ?」

「思い詰めてなんか!」

 グラッドは触れてはいけないところに触れてしまったかと焦ったが、シーラはふぅ、と息をついた。

「そう、少し、気が張ってたかも。ありがとう、話ができてよかったです。なんか色々ありすぎて」

「殿下の御為なら」

 シーラは先ほどの仕返しとばかりに唇を押さえた。

「シーラ、です」

 グラディアスは肩をすくめる。

「ちぇ。シーラはよっぽど俺に不敬罪で斬首になって欲しいらしい」

「私が、もし、仮に、暫定的に、妄想的に、女王になったとしたら、そんな罪は廃止しますよ。うん。皆にシーラって呼んでもらいたい。だって、それがお父様がくださったお名前ですから」


 グラディアスは微笑んで頷いた。

 暖かに微笑む彼女こそが小さい頃遠目から見てたお姫様なんだ。グラッドは内心焦っていた。本気で飛び降りるつもりだったのではないかと。そしてそこまで追い詰めたのは自分たちなのだ。

「さて、何か食べにいかない?料理をこっそり部屋に運んだんだ。この辺の林檎は絶品でパイにしてもらったよ」

「うん。落ち着いたら少しお腹がすいてきました」

 グラディアスは笑いながら前を見た。面倒だから還るなって言ったのに、と言った後すこし息を吸う。そして唇から教会で聞いたことがあるような歌が聞こえてきた。


 シーラは音楽の知識も観劇の経験もないので、男性が高音で歌うところを初めて聴いて驚いた。

 そういえば先程、音楽が役に立たないと言ってたのを思い出す。


 そんなことない。

 この歌はずっと聴いていたい。魔法なんかよりずっと魔法だった。


「ロータス、頼む」


 何もない漆黒の空間から一筋の光が見えた。それは水平線から太陽が昇るようにゆっくりと大きくなる。

 まるで草原に隠れていた狼が身を起こしたかのように背からゆっくりと姿をあらわした。


 シーラは思わず手で口をふさいだ。

 黄金の狼。

 完全に姿を見せた金狼はとても大きく、人の二倍はあるだろう。長め毛先から金の光の粒子がゆっくりと舞い落ち、閉じていた目が開かれる。体と同じく金色の瞳は獣のそれじゃなく、知性を宿す光が佇んでいた。しかしその威厳もどこへやら、空中で地面があるかのように伸びをして欠伸をし、まるで普通の、いたって普通の犬のような仕草をした。


「なんだよグラッド、昨日の戦闘で疲れてるのに。君ってば狼使い、荒くない? だからモテないんだよ」

「おい、ワン公。帰結した結果と理由が繋がってないよ。論理的に、ってそんな話じゃない!」

「ん。大体あってるのに。あれれ?おやおや?グラッドの横にシャイニーじゃない女の子がいるよ!」

 シーラはその荘厳な姿と裏腹な言葉遣いに違和感を感じていたが、一瞬でこの精霊が好きになった。

「貴女が……グラッドの精霊さん?」

「ありゃ、おねえちゃん、僕が見えるんだ? 場所が場所だけに人間には見えないように出てきたのに。まぁそんな事はどうでもいいや。んでね、あなたじゃなくロータスって呼んで?」

「おねえちゃん、じゃないだろ、馬鹿。殿下、じゃなかった、シーラ様と呼べ」

「おねえちゃんの方がいい。シーラねぇちゃんって!」

 狼は、ぷいと横を向いて言う。 

 シーラは両手を組み目を輝かせて、こくんこくんと頷いていた。グラディアスは何かを言いかけたが、やはり苦笑いするしかないようだった。

「どこの世界にマスターに我儘いう精霊がいるんだよ。大体、おまえ100歳超えてるだろう」

「レディに年の事を言うなんて!」


 しかし驚かずにはいられなかった。シャイネリアから、ヴェネーゼを「観た」とは聞いていたが、まさかロータスまで見れるとは思わなかった。

 精霊は強さに比例して、見づらくなる。例えて言うなら、小さな穴から物を覗き見るようなものだ。対象が小さければ視界内に収まるが、大きければ大きいほど全体を見ることが不可能になる。いわば穴の大きさが精霊を使う資質ともいえるのだ。

「おねえちゃん、いい精霊使いになれるよ。僕程の精霊を見ることができるなんて世の中にはそんなにいないよ」

「わ、わたしが?」

「うんうん」

「わたしにも?」シーラは傍にいる魔道師に問うた。


 グラディアスは唸った。華奢なシーラを見ていると万夫不当、原神、阿修羅、いくつ二つ名がついたのかわからない陛下の娘というのを忘れさせられていた。シャイネリアは、私たちのシーラが普通なわけないじゃない、といつも非論理的な評価を下していたが。


 自分たちが魔法使いであるように、あるいはシーラも。

 シャイネリアと変わらない非論理的な考えに至り苦笑せざるを得ない自分だったが、時には直感が大事なのよと言い放つ妹の言葉も一つの真理だった。



 

「資質は、ある。普通はね、長い年月と修行を経て見えるようになるんだ。正直、シャイニーの話は勘違いだと思っていた。ありえない、ってね。たぶん思うに……」

「たぶん?」

「君の父上がそう願った」

「ね、がい?」

「僕らの力は親父から受け継いだ。たぶんシーラも陛下からじゃないかな。ただのね、願いじゃないんだよ。強くなって欲しい、優しい子になって欲しい、幸せになって欲しい。いろんな思いがあると思うけど。まだ僕は子供なんて想像できないけど、自分の親や、シーラのお父さん、陛下の事を聞いてると親の願いって魔法を超えるなぁ、と何度も思ったよ」

「お父様からの……」


 ロータスはシーラから喉とお腹を撫でられヘソを空に向けていたが、尾っぽを振るのをやめてお座りをしてシーラを覗き込む。 

「んん? あれれ、自分のは見えていないんだ?」

「何? 自分の?」

 ロータスの言葉に二人は同時に声を発した。



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