大切な仲間
顔を離す。すると、花凛は茹でダコのように顔を真っ赤にしたまま目をグルグルさせていた。混乱マックスらしい。
「あわあわあわわ……っ」
「あー、スッキリした!」
私は花凛を放置したまま、手を組んで伸びをした。本当に、憑き物が落ちたかのように心がスッキリしている。今まで何をウジウジしてたんだろう。そう不思議に思うくらい、まるで生まれ変わったような気分だった。これがさーやさんの言っていた、吹っ切れたというやつか。
「り、りりり理央ちゃん……あのっ」
「あ、真綾から電話だ」
ズボンのポケットに入れていたスマホを取り出し電話に出る。すると、耳をつんざくような真綾の怒声が飛び出した。スピーカーにして花凛にも聞こえるようにする。
『理央ちゃん、なんで電話に出なかったの! 心配したんだからね!』
「おかけになった電話番号は、現在使われておりません」
『え、ウソっ?』
「ウソだよ。繋がった時点で気付け」
『なにそれ、理央ちゃんヒドイ!』
「騙される方が悪い」
本当に、いつもギャンギャンと怪獣のようにうるさい。でも、そのいつも通りな感じが私には嬉しかった。
「今花凛が家に来ててさ、花凛から話は聞いた」
『……そっか』
花凛の名前が出てきた瞬間、真綾の声がトーンダウンする。そのまま彼女は話を続けた。
『花凛ちゃんの気持ちは嬉しいけど、やっぱりそういう風には見られない。でも、マチモンは辞めてほしくないの。もちろん、理央ちゃんにも。二人は大切な仲間だから』
「ワガママだね」
『自分でもそう思う。でも、これが私の本音。だから理央ちゃん、辞めないで』
真綾の真剣な声。出会った頃は、本当にさーやさんのことばかりだったのに。私達のことは二の次なんて素振りも見せたことがあったのに。そんな彼女を変えたのが私達なんだと思ったら、不覚にも誇らしく感じてしまった。
「辞めないよ、私。これでもこのバンド気に入ってるから」
『本当っ?』
「でも、一つ確認していい?」
『なに?』
そこまで言って、私は一度花凛を見た。
「私、花凛のことが好きなんだ。今さっき告白したとこなんだけど」
『ええっ?』
「り、理央ちゃん!」
花凛の慌てた様子が可愛らしい。そんな彼女を無視して私は話を続ける。
「まあ、花凛は振られたばかりだから、今すぐ返事もらおうなんて思ってないけど。私は本気だから。そんな状態の二人といても、あんたバンド続けられる?」
『もちろん』
もっと悩むかと思っていたけれど、真綾はこっちが拍子抜けするほどあっさり肯定した。これにはさすがに花凛が口を挟む。
「真綾ちゃん、ちゃんと意味わかってる?」
『わかってるよー。私、理央ちゃんのこと応援するね!』
「ありがとう、私本気で花凛落とすわ」
「真綾ちゃん!」
花凛が困り顔で電話越しの真綾に抗議する。しかし、真綾には効かないらしい。
まさか、こんな話ができるようになるなんて思わなかった。ずっと、告白したら私達のバンドは、絆は、解けていくと思っていたのに。蓋を開けたらそうじゃなかった。拍子抜けするくらいいつも通りだった。悔しいけれど、あの人の言ってた通りだ。
「そうだ真綾、さっきスーパーでさーやさんに会ったよ」
『お姉ちゃんに?』
「うん。私あの人のことずっと見下してたけど、ちょっと見直した。素敵なお姉さんだね」
私がそう言うと、電話口が急に静かになった。そして。
『理央ちゃん、見直したってどういうこと? 素敵って、まさか花凛ちゃんだけじゃなく、お姉ちゃんのことも狙ってるの?』
「うん」
『ウソっ?』
花凛と真綾の声が綺麗にハモる。その様子が可笑しくて、私は思わず笑ってしまった。
「ウソだよ。大丈夫、狙ってんのは花凛だけだから。基本、私さーやさんのこと苦手だし」
『そうなんだ、あー良かったぁ。理央ちゃん、お姉ちゃんに心変わりしたらダメだよ。お姉ちゃんは私のモノなんだから。絶対、ぜーったい誰にも渡さないんだからね』
「だーかーらー、さーやさんはいらないって言ってんでしょ。あんな根暗の引きこもり。私は花凛一筋なんだから。つーかね、花凛に告白されて振っておきながら泣くとか、意味わかんないんだけど」
『それはっ……だって、誰かに好きって言われたの初めてだったから。純粋に嬉しかったんだもん』
「……あんた、花凛に心変わりすんじゃないわよ」
『しないよ! 花凛ちゃんは大切な仲間だけど、それとこれとは話が別。私のお姉ちゃんへの愛は、たとえ地球が滅んでも揺るがないんだから。理央ちゃんの花凛ちゃんへの愛より深いんだから!』
「はあ? 何それ、ケンカ売ってんの? 確かに好きになった時間はあんた達姉妹より短いかもしんないけど、その分私は花凛を濃密に愛してんの。あんたのみたいに軽くないんだよ」
『なにおー!』
「なによ!」
「真綾ちゃん、理央ちゃん、もうやめて……」
真っ赤になった顔を両手で隠しながら、花凛がか細い声でそう懇願する。確かに、ある意味一番の被害者は花凛かもしれない。普段の私ならこんなの恥ずかしくて言わないけれど。何故だろう、今は照れるどころか堂々と愛を語れる。それはたぶん、相手がこの二人だからこそなのかもしれない。私の方こそ、良いメンバーに巡り会った気がする。
『あー、なんかむしゃくしゃしてきた! 今すっごい歌いたい気分っ』
「気が合うね、私もベース弾きたい気分だ」
『じゃあさ、放課後練習しようよ。新曲も試してみたいし』
「それいいね。花凛はどうする? 今日は家に帰る?」
振られたばかりで真綾と会うのは辛いんじゃないか。そう思い一応逃げ道を作ってあげる。すると、花凛はそんな私の意図を汲み取りつつ、微笑みながら首を横に振った。
「理央ちゃん、ありがとう。でも、大丈夫。私もみんなで練習したい」
「そっか」
無理をしているようには見えないから、本当に練習したいと思ってくれているんだろう。そう思ったら愛しさが増した。やっぱり、私が好きになった人は芯が強い。
「じゃあ、いつもの場所に集合で」
『はいよー』
通話を切って、黒くなったスマホの画面を見て微笑む。いつも通りの会話、いつも通りの私達、それがこんなにも嬉しいなんて。
「花凛、少し早いけど先に行っとく?」
「そうだね、それいいかも」
「じゃあ、準備してくるから玄関で待ってて」
「わかった」
私は急いで階段を登り、自分の部屋へと向かう。そしてベースと、貴重品の入ったカバンを手に取った。そのまま出ようとしたけれど、何かを思い出して思わず引き返す。
「マチモン、復活だな」
そう呟きながら、私は本棚の上にある伏せた写真立てをそっと起こした。三人とも、今と変わらない良い笑顔だった。