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誰(た)がために君は歌う ~とあるバンドと姉妹の百合事情~  作者: 渡辺純々
第二章 夏木理央の事情
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告白

「ただいま」


 家に入ってすぐ違和感に気付く。家族のモノではない女性モノの靴が一足、丁寧に向きを揃えた状態で存在していた。この靴には見覚えがある。まさか。


「あ、帰ってきた。あんたにお客さんよ」


 そう言って、母親が出迎える。そして案内されたリビングにいたのは、制服姿の花凛だった。


「花凛、なんでっ?」


 今は授業中のはずなのに。さーやさんとは違って、真面目な花凛が授業をサボるなんてありえない。


「お邪魔してます」


 花凛はそう呟くと、緊張した面持ちで会釈した。テーブルには緑茶の入った湯飲みが置かれている。


「じゃあ、お母さんちょっと出かけてくるから。花凛ちゃん、遠慮せずゆっくりしていってね」


「ありがとうございます」


 冷蔵庫に買ってきた材料を詰め込み終わった母親が、リビングから出て行く。家には私と花凛だけになった。


「あの、理央ちゃんも座ったら?」


「いや、私はここでいい。それよりも、授業はどうしたの?」


「サボってきちゃった。理央ちゃんにどうしても伝えたいことがあって」


「伝えたいこと?」


 私がそう聞き返すと、花凛は椅子から立ち上がった。そして私と向き合う。


「私ね、今日真綾ちゃんに告白してきたの。ずっと好きだったって、だから付き合ってほしいって」


「ウソ……」


 頭が真っ白になった。まさか、あの花凛が告白するなんて。だって、花凛は引っ込み思案で、慎重な人間だから。告白したらどうなるか、そのリスクを知らないわけではないだろうに。


 血の気が引いたまま、私は花凛の肩を力強く掴んで叫んだ。


「なんで……なんで告白したの! 花凛にとって真綾とバンド続けることが一番でしょ? なのに、告白しちゃったらそれがダメになるじゃない!」


 真綾はどう思っただろう。気まずくなって、今までのようにバンド活動を続けるのが苦しくなって、普段通りに歌えなくなるくらいなら解散しよう、と思わないだろうか。いや、きっとそう思うに違いない。そしたら、花凛の笑顔はもう見られなくなる。それだけは絶対に嫌だ。


 私の頭の中で、想定していた最悪の事態がグルグルと回る。しかし、焦る私とは対照的に、花凛はとても落ち着いていた。


「予想してた通り、真綾ちゃんには振られたよ。そんな風には見られないって。でもね、バンドは解散したくないって言われた」


「え?」


「私も解散は覚悟してたんだけど。私が嫌じゃなければ、マチモンを続けてほしいって。私と理央ちゃんは、自分にとって大切な仲間だからって。泣きながら言われちゃった」


「真綾がそんなことを……」


 ふと、さーやさんが言っていたことが脳裏をよぎった。真綾にとって、私と花凛は大切な仲間なんだと、その絆は簡単には揺るがないだろうと。


「私、理央ちゃんに謝りたくて」


「謝る? なんで?」


「生放送の時、真綾ちゃんに怒ったのは私のためだよね。私の気持ち知ってたから。それで三人の仲がギクシャクし始めて、理央ちゃん辛くなったから、今回辞めるって言ったんだよね」


「いや、それは……」


「私が勇気なくて、いつまでも自分の気持ちにケジメつけなかったから、結果理央ちゃんを苦しめた。だから、ごめんなさい」


 そう言って、花凛は深々と頭を下げる。私はそんな彼女をまじまじと見つめたまま、動くことも忘れてただただ驚いていた。


 いつから花凛は、こんなに強くなったんだろう。あの、怯えながら真綾の後ろに隠れていたあの子が、今は堂々と告白できるようになっていたなんて。


 いや、違う。花凛は本当は強い子だったんだ。楽器は演奏者の心を映す。あんなに力強くてカッコいいドラム演奏ができる時点で、私はそれに気付くべきだった。私が花凛を好きになったのはそこだったはずなのに。


「……違う。花凛が謝る必要なんてない」


「え?」


 花凛が頭を上げる。そして、その目を大きく見開いた。直後、私の視界が滲んでいく。


「私、逃げたの。これ以上大好きな花凛が傷付くところ見たくなくて。だから、バンド辞めるって……言って……あなたから、逃げようとした……っ」


 泣くつもりなんてなかったのに。花凛を困らせるつもりなんてなかったのに。でも、一度言葉にしてしまうと、もう自分ではどうにも止められない。


「ごめん、花凛……っ。私のせいで、告白させて、辛い思いさせて、ほんとごめん……っ」


 人前で泣くような人間じゃなかったのに。もっと強い人間だと思っていたのに。それでも、花凛の前では、マチモンのことでは、私はこんなにも弱くなってしまう。それはきっと、それが自分にとってかけがえのない大切なモノだから。


「私、辞めたくない……っ。三人でバンド、続けたいよぉ……っ」


「理央ちゃん……」


 私がそう叫ぶと、花凛は私を抱きしめてくれた。


「私も、理央ちゃんと真綾ちゃんの三人でバンド続けたい。だって、二人とも大切な仲間だから。だから、また一緒にバンドやろう」


 温かくて、優しくて、包み込まれるような安心感。ああ、やっぱり私はこの人のことが好き。どんなに辛くても、苦しくても、ずっと花凛のそばにいたい。この優しさを独り占めしていたい。そう再確認しながら、私は本能のままに花凛の胸の中で泣き続けた。


「……ありがとう」


 どれくらい泣いていただろう。やっと落ち着きを取り戻してきたので、私は花凛から離れると残った涙を服でざっと拭いた。花凛はふふふっと笑う。


「なんか、理央ちゃんが泣くなんて珍しいから、すごく得した気分」


「あんたは私の涙をなんだと思ってんの」


「だって、私だけに弱さ見せてくれたんだって思ったら、なんだか嬉しくって」


 この子は。何も考えずそういうことをサラリと言う。鈍いのか天然なのか、振り回されるこっちの身にもなれ。いつもいつも、そうやって花凛は私を虜にしていく。


 泣き顔を見られた手前、今日はなんだか癪だったので、私は悪戯を思いついた時のように口の端を上げた。


「ねえ、花凛。私が花凛のこと好きだって気付いてた? あ、もちろん恋愛対象としてね」


「……え?」


 私が最後の言葉を付け加えると、花凛はまるで置物のように固まった。そして五秒後。


「えぇっ?」


 花凛は顔を真っ赤にしながら後ずさった。狙い通り、かなり動揺している。だが、まだまだこんなものじゃないぞ、私の花凛への愛は。


 私は花凛が逃げないよう、壁に押し付けて逃げ道を塞いだ。いわゆる壁ドンというやつ。


「私、もう我慢しないから。花凛のこと、絶対落としてみせるから。だから、覚悟しといてね」


 そう言って不敵に笑うと、私は花凛のふわふわの前髪を上げ、そしてその額にキスをした。彼女の熱が唇を介して私へと流れてくる。その快感に、私の身体も熱くなった。


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