特別な想い
花凛が真綾のことを好きなんだと気付いたのは、一年前の高校一年の冬の頃。
直接本人から聞いたわけではない。仕草とか、表情とか、そういう諸々を鑑みて私が出した答えだった。
「ねえ、花凛って真綾のこと好きだよね?」
「え?」
「あ、もちろん恋愛対象としてね」
ある日私がズバリ核心を突くと、花凛は五秒くらい固まった後で、戸惑いながらも肯定した。
「たぶん、理央ちゃんには誤魔化しが効かないよね」
「うん。かなり確信があって聞いてるから」
「そっか」
自信満々に言いつつ、心の中では一パーセントの可能性に賭けていた。それは勘違いだ、と。でも、そんな奇跡は起こらなかった。
「理央ちゃんの言う通り、私は真綾ちゃんのことが好き。叶わないってわかってるけど」
顔を紅潮させながら花凛は答える。その顔は照れているというより、どこか切なさが翳りを帯びているように見えた。その理由を私は知っている。
「叶わないって思ってるのは、さーやさんのこと?」
「うん。真綾ちゃん、お姉さんのことしか見てないから。私の入り込む余地はないの」
「まあ、否定はしないけど」
真綾は、超が百個ついても足りないくらいの、度を超えたシスコンだった。会話をしていても、一日に必ず十回以上はお姉さんの話題が出てくるし、本気で結婚する気でいる。私には狂気としか思えなかった。ちなみに、初めて真綾から紹介された時、お姉さん自身から“さーや”と呼んで欲しいと言われたのでそう呼んでいる。
花凛が悲しそうな表情で微笑む。それを見ていて、私の胸にイライラが募っていった。花凛に対してではない。何も知らない真綾に対してだ。
「叶わないってわかってても、花凛は諦めるつもりはないんでしょ?」
「本当は諦めたいけど、頭ではわかっているけど、やっぱり心はそう上手くいかないから。当分は想い続けるかも」
「だったら、私は花凛を応援するよ。だって、花凛は大切な仲間だから」
「理央ちゃん……ありがとう」
あ、やっといつもみたいに笑った。
そう、私が見たいのはこの笑顔だ。花凛にはいつも笑っていてほしい。悲しい顔なんかしないでいてほしい。できれば、私のことをもっと見ていてほしい。そう思うのは、私が花凛に対して特別な想いを寄せているからだった。
出会いは、高校に入学してからそう間もない頃。
「理央ちゃん、聞いて聞いて」
「なによ」
「じゃじゃーん、ドラマーを連れてきました!」
元々同じ中学だった私と真綾の二人で始めたバンド活動に、ある日突然真綾が花凛を連れてきた。花凛は怯える子猫のように真綾の後ろに隠れて震えていて、はじめは聞き間違えたのかと思った。こんな気の弱そうな子がドラムを叩くのか、って。でも、そんな心配は花凛がドラムを叩き出した瞬間に吹き飛んだ。
「すごい……っ」
力強く身体の芯にまで届く振動とリズム、そしてダイナミックで激しく、それなのに繊細なスティックさばき。まるで別人が乗り移ったかのような花凛の生き生きとしたその姿に、私は一目で心奪われた。今思い返しても、きっかけはたぶんそれだと思う。
でも、それだけで好きになったんじゃない。
花凛は努力家だった。前に私の厳しさが原因でバンドを解散したことがあったけれど、花凛は私の口出しや注意なんかを素直に聞き入れて、自分が納得するまで練習を続けた。しかも、それを楽しそうに。
「花凛、あんま無理しないで。少しは休みな」
「大丈夫だよ、だってドラム叩くの楽しいもん」
私に心配させたくなくて言ったんじゃない。本当に楽しいと思っているからこそ、そんな風に楽しそうに笑えるんだろう。そういう、努力まで楽しめてしまえる花凛を、私は密かに尊敬していた。
でも、一番心惹かれたのは、花凛の音楽に対する姿勢だった。
正直、私は最初ボランティア活動にあまり乗り気ではなかった。施設や保育園なんかで高齢者や子ども相手に歌うより、ライブハウスなんかで数こなして、マチモンのファンを増やして、そしていつかメジャーデビューしてCD出して。そんでドームとかでライブできるくらいの人気バンドになることが、私のバンド活動の主な目標だった。だから真綾が、相手が誰でも、どこでもいいから歌えればそれでいいと強く訴えてきたので、ついボランティア活動をオッケーしたけれど。なんだか遠回りをしているような気がして、拍手をもらってもあまり嬉しくなかった。
でも、花凛だけは違った。
「花凛も楽しくないでしょ、施設なんかで演奏したって。うるさくならないようにアコースティックバージョンで演奏すれば、ドラムじゃなくてカホン叩かなくちゃいけないし。物足りないんじゃないの?」
とある老人ホームでのボランティア終わり。花凛と二人で帰っている時に、我慢できなくなってつい愚痴をこぼした。私はてっきり彼女も同じ気持ちだと思っていたけれど、返ってきた言葉は思いもよらないものだった。
「全然そんなことないよ。むしろ、私達の演奏聴いてくれて、喜んでもらえてることがすごく嬉しい。私一人じゃ無理だったから、理央ちゃんと真綾ちゃんとバンド組めて、今それだけでも幸せなの」
そう言って、花凛は本当に嬉しそうに微笑む。それを見てどうしてだろう、自分が猛烈に恥ずかしくなった。
花凛は、たった一人でも私達の演奏を聴いて喜んでくれる人がいれば、それだけで幸せを感じれる本物の音楽好き。
それに対して私は、メジャーデビューして人気が出ることしか考えてなくて。これじゃあ遊び半分でバンド活動してた解散した元メンバー達と一緒じゃないか。そんな音楽に対する自分のあまりの軽薄さに、恥ずかしさと愚かさを感じた。
初めてライブをした時は、私も花凛と同じ気持ちだったはずなのに。いつの間にそのことを忘れてしまったのだろう。でも花凛は、その気持ちを失うことなく、ずっと音楽と向き合える。
純粋で、けっして変わることのない音楽への情熱と誠意。私には欠けていた最も必要な心。それを持ち続けられる花凛を、私は心の底から尊敬している。きっと彼女と一緒にいれば、私は音楽に対する純粋な気持ちを忘れることはないだろう。そう思い、その日から私は心を入れ替えてボランティア活動に取り組んだ。
そうやって徐々に惹かれていったからこそ、花凛の真綾に対する気持ちに気付けたんだと思う。皮肉な話だ。
最初は、このままでいいと思った。秘密の共有は二人の絆をより強くする。花凛の恋の相談相手になることで、私は彼女に一番近い存在になっていたから。
でも。