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歌って

「歩きにくいから離れて」


「やーだ。だって、お姉ちゃんと一緒に学校行くの久しぶりなんだもーん」


 生放送が終わった次の日。私は久しぶりに学校の制服に袖を通して、真綾と一緒に登校していた。妹は私の左腕に抱きついている。その背中に担いでいるギターケースがたまに当たって痛い。それでも、その絡みついてきた腕を振り払うことはしなかった。


「あんた、ご機嫌ね」


「うん。だって、まさか生放送の時お姉ちゃんが来てくれると思わなかったんだもん」


「ああ、それか。私も絶対行くもんかって思ってたんだけどね。酔っぱらい達があんたの悪口言ってるの聞いてたら腹立ってきてさ。妹の悪口言っていいのは私だけだ、って思ったら身体が勝手に動いてた」


「お姉ちゃん……まさに愛の力だね」


「その言い方はやめて」


 真綾は超がつくほどのシスコンだけれど、今回の一件で改めて私も妹と大差ないなと実感した。うちの妹は世界一可愛い。それを言ったら調子に乗るので絶対言ってやんないけど。


「そろそろ人増えるから離れてくんない?」


 学校が徐々に近付いてきて、それに伴い通学路を歩く生徒の数も増えてきた。もうすれ違うたび「あっ」と妹は指をさされている。しかし。


「やだ」


 真綾は逆に離れまいと、より私の腕に抱きついてきた。


「真綾、あんたいい加減にしな」


 前はこの辺りで離れていたのに、今日は首を横に振って頑として離れようとしない。


「真綾?」


「私ね、ずっとお姉ちゃんに謝らなきゃって思ってた」


「なんで?」


「私が有名になることで、バンドにのめり込んでいくことで、お姉ちゃんが苦しんでること知ってたのに。私は歌いたくて、バンド続けたくて、ずっと知らないフリしてた。お姉ちゃんならいつかわかってくれるって、そう自分に言い聞かせて」


「…………」


「でも、今回お姉ちゃんとケンカして、それは私の甘えなんだって気付いた。自分勝手だよね、私。お姉ちゃんのこと大好きなのに、自分に都合のいいことしか考えてなくて」


「真綾はそんな人間じゃないよ」


「そんな人間だよ。だから、生放送の時歌えなくなった。お姉ちゃんに辛い思いまでさせて、なんで私は歌ってるんだろうって。これ以上お姉ちゃんを苦しませるくらいなら、私は歌なんか歌いたくないって」


「それは言い過ぎでしょ」


「そんなことない。だって、いつも私はお姉ちゃんのために歌ってきたから。世界中の誰でもない、たった一人の大切なお姉ちゃんにさえこの歌を聴いてもらえたら、私はそれで幸せだから。だから、お姉ちゃんが聴きたくないのなら、私はもう歌わないよ」


 歌わない。まさか真綾の口からそんな選択肢が出てくるとは思ってもみなかったので、私は言葉を失った。


 あんなに歌が大好きなのに。バンドが大好きなのに。そんなことを考えてしまうほど、妹が思いつめているとは思わなかった。


 いつにない真綾の真剣な眼差しが、私の答えを待っている。私はため息をつくと、妹の柔らかなほっぺたを思いきり左右に引っ張った。


「この、バカ真綾」


「いたたたたたっ」


「何その浅はかな考え。なんであんたはいつもそう極端なのよ」


「ふぇーん」


「誰も歌うなとは言ってないでしょ」


「おふぇふゃん?」


 真綾は、涙目になりながら不思議そうな顔をする。それを見て、私はほっぺたを解放してあげた。


「言ったでしょ、私は大塚真綾のファン第一号だって。今回のことでよくわかった。どんなに周りから色々言われても、あんたが私を必要としなくなっても、結局私は真綾の歌を選ぶんだって。それくらい私はあんたの歌が大好きなんだって」


「私、お姉ちゃんのこと必要ないだなんて、一度も思ったことないよ!」


「うん。それは今回のことでよくわかった。だから真綾、歌って」


「でも……」


「私と同じようにあんたの歌が大好きで、あんた達三人の演奏が大好きでそれを待ってる人達がいる。だから、ちゃんとその人達に感謝の意味も込めて歌いなさい」


 真綾は何も答えない。ただ、どう返事を返したらいいのか迷っているようだ。私はそんな真綾の頭をよしよしと撫でた。


「紗綾お姉ちゃんのために歌ってるんでしょ? だったら、真綾が歌えば私が必要とされてるって実感できる。だから、お姉ちゃんのためにも歌って。これ、私のワガママ。オッケー?」


「お姉ちゃん……うん、わかった」


 真綾は、とても嬉しそうに柔らかく微笑みながら敬礼のポーズをとった。そう、私が見たいのはこの世界一の笑顔。これさえあれば、たとえ後ろ指さされても、その指をへし折りに行ける。そんな気がした。


「そうだ! お姉ちゃんもメンバーに入らない?」


「はあっ?」


「だって、お姉ちゃんの歌うきらきら星すごく良いんだもん。一緒に歌おうよ」


「やだ」


 私は即答した。真綾が頬を膨らませる。


「えー、なんで嫌なの?」


「私は楽器使えないし、歌も世間一般的にはそんなに上手くない。それに、大勢の前で歌うなんて死んでも嫌」


 この緊張しいのあがり症である私が、ライブなんかやってみろ。十秒ともたずに舞台からダイブして逃げるわ。


「ちぇー。楽しそうなのになぁ」


「私は真綾のために歌えればそれでいいの。あんたがまた落ち込んだら歌ってあげる」


 さらりとそう答えると、真綾の足がピタリと止まった。思わず振り返る。


「真綾……って、ちょっ」


「お姉ちゃん、だーい好き!」


 人目もはばからず、真綾は満面の笑みで私に思いっきり抱きついてきた。周りにいた生徒が何事かとこちらに注目し始める。


「真綾! いいから離れなっ」


「やーだ。私将来お姉ちゃんと結婚する! そんで一生お姉ちゃんと一緒にいる!」


「はあ? このバカ真綾、アホなこと言ってないで離れろ。私は将来そこそこの金持ちと結婚して養ってもらう予定なんだから、邪魔すんな」


「だったら私、もっともっと頑張って、いつか世界でも有名なバンドになってお金持ちになる。そしたらお姉ちゃん養えるよ?」


「………………それでもダメ」


「あー、今それも有りって考えた。やった!」


「ああ、私のバカ」


 一瞬でも有りかと考えてしまった自分が情けない。真綾はもう結婚が決まったという風に飛び上がって大喜びする。私の本当にダメなところは、そんな妹が可愛くて仕方ないと思ってしまうところだろうか。


「じゃあ、お姉ちゃん養えるようにバンド活動頑張るね」


「うん、もう好きにして」


 私は真綾を引き剥がすのを諦めた。そして、バレないようにクスリと笑う。


 私を養う云々は抜きにして、真綾が世界でも楽しそうに歌っている姿は、どうしてもこの胸をワクワクさせてしまった。


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