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きらきら星

「あー、もう!」


 私はパーカーのフードを目深に被ると、混乱するスタッフの目をかいくぐりながら、ステージ脇へ通じる扉へと急いだ。


「あーもう! なんなんだよ、バカ真綾も、この私もっ」


 私のことを見ない妹なんてもう知らない、歌えなくなっていい気味だ、そう思うのに。真綾のことなんてもうどうでもいい、あんたが必要としないならこっちだって必要としない。そう思っているのに。

それなのに、落ち込んで泣きそうになっているあの子を放っておけないなんて。そばにいて、頭を撫でて、思いっきり抱きしめてあげたいと思うなんて。


「バカ真綾、バカ真綾! なんで私がこんなこと……っ」


 走りながら誰に聞かせるでもない文句を吐きちらす。そして、「関係者以外立ち入り禁止」という紙が貼られた扉を開けて中に入った。その中では、マチモンの三人がなにやらもめている。私はかまわず声を張り上げた。


「おいこら、そこのMarching Little Monster!」


 指をさしながらそう叫ぶと、妹の真綾、ベースの()()ちゃん、ドラムの花凛(かりん)ちゃんの三人が一斉にこちらを向いた。


「あなた誰? ここ関係者以外立ち入り禁止なんだけど」


 そう冷静に対応したのは、ベースの理央ちゃんだった。おっしゃることはその通りだけど、今は時間がない。


「私はあんたらの……大塚(おおつか)()(あや)のファン第一号だ!」


「はあ?」


「おい、大塚真綾! 何故歌わない? ファンがあんたの歌を待ってんのに」


「あんたには関係ないでしょ!」


「理央ちゃん、落ち着いて」


 花凛ちゃんが食ってかかりそうな理央ちゃんを止める。それを横目に、妹は俯いたまま力なくボソリと呟いた。


「だって……一番聴いてほしい人に聴いてもらえないんだもん。だったら、私には歌う意味なんてない」


「一番聴いてほしい相手って誰?」


()(あや)お姉ちゃん」


 まさかその名前が出てくるとは思ってもみなかったので、私は次に出そうと思っていた言葉を思わず飲み込んだ。


 バンドを始めてからずっと、その名前で呼ばれることはなかったのに。だからこそ、もう私は必要なくなったんじゃないかと、そう疑っていたのに。それなのに、まさかこんなタイミングでその名前が……私の名前が出てくるとは思ってもみなかった。


 なんなんだ、こいつは。それまで散々バンドに没頭して私のことなんかほったらかしだったくせに、いざケンカしてみたら歌えないなんて。お姉ちゃんのために歌ってただなんて。アホか、姉依存症か、どんだけお姉ちゃんのこと好きなんだよ!


「だったら、はじめからそう言えよ……っ」


 アホは私だ。真綾の気持ちも知らないで、勝手に嫉妬して、もう私は必要ないだなんて決めつけて、妹を傷付けて。今だって、こんなに泣きそうな顔をさせて、落ち込ませて。


 何やってんだよ、私。お前は、大塚真綾のお姉ちゃんだろ。いつまでも妹にしがみついて寄りかかってんじゃない。ちゃんと一人の足で立て。もっとしっかりしろ。それがお姉ちゃんだろ。


「捕まえたぞ!」


「うわっ」


 いつの間にか背後に来ていた男性スタッフ二人が私の腕を掴む。やばい、まだ言いたいことは山ほどあるのに。


「離せ、離せよ!」


「ダメだ、いいからこっち来なさい!」


「他力本願? ふざけた服着やがって」


「え?」


 他力本願の言葉に反応して、真綾が顔を上げる。すると、フードを被った私と目が合った。ああ、しまった。このパーカー、私が家で愛用しているやつだ。


「ちょっと待ってください。その人私の関係者かもしれません」


『え?』


 真綾の言葉に、男性スタッフ二人だけでなく、理央ちゃんや花凛ちゃんまでもが同時に私を見る。そして頷く真綾の姿を見て、訝しみながらも男性スタッフ達はその手を離してくれた。妹が私を凝視する。


「あの、もしかして……」


「きらきら光る――」


 その続きを遮るように、私は震える声できらきら星を歌った。本当はもっと上手く励ましてあげたいけれど、口下手な私にはこれが精一杯だった。


 きっと、真綾ならこの私のメッセージに気付いてくれるはず。紗綾お姉ちゃんとの思い出の詰まった、この一曲なら。そんな気持ちを込めて、私はきらきら星の一番を歌い終えた。


「お姉ちゃん……っ」


 その声に我に返る。すると、真綾が目に涙を溜めながら私に抱きついてきた。私はフードを取りながら彼女を抱き返す。


「お姉ちゃん、お姉ちゃんっ」


「なによ」


「ありがとう……っ」


「……まったく、世話の焼ける妹だわ」


 そう呟きながら、私は真綾の頭をよしよしと撫でた。そういえば、前に妹と仲直りした時もこんな感じだった気がする。たぶん、何かつけているんだろう、彼女からは甘い良い匂いがした。


「お姉ちゃん、私ね……」


「待った。言いたいことは後で聞くから。それより、あんたにはやることがあるでしょう?」


「やること?」


「私が……紗綾お姉ちゃんが聴いててあげるから。真綾の心のこもった歌、ちゃんと聴いててあげるから。だから、あんたは何も気にせず歌いなさい」


「でも、いいの?」


「いいもなにも、あんたの歌声をテレビの向こうにいる人達に聴かせてきな。そんでギャフンと言わせてこい」


 私が握り拳を作りながらそういうと、真綾は丸い目をした後、クスクスと笑い始めた。


「なんで笑うのよ」


「ううん、なんでもない。わかった、ギャフンと言わせてくる」


「おう」


 真綾は私の拳に自身の拳をコツンと当てる。そして、理央ちゃんと花凛ちゃんの方へ走っていった。


「はあ……バカは私だ」


 呟きつつ、ステージ脇から出て観覧スペースに移動する。すると、ちょうどマチモンがスタンバイを始めているところだった。


「みなさん、さっきはごめんなさい! でももう大丈夫なので、もう一度リハお願いします」


 真綾がそう言った後、三人一緒にスタッフ達に頭を下げる。そしてリハが順調に終わった後しばらくして、いよいよテレビの生放送が始まった。高校の体育館と中継が繋がり、マチモンの三人がカメラに映り込む。妹は笑顔だった。


「みなさん、こんばんは。私達はMarching Little Monsterと言います」


 そんな真綾のMCが続いて、最後「聴いてください」と言った後、三人の演奏が始まった。


 真綾の歌声はウサギが跳ね回るように可愛くて、でもどこか力強くて。ひねくれた私の心にもすんなりと入ってくる。


 何故、歌っている真綾を見て胸が張り裂けそうなほど苦しかったのか。それは、私から離れていく大好きを感じて辛く思う反面、真綾が楽しそうに歌っている姿を見るのはとても幸せだったから。矛盾する心。それらがぶつかり合って、私の心を苦しめていた。


 でも、今は少し違う。妹には、まだ私が必要。いや、必要とされなくても、私は彼女の歌が大好き。それがわかっただけでも、私の心は今晴れやかだった。


「本当、なんなのよ……」


 目の前の景色が徐々に滲んでいく。頬を流れた雫は、きっと汗だと自分に言い聞かせた。


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