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はじまりのケンカ

 今日、久しぶりに妹の()(あや)とケンカした。


「あんたのお守りはもう懲り懲りなんだよ! 私なんかもう必要ないんだろ。だったらもうほっといて!」


「お姉ちゃん……っ」


「出ていって……出ていってよ!」


 そう叫ぶと、私は妹を部屋から追い出して扉を閉めた。そして鍵をかける。


「お姉ちゃん、開けて! ちゃんと話し合おうよ!」


「嫌だ! あんたと話すことなんて何もない。いいからもうこれ以上私にかまわないで!」


 しばらくは妹がドアを叩く音が響いた。しかし、私が一切反応しないでいると、やっと諦めたのか、辺りは夜の静けさを取り戻していった。


 やっと一息ついてベッドへダイブする。向けた視線の先には、ギターとベースとドラムの前で楽しそうに笑う三人の女子高生の写真立てがあった。


 “Marching(マーチング) Little(リトル) Monster(モンスター)”。約して“マチモン”。妹が組んでいる女子高生スリーピースバンド。女子高生とは思えないダイナミックな演奏と歌声が売りで、妹はボーカルとギターを担当していた。


「何が地元の星だよ」


 マチモンは、高校のある田舎の町内どころか、県内ではちょっとした有名バンドである。何と言っても彼女達を有名たらしめたのは、歌を歌うボランティア活動だった。


 高校入学して間もなく結成されたそのバンドは、六月の文化祭ライブの後、積極的に町内の高齢者施設や保育園などにボランティアとして歌を歌いに行った。それが噂で広まり、市内からも依頼が来るようになって、ついにはその活動が地方新聞に載ったことで、依頼が県内全域へと拡大。たった一年ちょいで、彼女達は地方のローカルテレビ局から出演依頼が来るほどにまで有名になっていた。


「片や人気バンドのボーカル、片や根暗で冴えない地味な姉、か。クソすぎて吐き気がする」


 そんな有名人の妹を持てば、姉の私は必然的に比べられる。いつしか「真綾ちゃんのお姉ちゃん」が私の名前になり、ひどい時には後ろ指さされてクスクス笑われたりもした。そんな生活についに限界がきて、もうずいぶんと学校には行けていない。


「なんでこうなったんだろう……」


 認めたくはないけれど、原因はもうなんとなくわかっている。


 私はどちらかというと物静かで人見知りで根暗なタイプだ。だから、昔はいじめられたりもしたし、友達なんてできた試しがなかった。それに比べて、真綾は世界中の人間が友達かと疑いたくなるほど天真爛漫で人懐っこい性格。


 まさに陰と陽。それでも、昔から真綾は私のことを「大好き!」だと言ってくれる。学校の登下校も一緒、お風呂も一緒、寝るのも一緒。とにかく子どもの頃から私にベッタリの、自他共に認める超が付くほどのシスコン。


 だからだろう、いつの間にか妹の「大好き」が、独りぼっちの私の唯一の心の拠り所になっていた。


 誰に無視されても、必要とされなくても、妹だけは私を見放さないでいてくれる。こんなダメな私でも肯定して受け入れて、必要としてくれる。それが嬉しくて。そんな真綾のために生きることこそが、私の生きる意味であり存在意義。そんな風に思い込むようになっていた。


 だから、私は今嫉妬しているのだ。私から真綾の大好きを、私の唯一の居場所を奪ってしまったマチモンに。


「ライブ、観たくないな」


 はじめの頃は応援していた。真綾が楽しそうにしているのを見るのは嬉しかったから。でも、マチモンを結成してライブをし始めてから、妹と過ごす時間が減った。それまでお姉ちゃんのことしか見えてなかったのに、バンド仲間の子達の話が多くなった。一番キツかったのは、ライブを観ている時。マチモンの三人で演奏して歌っているのが楽しくて大好き、という真綾の思いを感じるたび、胸が張り裂けそうなほどに苦しかった。だからだろう、いつの間にか彼女達のライブにも行かなくなった。


「もう、私はいらないんだろうな」


 超が付くほどシスコンなのは、お前だ。妹に寄りかかってしがみついて、情けないったらありゃしない。そろそろいい加減妹離れしろよ。


 そうわかっているのに、一人になるのが怖くてなかなか踏ん切りがつかない。そんな弱い自分が一番大嫌いだった。


 翌日の夕方。私は高校の体育館にいた。部活などではない。両親に無理矢理マチモンが出演するローカルテレビの生放送の現場に連れ出されたのだ。


「私は行かないったら!」


「何言ってるの。真綾の晴れ舞台よ、私達家族が応援に行かなくて誰が行くの」


「二人で行ってくればいいじゃん」


「ダーメ。真綾が一番観てほしいのは、きっとお姉ちゃんなんだから」


「そんなこと……って、ちょっと!」


「さあ、行くわよー!」


 そんな感じで、母はリビングのソファでくつろいでいた私を無理矢理車に乗せ、現場の高校まで連れ出した。しかも、着替える時間さえくれなかったので、紺のスウェットパンツに、背中に「他力本願」と書かれたグレーのパーカーという部屋着スタイルのままで。最悪だ。


 今日は祝日で、学校自体はお休み。十一月のはじめとはいえ、夕方になると長袖に厚手のパーカーでもちょっと寒い。体育館のステージに視線を向ければ、ベースやギターを持った女の子や、ドラムの前に座っている女の子がいた。あの三人がマチモンだ。


 出演時間は、確か十八時。本番までは時間があるから、今からリハーサルなのかもしれない。ステージから離れた場所には、噂を聞きつけた地元の人達やマチモンのファンの子達が、ちらほらと集まって小さな人だかりを作っていた。


 真綾は練習やリハーサルのため、昼にはもう家を出ている。だから、演奏自体は大丈夫だろう。そう思うのに、三人を見ているとなんだか胸騒ぎがした。日中、部屋から聞こえてきた家の中での真綾の声は、いつもよりどこか元気がないように感じたから。


「はーい、じゃあ最終リハいきまーす」


 テレビ局のスタッフが、マチモンへそう声をかける。そして演奏が始まった。真綾はマイクの前に立っているが、俯いたままで顔が見えない。


「あいつ、何やってんの?」


 いつも明るくて天真爛漫で、人懐っこいのが取り柄のような子なのに。今はその影すら微塵も感じられない。何か嫌な予感がする。


 その予感は的中した。妹がマイクを掴んで今まさに歌うというその時、事件は起こった。


「え……?」


 歌が聞こえてこない。いや、真綾の口が動いていない。本人は戸惑っているというより、歌うのを諦めているかのように再び俯いた。


「ス、ストップ、ストップ!」


 演奏が中止され、マチモンの三人はスタッフの誘導で一旦ステージ脇に引っ込む。いったい、妹に何が起ったんだろう。そう思ったのは私だけではなく、スタッフや見学に来ていた野次馬達も同じだったようで、何事かと騒ぎ始めた。


「まさか……」


 昨日私とケンカしたから、それが原因で歌いたくなくなった、なんてことはないよね。だって、施設以外でもライブハウスや夏祭りなんかでライブを何回も成功させてきてる子達だ。そんなことくらいで不安定になるはずがない。


 そう思いつつも、私は不安が拭えなかった。あの子なら、シスコンの真綾ならあり得るかもしれないと。


「……だから何。いい気味だ」


 いつもちやほやされて、私の気も知らないで毎日充実した日々を過ごして。少しくらい私の気持ちも味わえばいい。大好きな人が自分から離れていく不安を、恐怖を。


「なーにー? こんなローカル番組じゃ歌えないって思ってんの? 芸能人かよ」


 そんなからかうような男性の声で我に返る。見ると、地元の少しやんちゃそうな若い男女が、ビール片手にへらへら笑っていた。ちょっと酒臭い。


「調子に乗ってっからこうなるんだ、バーカ」


「私、この子達嫌い。ウザいしいい気味」


 この世の中、好きという人もいれば、当然そうでない人達もいる。有名になればなおさら。だから、この批判コメントも仕方ない。その酔っ払い三人は、スタッフ達によって体育館から追い出されていた。


「あの人達の言う通りだ」


 出る杭は打たれる。調子に乗ってるから、こういう時バッシングにあうんだ。少しは反省すればいい。そう、それでいい。……それでいいはずなのに。


 耳の奥で、「助けて、お姉ちゃん」という妹の泣き声が聞こえた気がした。

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