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誰(た)がために君は歌う ~とあるバンドと姉妹の百合事情~  作者: 渡辺純々
第三章 橘花凛の事情
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いつも一番に選んでいたのは……

「……花凛ちゃんって、意外と大胆なんだね。私はてっきり手の甲にされるもんだと思ってた」


「え、そうなんですか?」


「さすがドラマー。大胆不敵なパフォーマンス。なんか私の方が照れちゃった」


 そういうさーやさんの頬が薄っすら赤く染まっていたから、本当に照れているらしい。そうなるくらいなら、はじめからこんな提案しなければいいのに。


「あの、ちゃんとキスしましたよ。ヒントをください」


「わかってる。花凛ちゃんのその勇気に免じて教えてあげよう」


 そう言うと、さーやさんはわざとらしく咳払いをした。


「この前さ、ゲーセン行ってUFOキャッチャーしたのね。真綾が好きなぬいぐるみだったし、これ絶対落ちるって思ったから」


「はあ」


 話が飛んだ。なんでUFOキャッチャー? しかし、訝しむ私をよそに、さーやさんはかまわず話を続ける。


「でもさぁ、あれってなかなか落ちないんだよね。落ちそうで落ちない微妙なラインに景品並べてるから。でも、そうとわかってても悔しくて、結局二千円くらい使ってやっと取れた。手のひらサイズの小さなぬいぐるみだよ? 市販で買えば千円もいかないのに」


「あの、何が言いたいんですか?」


 まったく要領を得ない。私は何の話を聞かさせれているのだろう。恥を忍んでキスまでしたというのに。そんな私を無視して、さーやさんは何食わぬ顔でまたコーヒー牛乳をすすった。


「人間、チャンスがあると思ったらグイグイいきたくなるんだよ。たとえ何かを犠牲にするとわかってても。それが欲しいものならなおさら。UFOキャッチャーみたいに、次は落ちるかもしれないって。何が言いたいかわかる?」


「えっと……それはつまり、理央ちゃんもチャンスがあると思ってやってるってことですか?」


「その通り。でも、さっきみたいに理央ちゃんのために怒るくらいじゃチャンスとは思わないだろうね。それくらいなら友情の二文字で片付けられちゃう危険性があるから」


「そんな……じゃあ、まさかっ」


 続きを言おうとしたら、さーやさんが人差し指を私の口に当ててそれを遮った。


「よく思い出してみて。そして考えて。すべての答えは花凛ちゃんの中にあるはずだから」


 そう言ってウインクすると、さーやさんはコーヒー牛乳を一気にすすった。


 答えは私の中に。本当にあるだろうか、理央ちゃんに対する私の気持ち。自分でも気付けていない、理央ちゃんをその気にさせている何か。


「正直、私は最初花凛ちゃんは理央ちゃんのことが好きなんじゃないかと思ってた」


「そうなんですか?」


「うん、だってお互い依存してるように見えたから。必要とし合ってるっていうのかな。そんな感じ」


「依存……」


 そうかもしれない。何かあればすぐ理央ちゃんに相談していたし、私のそばにはいつも彼女がいてくれたから。


 さーやさんは、空になった紙パックをゴミ箱に捨てる。そして大きく伸びをした。


「それにしても。花凛ちゃん、よく真綾に告白したね。同性同士なら怖かっただろうに。勇気あるー。見直したよ」


「ありがとうございます。あの時は必死だったから……」


 そこまで言って、はたと気付いた。


 そういえば、どうして私は告白しようと決意できたんだろう。それまでずっと怖くてできなかったのに。あの時は真綾ちゃんと理央ちゃんがケンカして、このままじゃバンドが解散するかもしれないと不安で。そしたら、本当に理央ちゃんが辞めるって言い出して、それで……。


「嫌だった……」


「花凛ちゃん?」


 そうだ、理央ちゃんがバンド辞めるって言ったから、それが嫌で、理央ちゃんが離れていくのが嫌で、どうしたら戻ってきてくれるのか必死に考えて、その答えが真綾ちゃんへの告白で。


 よくよく考えたら、振られたはずなのに、私そんなに悲しくない。真綾ちゃんがさーやさんを選んだ時も、その時は悲しかったけど、その後はそんなに引きずってない。それよりも、理央ちゃんに手を振り払われた時の方が何倍もショックだった。もう私は要らないと突き放されたみたいで、すごく悲しかった。


「ウソ……」


 もしかして私は、いつも理央ちゃんを一番に選んでいた?


 そこまで考えた時、ブレザーのポケットに入れていたスマホが振動した。


「なに、電話?」


「はい。え、理央ちゃんの自宅から?」


 何故自宅から電話が? 理央ちゃんだってスマホくらい持っているのに。そう不思議に思いつつ電話に出る。すると、聞こえてきたのは理央ちゃんの声ではなく、一番下の妹さんの慌てた声だった。


『花凛ちゃん、どうしよう!』


理香(りか)ちゃん、落ち着いて。何があったの?」


『お姉ちゃんが、お姉ちゃんが……っ』


「理央ちゃんがなに?」


『……車にはねられた』


「え……」


 急に頭が真っ白になった。理央ちゃんが事故に遭ったって?


「花凛ちゃん、どうしたの?」


 私の反応に何かを察したさーやさんが、緊迫した声で私の肩を揺する。しかし、私は動くことすらできない。そんな私を見かねて、さーやさんはスマホを操作してスピーカーを押した。


「ごめん、何があったの?」


『お姉ちゃん、事故で……救急車で、病院、運ばれたって……うっ、うっ』


「マジか……っ。わかった、どこの病院に行ったかわかる?」


 さーやさんは、私より冷静に理香ちゃんから情報収集を始める。私はそれをどこか遠くに聞いていた。


 どうしよう、もし理央ちゃんの怪我が重傷で、とても危険な状態だったら。もしそのままこの世からいなくなってしまったら。もう、あの笑顔が見られなくなってしまったら。そんなの……そんなの私には耐えられない。


「花凛ちゃん、行くよ」


 いつの間にか電話を終えたさーやさんが、私のポケットにスマホを戻しつつそう声をかける。


「行くってどこに……」


「病院。今理央ちゃんが運ばれた病院聞いたから。あと、真綾にも連絡しといた」


「でも……」


「いいから、とにかくまずは状況確認! カバン取りに行くよ」


 そう言って、さーやさんは私の手を引いて走り出した。


 そうだ、とにかく今は理央ちゃんがどういう状況か確認しないと。悲しむのはその後だってできる。そう思い、私は紙パックのジュースを放り出して、さーやさんと一緒に真綾ちゃんの待つ教室へと急いだ。


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