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誰(た)がために君は歌う ~とあるバンドと姉妹の百合事情~  作者: 渡辺純々
第三章 橘花凛の事情
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友達以上恋人未満

 私が理央ちゃんに感じている罪悪感。それは、未だに理央ちゃんへの気持ちに応えられないでいることだった。


 真綾ちゃんの時は、そばにいるだけでドキドキしたし、歌ってる姿はカッコよくて目が離せなかった。なにより、いつも一人だった私の手を引いて、私に素敵な仲間をくれた彼女を、私は神様のように思っていた。だから、早い段階で好きという気持ちに気付けたんだと思う。


 でも、理央ちゃんは違う。気が付けばいつもそばにいてくれたし、いつも相談にも乗ってくれる。けれど、真綾ちゃんの時に感じた胸の高鳴りみたいなのは感じない。だからといって、ただの友達でもない。友達以上恋人未満。今の私の理央ちゃんに対する気持ちは、それが一番近いような気がした。とても大切な人には違いないのに。


「どんな気持ちだったんだろう」


 私のことが好きだったのに、私の恋愛相談に乗ってくれていた理央ちゃんのその時の気持ちは。きっと、いや絶対辛かったに違いない。好きな人の自分以外の恋愛話なんて、私だったら耐えられない。それでも、理央ちゃんはずっと私の話を聞いてくれた。私に気付かれないよう、嫌な顔一つせず。そんな彼女の優しさに気付いていながら、どうして私は返事ができないのだろう。


 わかっている。こんなあやふやな状態のまま理央ちゃんに返事をしたところで、彼女が喜ばないことくらいは。だからこそ、彼女が私に好きだと告げるたび、言いようのない罪悪感が募っていた。


「あ、花凛ちゃんだ」


「さーやさん」


 放課後、外付けされている自動販売機で紙パックのジュースを買っていると、二つ目のボタンを押したところで声をかけられた。


「真綾から聞いたよ。あの子の勉強見てくれてるんだって?」


「はい。この前理央ちゃんに、次赤点取ったらボーカルから外す、って脅されて。真綾ちゃん今頑張ってます」


「はははっ、さすが理央ちゃん。そんくらいしないと、あの子勉強そっちのけでバンド活動やっちゃうからね。テスト週間中は合同練習しないっていう君達の取り決め、私は大賛成だよ」


「ありがとうございます」


 テスト週間中は原則部活動も禁止なので、いつもは部活動をしている部員の声が聞こえる校舎も、今日は鳥の鳴き声が聞こえるほどしんと静まり返っている。といっても、私や真綾ちゃんのように居残りして勉強している生徒もちらほらいるけれど。


「さーやさんは帰るんですか?」


 グレーのリュックサックに、外履きの靴を履いたさーやさんをまじまじと見る。彼女は「うん」と軽く頷いた。


「真綾がね、今日は花凛ちゃんとテスト勉強するから、先に帰ってていいって」


「あの真綾ちゃんが?」


「そう。びっくりでしょ?」


 たぶん、私がそんな顔をしていたからだろう。さーやさんはとっておきのネタを話す時のような嬉しそうな顔で笑った。


 ついこの前、私達と帰ることよりお姉さんを選んで図書室に走っていった真綾ちゃんが、超が百個付いても足りないくらいのシスコンであるあの真綾ちゃんが、お姉さんに先に帰っていいと言うなんて。これは大事件だ。


「そんな……勉強してる時はいつも通りだったのに。真綾ちゃん熱でもあるんでしょうか?」


「……花凛ちゃんってサラッとひどいこと言うよね」


「え?」


「あ、気にしないで。理央ちゃんに怒られるから。それにしても、これは大きな進歩だよ。お姉ちゃん嬉しい」


「寂しくはないんですか?」


「そりゃ寂しいけど。でも、やっと私以外にも大切なものができたんだって、自分のことを考えられるようになったんだって思ったらね。なんかちょっとホッとした。今は素直にそう思うよ。本当は、私がそう変えてあげられたら良かったんだけど」


「さーやさん?」


 その顔に陰りを感じて、どうしてだろう、少し不安になった。はたから見たら、妹がお姉ちゃん離れできるように変えたい、と捉えられるはずの話なのに。何故かさーやさんからはそれ以上の憂いを感じる。まるで、今いる真綾ちゃんのさらにその奥を心配そうに見つめているような、そんな憂いを。


「あ、そうだ」


 先ほどとは打って変わっての明るいさーやさんの声に、私はハッと我に返った。


「なんか足りないと思ってたら、今日は理央ちゃんがいないんだ」


「そ、そうなんです。今日はお母さんがどうしても仕事で遅くなるから、早めに帰って代わりに家事とかしなきゃいけないらしくて」


「へぇ、理央ちゃんも大変なんだね。つーか、あの子料理できんの?」


「上手ですよ。お弁当も自分で作ってますし」


「ウソっ? 意外……って言ったら、理央ちゃんに怒られるんだろうなぁ。あなたと一緒にしないでくださいって」


「ははは……」


 どうしよう、否定できない。つい最近さーやさんのことを見下していたと理央ちゃん本人が言っていたから。


 いや、それよりも。急に理央ちゃんの名前が出てきたことで、私の心は落ち着かなくなった。しかし、さーやさんはそんなのおかまいなしに、私を見てニヤリと笑う。


「真綾から聞いたよー。理央ちゃんから熱烈なラブコール受けてるんだって?」


「ひぇっ」


「花凛ちゃんモテモテだねー。ヒューヒュー」


「か、からかわないでください! 私もどうしたらいいか困ってるんですから」


「なんで困るの? もしかしてまだ真綾のこと好き?」


 きょとんとした顔でそう聞かれ、私は驚きに思わず目を瞠った。


「あ、これは真綾からも理央ちゃんからも聞いてないよ。完全に私の勘。花凛ちゃんは真綾が好きで、理央ちゃんは花凛ちゃんが好きで。その理央ちゃんが花凛ちゃんに包み隠さず猛アピールしてるってことは、きっと花凛ちゃんが真綾との一件に決着をつけたからなのかなーって思って。たとえば、告白して振られたとかね」


「……さーやさんって、実は頭良いんですね」


「うん、なんかもう私の評価が低いのは仕方ないと思ってるけどさ……サラッと傷付くこと言わないでくれる? そっちの方がけっこう痛い」


 さーやさんはそう言って、両手で目を覆って泣く真似をした。……たぶん真似だと思う。


 そんな低い評価をしているつもりはなかったけれど。さーやさんは学校に来たり来なかったりでなかなか会えないし、理央ちゃんがそんな考えだったから、無意識にそう刷り込まれていたのかもしれない。そう自分を納得させた。


「正直、よくわからないんです。まだ真綾ちゃんのことが好きなのか、理央ちゃんのことが好きなのか」


 言ってて、不思議な気分だった。今まで、悩みごとは理央ちゃんにしか吐き出したことはなかったのに。さすがに理央ちゃん本人に相談できないとはいえ、まさかさーやさんに打ち明けることになるとは思ってもみなかった。そう思うこと自体失礼なんだろうけれど。


 さーやさんは両手をそろりと下ろして私を見る。やっぱり泣く真似だった。


「たぶん、どっちも好きなんじゃない? だから選べない」


「どっちも?」


「そう。だから、無理に一人を選ばなくても、そのままでいいと思うよ。べつに複数人を好きになっちゃいけないなんて法律ないんだから」


「それはそうですけど。でも……」


「それじゃあ理央ちゃんに申し訳ない?」


 図星を突かれ、私は口をつぐんだ。


 私の恋愛相談にまで乗ってくれていた理央ちゃん。知らなかったとはいえ、そんな残酷なことをしていたのに、それでも彼女は私のことを好きだと言ってくれる。それなのに、私はまだ返事をしてあげられないなんて。こんなひどい仕打ちなんてない。


「理央ちゃんもひどいよねー。まるでストーカーじゃん」


「え?」


「だってそうでしょ? 自分が告白することで花凛ちゃんが今みたいに苦しむのわかっててアピール続けてるんだから。自分のことしか考えてない。ひどい女だよ」


「理央ちゃんはそんな人じゃありません! 理央ちゃんは辛いのに私の恋愛相談に乗ってくれたり、本気でバンドの心配してくれたり、誰よりも自分より他人を優先して考えられる優しい人なんです。だから、ひどい女じゃありません。訂正してください!」


 真綾ちゃんには悪いけど、さーやさんがこんな人だとは思わなかった。いくら理央ちゃんがさーやさんのこと下に見てたからって、こんな言い方しなくてもいいのに。ひどいよ。


 そんな気持ちを込めて、さーやさんをきつく睨む。すると、彼女は怒るどころかふっと笑った。


「うん、私も花凛ちゃんと同意見。理央ちゃんはそんな自己中じゃない」


「へ?」


 呆気なく訂正されて、まるで風船のように一気に気が抜けた。この人、何言ってるんだろう。


 さーやさんは混乱する私を置いて、自動販売機で紙パックのコーヒー牛乳を買った。そしてそれを飲んで一息つく。


「ヒントあげよっか。理央ちゃんが何考えてるか」


「わかるんですか?」


「憶測だけどね。でも、タダじゃあーげなーい」


 そう言って、さーやさんは悪戯を思いついた子どものように笑う。何か企んでいる顔だ。でも、今の私はなり振りかまっていられない。


「何をしたら教えてくれるんですか?」


「んー、そーだなー。じゃあ、チューしてよ」


「え?」


「口にすると理央ちゃんに殺されるから、それ以外の部分にチューして。そしたら教えてあげる」


 この人、何考えてるんだろう。女同士で、しかも私のキスが欲しいなんて、きっと普通じゃない。そんな私の考えは、さーやさんには筒抜けらしい。


「だって、花凛ちゃん可愛いし。それに、このネタで理央ちゃんに仕返しできそうだし」


 ニシシッと白い歯を見せて、さーやさんは悪代官のように笑った。たぶん、後者が本音だ。どうやら、見下されていたことを根に持っているらしい。


「さあ、どうする? キスしてヒントをゲットするのか、それともこのまま一人で悶々と悩むのか」


「それは……」


 普通に考えたら、後者を選ぶだろう。わざわざキスをする意味がわからないし、そんな不純な動機ならなおさらするわけにはいかない。でも。


「わかりました」


 私はそう答えると、さーやさんに近付いた。自分でもバカな選択だと思う。それでも、そうまでしても今の状況をどうにかしたかった。理央ちゃんのことをもっと知りたかった。そのためならなんだってできる。


 さーやさんは余裕顔で笑っている。私は悩んだ末、彼女の左頬に軽くキスをした。べつに好きではないけれど、恥ずかしさで身体が熱くなる。唇を離すと、さーやさんは驚いていた。


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