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誰(た)がために君は歌う ~とあるバンドと姉妹の百合事情~  作者: 渡辺純々
第三章 橘花凛の事情
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両方選べばいいんじゃない?

「次の汽車が来るまで、まだ少し時間あるね」


「そうだね」


 学校からの帰り道、誰もいない駅舎に入りながら、理央ちゃんと私はそのままホームに出た。そして、手前のベンチに二人腰を下ろす。理央ちゃんは自転車通学だけれど、いつも汽車が来るまで私と一緒に待ってくれていた。


 この田舎の駅に自動改札というモノはない。基本、定期を駅長さんに見せてホームへ入る。待合室もあるからそこで話をしてもいいんだけれど、そこにある売店には人がいるのでなんとなく話しにくい。だから理央ちゃんは、切符無しで絶対汽車には乗らない、と駅長さんに直接話をしてホームへ入れてもらっていた。実際、理央ちゃんはその約束を一度も破っていない。


「しっかし、真綾のあのシスコンぶりはどうにかできんもんかね」


「無理なんじゃない? 相思相愛みたいだし」


 校門までは真綾ちゃんもいたけれど、さーやさんが図書室にいると知った途端、私達を置いてさーやさんの所へ走っていってしまった。そんなことは日常茶飯事なので、私も理央ちゃんももう慣れっこだけれど。


「でも、真綾ちゃん変わったよね。初めの頃は、練習よりもさーやさんのことを優先させてたのに」


「あー、それさーやさんも言ってた。そんな風に真綾を変えたのは私達だって。お礼まで言われちゃったよ」


「そうなの? でも、もし本当にそうならちょっと嬉しいかも」


 あの頃の真綾ちゃんは、たださーやさんのためだけに生きているような、そんな危うさがあったけれど。今は音楽を楽しむ余裕が出てきた気がする。


 思わず微笑むと、理央ちゃんがじとーっと私を見つめてきた。


「嬉しいってどういうこと? やっぱり、まだ真綾のことが好き?」


「それは……」


 言い淀む私を、理央ちゃんは視線を逸らさずじっと見つめる。なんと答えたらいいのだろう。まだ私でさえよくわからないのに。


 理央ちゃんの目力にたじろいでいると、急に彼女がふっと笑った。


「ウソウソ。本気で落とすとは言ったけど、べつに焦らす気はないから」


「そうなの?」


「そうだよ。花凛にはちゃんと私のこと好きになってほしいし。だから、私待つよ」


「理央ちゃん……」


「まあ、アピールは続けるけどね」


 そう言って、理央ちゃんは白い歯を見せて笑った。それを見て、私の胸に針で刺したような小さな痛みが走る。たぶんこれは、罪悪感。


 そんな私の様子には気付かず、理央ちゃんは一度大きく伸びをした。


「それで。今度は何悩んでんの?」


「え?」


「見てたらわかるよ。どんだけ花凛の相談受けてきたと思ってんの?」


 確かに、数えきれないくらいの相談を理央ちゃんにはしてきた。勉強のことや、学校でのこと、ドラムのことや、そして真綾ちゃんのこと。些細なことでもなんでも相談に乗ってもらっていた。そのおかげで、私は理央ちゃんへの相談癖がついていた。こんな相手ができたのは初めてだった。


「理央ちゃんには隠しごとできないなぁ」


「そうよ。花凛のことなら、なーんでもお見通しなんだから」


 理央ちゃんが、両手を双眼鏡のように目元に当てて私を覗く。目が合うと二人同時に笑った。


「あのね、親に大学への進学を勧められたの。バンド続けるのはかまわないけど、それで食べていける保証はないから、せめて大学へ行ってくれって」


「なるほど。まあ、親が子どもの将来心配するのは当然だろうね」


「うん、私もその気持ちはわかってる。理央ちゃんは卒業したらどうするの?」


「うーん、とりあえずバイトしながらバンド活動続けるかな」


「大学や専門学校へは行かないの?」


「うん。ほら、うち母子家庭だから。下に弟妹もいるし。音楽の勉強はしたいけど、独学でもできるし、なんなら花さんに教えてもらうし」


「なんかごめん」


「あー、もうそんな気を遣わないで。べつに羨ましいとか思ってないから。私はバンド活動できればそれで十分」


「そうなの?」


「そうだよ。卒業したらライブしまくって、そんでどっかのレコード会社とかにマチモンのデモテープ送りまくる」


「理央ちゃんの夢はメジャーデビューだもんね」


「それだけじゃなくて、いつか万単位の人が入るドームとか、大きなステージでマチモンのライブをしたいの。それが私の今の夢」


 子どもが夢を語るように、理央ちゃんはキラキラと目を輝かせている。その眩しさに、私は思わず視線を逸らした。理央ちゃんはそんな私を見逃さない。


「花凛は、大学に行きたいんじゃないの?」


 図星を突かれ、私は思わず理央ちゃんを見た。


「なんでわかったの?」


「もし進学せずバンド活動だけしていたいと本気で思ったなら、花凛ならちゃんと両親に納得してもらえるように働きかけるでしょ。でも、そういう相談じゃなかった。だから、そうじゃないかと思って」


「すごいな、名探偵みたい」


「花凛専門だけどね」


 理央ちゃんには、本当に隠しごとはできないらしい。ウインクしている彼女を見ながら、私は観念したという風に苦笑した。


「私、福祉に興味があるの。うち三世代同居で祖父母もいるし、兄弟も歳が離れてたりして子どもの頃から面倒見てて。両親も共働きだし。介護や保育といった福祉問題は身近にあるんだなーと思ったら、学んでみたくなったの。といっても、その先の進路はまだ決めてないけどね」


「いいんじゃない? なんか花凛らしい」


「だからって、バンド辞めたいとかそういうことじゃなくて。むしろ、さっきの理央ちゃんの夢聞いて、ずっとワクワクしてる」


「本当?」


「うん。でも、だからこそ、どうしたらいいかわからなくて。大学とバンド、どっち選んだらいいんだろう」


「両方選べばいいんじゃない?」


 あっさりとそう言われ、想像していなかった答えに私は口をポカーンと開けてしまった。


「大学通いながら芸能活動してる芸能人だっているんだから、べつに有りなんじゃないかな。その分バンド活動の時間は限られるけど、私も真綾も花凛のこと応援するし。それくらいならいくらでも調整するよ」


「でも、理央ちゃんも真綾ちゃんも、もっとバンド活動したいんでしょ。私、二人の足枷になってない?」


 思わず不安が口から滑り落ちた。


 もし、私がもっとバンド活動を優先させていたら、バンド活動を優先させる他の人がマチモンのメンバーだったら、二人は今よりもっと音楽にのめり込めたんじゃないだろうか。そしたら、もっとレベルの高い演奏ができるようになって、観に来てくれる人達をもっと喜ばせることができたんじゃないだろうか。たまにそんな不安が脳裏をよぎる。私がメンバーじゃなかった方が良かったんじゃないかと。


 理央ちゃんは私を見つめたまま動かない。ただ、白い息だけが規則正しく吐き出されている。そして、一度大きい塊りが出たかと思うと、理央ちゃんは私の右手を掴んだ。


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