第六話 お母さん
レインとアリアの二人と街に出かけてから早くも一週間ほどが経過しました。早いものですね、あれからはまたいつも通りの一日を過ごし、たまに街へ出かけたりと楽しく過ごしていましたが、まだあの子たちに母と呼ばれたことはありません。
ところどころで私は二人のことを本当の息子と娘だと思っていると言ったりしているのですが、それではダメなのでしょうか。
二人は私が何かをしようとするとすぐに自分には何かすることはないかと聞いて来ます。アリアは純粋に手伝いがしたいという感じなのですが、レインの場合はなんでしょう、少し急いで焦ってるような、そんな感じがします。一体どう言う事なんでしょう。
私はあの子たちにどうしてあげればいいんでしょうか。この一週間そんな感じで夜になるとずっと悩み続けています。
「それに、今はまだ私たち三人で大丈夫ですが近いうちに同年代の子たちがいるところへ行かないといけないですよね。二人は人間ですからずっとこの森にと言うわけにもいきませんし......」
そうなんです、私は一応これでも女神なので別に一人でも問題はないのですがレインとアリアは人間。友人が絶対に必要になります
「となるとやはり魔法学校ですか。たしか前に街で地図を買って見た時王都にあると書いてありましたが、王都ですか....あまり良い思い出がありませんね」
前の時代で王子に惚れられたことで酷い目に遭いましたからね、今でも覚えてます。
「いずれにしても魔法と戦い方は教えておいて損はありませんね。今度二人にこの二つを知りたいか聞いてみましょうか」
今日はこのくらいにして寝ようかと思い椅子を立つと階段からアリアが降りて来ました。
「シェリアさん...」
「アリア?どうしたんですかこんな時間にもう寝ないとだめですよ?」
「ご、ごめんなさい....その、寝れなくて」
「え?そうなのですか?なら仕方ないですね。で、その手に持っているのは本ですか?」
「はい、部屋にあったものです......それで、この本を読んで欲しくて...」
アリアが持っていたのは前に私が街で買って二階の部屋に置いておいた絵本でした。内容は詳しくは知りませんがお店の人に聞いたおすすめの本でした。
それにしてもアリアが自分から本を読んで欲しいとお願いをしてくるなんて。嬉しくなって少し大きめに返事をしてしまいました。
「え?本を.....はい!いいですよ!読みましょう!では、そこのソファーに座って下さい」
それからアリアはリビングにあるソファーに座り、私もその隣に座って早速絵本を読もうとするとアリアは本ではなく私の足を見てきました。
「どうかしたんですかアリア?」
「えっと...膝の上に座っていいですか?」
「........えぇ、いいですよ」
一瞬何を言ったかの分からず固まってしまいましたが、なんとか声を出しました。そしてアリアはソファーを立って私の膝の上にちょこんと座りました。アリアが私の膝の上に....
「じゃあ読みますね」
『遠い昔のこと、ある国に王子として生まれた男がいました。彼は小さい頃から次期国王として教育を受けて来ました。とても大変なことだったと思いますが彼は文句も言わず弱音も吐かずそれをこなして来ました。
彼が青年と呼ばれる年になった時国に一人の女性が来ました。彼女は国の中でも数の少ない最高位の冒険者でしたがそうとは思えないほど美しく、その姿を見た王子は女性に一目惚れしてしまい彼女にアプローチをしいつしか二人は両思いとなりました。しかし家臣達はその事にいい顔をせず二人の中を引き裂こうとしましたが王子は全員を認めさせるために一層努力を、女性の方は王子と結婚できるほどの武勲を得るために奔走しました。
二人の努力の結果王子は歴代最高の王と呼ばれ、女性は偉業と呼べるほどの武勲を得ました。これでは家臣達も反対することは出来ず二人の結婚を認めました。
二人はその後、結婚をし子供にも恵まれ、いつまでも幸せに暮らしました』
絵本の内容はよくあるハッピーエンドな話でしたが、これってもしかして昔の私のことですかね。あの王子には嫌と言うほどアプローチをされましたし、私が国を出た後もたしか歴代最高の王とか呼ばれていた気がします。ところどころの内容や結末は違いますが、概ね私の記憶と一致します。まさかあの出来事が美化して絵本になるとは思いもしませんでした。
「王子様も冒険者の女の人もどっちもすごいです。周りから反対されても諦めないなんて」
「そうですね、必ず成功するとは限りませんがそれまで諦めず努力したことは価値のあるものです。アリアも何事も諦めずに色々なことに挑戦してみてくださいね」
「私なんかが....そんなことできないです」
「何言ってるんですか、アリアの人生はまだまだこれからでしょう?焦らないでゆっくりでいいからやってみてくださいアリアならできますよ」
アリアの頭を撫でながら私はそう言いました。さらさらの髪でずっと触っていたくなりますね。
「私なら........そうすればシェリアさんの子どもになれますか....?」
突然アリアはそんな事を言い出しました。私の子ども?一体何を言っているんでしょうかこの子は。私はアリアをこちらに向けて言いました。
「アリアならとっくに私の子どもですよ。いつも言ってますよね?」
「でも、私なんかじゃシェリアさんの子どもに相応しくない。シェリアさんは綺麗で優しくて料理もできていつも私たちのことを考えてくれてて、それなのに私は.......」
そこまで言ってアリアは泣きそうな顔で黙ってしましました。そんなアリアを見て私は反射的にアリアを抱きしめました。
私は愚かです。二人の事を考えているようで自分のことしか考えておらず、この子が思っていた気持ちにも気付くことが出来なかった。こんなのでは母親失格です。
「ごめんなさいアリア、そんなあなたの気持ちに気付いてあげられませんでした。私はあなたたちが笑顔でいてくれたらそれでいいんです、他には何もいりません。だからそんな事を言わないでください」
「シェリアさん....?」
「アリア、私をあなたのお母さんにさせてはくれませんか?」
「えっ...?お母さん?シェリさんが?いいの、私で...?」
「えぇ、あなただからいいんです」
「ほんとにほんと?嘘じゃない?」
アリアがまるで縋るような声でそう言ってきますが、もちろん嘘な訳ないです。私は本気でこの子に私の娘でいて欲しいのです。だから言います。
「ほんとのほんとです、嘘でもありません」
「うぅっ.......お母さん......お母さん!!」
私がほんとであると、嘘ではないと言うとアリアは私のことをお母さんと言いながら強く抱きついてきました。私も強く抱きしめながら思います。
待ってるだけじゃダメです、もっとこの子たちに歩み寄らないと。それが母親になるということなんですから。
しばらくするとアリアは私から離れてこちらを見て、少し緊張しながら声を出しました。
「お、お母さん..」
「はい、なんですかアリア?」
「えへへ、呼んでみただけ」
そう言って私に満面の笑みを向けてきました。
あぁ、お母さんと呼ばれています。すごく可愛いです!それに話し方も敬語だったのから随分と砕けたものになりました。
「ふふっなんですかそれは。さぁ、もうかなり遅い時間ですし今なら寝れるのではないですか?」
「さっきよりも眠いから寝れると思う」
「では、お部屋に戻りましょうか」
「うん、あっそうだお母さんに伝えたいことがあるんだ」
「ん?なんですかアリア?」
私がアリアに尋ねるとアリアは少しだけ悲しそうな顔で言ってきました。
「レインのことだけど、多分レインすごく無理をしてると思う。売られてからずっと泣かないで私を守ってくれて、今でも毎日なにかを考えて過ごしてる。だから心配で、お母さんから何か言って欲しいなって」
たしかにレインが私の手伝いをする時に少し違和感を感じましたし、さっきのアリアのこともあります。きっと私が気付かないだけでレインもなにかを思っているのでしょう。しっかりと母親として聞いてあげなければ。
「たしかにそうですね。私も最近どこか違和感を感じていましたし、明日レインにも私から話してみます」
「お願いお母さん。お休みなさい」
「えぇ、お休みなさい」
明日はレインと話をしないといけませんね。
私はレインとアリアのことを考えながらその日を終えました。